知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

引用としての利用に当たるか否かの判断

2010-10-25 22:57:46 | 著作権法
事件番号 平成22(ネ)10052
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成22年10月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 引用の適法性の要件
ア 著作権法は,著作物等の文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的とするものであるが(同法1条),その目的から,著作者の権利の内容として,著作者人格権(同法第2章第3節第2款),著作権(同第3款)などについて規定するだけでなく,著作権の制限(同第5款)について規定する。
その制限の1つとして,公表された著作物は,公正な慣行に合致し,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができると規定されているところ(同法32条1項),他人の著作物を引用して利用することが許されるためには,引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり,かつ,引用の目的との関係で正当な範囲内,すなわち,社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり,著作権法の上記目的をも念頭に置くと,引用としての利用に当たるか否かの判断においては,他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか,その方法や態様,利用される著作物の種類や性質,当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない

イ ・・・

(2) 要件の充足性の有無
ア そこで,前記見地から,本件各鑑定証書に本件各絵画を複製した本件各コピーを添付したことが著作権法32条にいう引用としての利用として許されるか否かについて検討すると,本件各鑑定証書は,そこに本件各コピーが添付されている本件各絵画が真作であることを証する鑑定書であって,本件各鑑定証書に本件各コピーを添付したのは,その鑑定対象である絵画を特定し,かつ,当該鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ,そのためには,一般的にみても,鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって,添付の必要性・有用性も認められることに加え,著作物の鑑定業務が適正に行われることは,贋作の存在を排除し,著作物の価値を高め,著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると,著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは,著作権法の規定する引用の目的に含まれといわなければならない。

 そして,本件各コピーは,いずれもホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され,表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており,本件各コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと,本件各鑑定証書は,本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり,本件絵画と所在を共にすることが想定されており,本件各絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと,本件各鑑定証書の作製に際して,本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは,その方法ないし態様としてみても,社会通念上,合理的な範囲内にとどまるものということができる。
 しかも,以上の方法ないし態様であれば,本件各絵画の著作権を相続している被控訴人等の許諾なく本件各絵画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり,被控訴人等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難いのであって,以上を総合考慮すれば,控訴人が,本件各鑑定証書を作製するに際して,その裏面に本件各コピーを添付したことは,著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において,その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ,かつ,その引用の目的上でも,正当な範囲内のものであるということができるというべきである

イ この点につき,被控訴人は,著作権法32条1項における引用として適法とされるためには,利用する側が著作物であることが必要であると主張するが,「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」を要件としていた旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号とは異なり,現著作権法(昭和45年法律第48号)32条1項は,引用者が自己の著作物中で他人の著作物を引用した場合を要件として規定していないだけでなく,報道,批評,研究等の目的で他人の著作物を引用する場合において,正当な範囲内で利用されるものである限り,社会的に意義のあるものとして保護するのが現著作権法の趣旨でもあると解されることに照らすと,同法32条1項における引用として適法とされるためには,利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でないと解されるべきものであって,本件各鑑定証書それ自体が著作物でないとしても,そのことから本件各鑑定証書に本件各コピーを添付してこれを利用したことが引用に当たるとした前記判断が妨げられるものではなく,被控訴人の主張を採用することはできない

原審:平成20(ワ)31609 平成22年05月19日 東京地方裁判所 裁判長裁判官 清水節
複製権侵害認容 フェアユースの主張認めず

顕著な効果の立証、顕著な効果と進歩性について

2010-10-25 22:17:32 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10362
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

・・・本件各実験証明書に係る膜の製造条件は,本願明細書に記載された成膜装置,成膜方法,成膜条件及び電磁波遮蔽膜の積層数とは条件が異なっていると認められるが,本件各実験証明書に記載の積層体が,本願明細書の実施例と層構造やその製造方法において相違があるとしても,本件各実験証明書における酸化ニオブ層を有する積層体の実験例は,本願補正発明6の構成を充足する実施例ということができるから,本件各実験証明書に記載の積層体の特性に基づいて,本願補正発明6の効果を主張すること自体は不当といえるものではない

 しかし,本願明細書の実施例及び本件各実験証明書記載の本願補正発明6に対応する各実験例は,本願補正発明6の構成を充足する実験例であるとはいえ,それぞれ製造条件・実験条件により測定結果が異なり,さらには同じ条件で製造した積層体においても,測定結果が異なる場合のあることが認められる(例えば,甲37実験証明書の実験例B①,②)。

 したがって,本件各実験証明書記載の各実験例は,選択された特定の条件下での特性を示しているにすぎず,このような特定条件における特性の測定結果の対比をもって,直ちに,引用発明に対する本願補正発明6の技術的範囲全体において奏する顕著な効果であると認めることはできないというべきである。
 ・・・

(ウ) 次に,原告は,前記第3,1(4) ア(ウ) のとおり,積層体全体の特性には,積層された複数の層の相互作用が関係するから,1つの層を別の層に置換した場合の,置換後の積層体全体の特性を予測することは困難であると主張する

 しかし,進歩性の判断における効果の参酌は,引用発明と比較した有利な効果が,技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである場合に,進歩性が否定されないこともあるということにとどまり,発明の効果の程度が厳密に予測できなければ直ちに進歩性を有すると認定されるわけではない。したがって,この点に関する原告の主張はその前提において失当である。