小さなころの 自閉っ子の課題は、「時間の把握」だった。
視覚に難のある自閉っ子には、時計やカレンダーは使えない。
数字の理解ができないから、見えたところでわからない。
それでも 「朝」や「夜」を意識させる事から
少しずつ 少しずつ始めていった。
睡眠障害の自閉っ子には、「寝て起きたら朝」という感覚はない。
朝を意識させるのに 役に立ったのは、「鳥の声」だった。
「夜」の認識は 難しかった。外の暗さは 家の中ではわからない。
時間の認識で 一番早かったのは、「曜日」だった。
曜日を教えるのに使ったのは、色を塗った紙コップ。
7つのコップの底に穴をあけ、モールを通した。
紙箱に モールを固定し、右から左に、左から右に、移動ができるようにした。
朝 自閉っ子に コップを一つ移動させ、「今日は 赤、火曜日」と
教えた。
その繰り返しで、曜日と一週間の感覚が身についた。
何月何日、というのは 理解できていなかったようだが、
TVのアナウンサーの「4月8日、水曜日です」と言う声を聞き、
「4がつ~」と 繰り返して喜んでいた。
一度に全部を理解できなくても、いつかどこかでつながればいい、と思った。
昨日、今日、明日、の区別も 苦労したが、
きのう、きょう、あしたが連続している事、に気付いた時の
自閉っ子の嬉しそうな顔も忘れられない。
でも、よその人に「明日食べなさいね」ともらったお菓子を
いつ食べたらいいのかが なかなかわからなかった。
だって、今は「きょう」なのだから、「あした食べるもの」を
食べるわけにはいかない。
自閉っ子は もらったお菓子を箱にためこんでは、
「あしたたべる」を繰り返した。
「朝」や「夜」を理解できたのだし、
曜日もわかるようになったのだから、これもいつかわかるだろう、と
私は あせらずに見守った。
「昨日、お菓子もらったよね。今日は散歩に行こう。」
「今日はお散歩したね。明日バスに乗るよ」
昨日、今日、明日、を会話に取り入れるようにして様子を見た。
いつだったろう、「きのうのあしたは、きょう!」だと 分った日は。
徐々に 時間の観念が身につき、困る事は無くなった。
あきらめずに、こつこつと 声掛けを繰り返した日々。
普通の子どもに比べて、使える感覚が少なくても、発達に遅れがあっても、
その子にわかるように繰り返し関わる事で、マスターする事ができる、という
確信が私にはあった。
今 自閉っ子に 「昔はこんなことがわからなかったんだよ」と話すと、
「え~?昔の俺って変!天然!」と言って笑う。
一緒に笑いあえるようになった事が、うれしい。
何千回も繰り返し教えた事も、全部笑い話、昔話になった。
視覚に難のある自閉っ子には、時計やカレンダーは使えない。
数字の理解ができないから、見えたところでわからない。
それでも 「朝」や「夜」を意識させる事から
少しずつ 少しずつ始めていった。
睡眠障害の自閉っ子には、「寝て起きたら朝」という感覚はない。
朝を意識させるのに 役に立ったのは、「鳥の声」だった。
「夜」の認識は 難しかった。外の暗さは 家の中ではわからない。
時間の認識で 一番早かったのは、「曜日」だった。
曜日を教えるのに使ったのは、色を塗った紙コップ。
7つのコップの底に穴をあけ、モールを通した。
紙箱に モールを固定し、右から左に、左から右に、移動ができるようにした。
朝 自閉っ子に コップを一つ移動させ、「今日は 赤、火曜日」と
教えた。
その繰り返しで、曜日と一週間の感覚が身についた。
何月何日、というのは 理解できていなかったようだが、
TVのアナウンサーの「4月8日、水曜日です」と言う声を聞き、
「4がつ~」と 繰り返して喜んでいた。
一度に全部を理解できなくても、いつかどこかでつながればいい、と思った。
昨日、今日、明日、の区別も 苦労したが、
きのう、きょう、あしたが連続している事、に気付いた時の
自閉っ子の嬉しそうな顔も忘れられない。
でも、よその人に「明日食べなさいね」ともらったお菓子を
いつ食べたらいいのかが なかなかわからなかった。
だって、今は「きょう」なのだから、「あした食べるもの」を
食べるわけにはいかない。
自閉っ子は もらったお菓子を箱にためこんでは、
「あしたたべる」を繰り返した。
「朝」や「夜」を理解できたのだし、
曜日もわかるようになったのだから、これもいつかわかるだろう、と
私は あせらずに見守った。
「昨日、お菓子もらったよね。今日は散歩に行こう。」
「今日はお散歩したね。明日バスに乗るよ」
昨日、今日、明日、を会話に取り入れるようにして様子を見た。
いつだったろう、「きのうのあしたは、きょう!」だと 分った日は。
徐々に 時間の観念が身につき、困る事は無くなった。
あきらめずに、こつこつと 声掛けを繰り返した日々。
普通の子どもに比べて、使える感覚が少なくても、発達に遅れがあっても、
その子にわかるように繰り返し関わる事で、マスターする事ができる、という
確信が私にはあった。
今 自閉っ子に 「昔はこんなことがわからなかったんだよ」と話すと、
「え~?昔の俺って変!天然!」と言って笑う。
一緒に笑いあえるようになった事が、うれしい。
何千回も繰り返し教えた事も、全部笑い話、昔話になった。
支援者なくとも、自閉っ子は育つ 親子でラクになる34のヒント | |
クリエーター情報なし | |
花風社 |
人と比べたらゆっくりではあるけれど、何度も経験して時間をかけて着実にじわじわと高まり、ある瞬間突然理解する、そういうものなのですね。その理解に至った瞬間の喜びが伝わってきました。