事件番号 平成20(行ケ)10358
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘
2 本件補正の適否
原告は,本件補正で本件特許の請求項1,4に加えられた記載(上記第3,1,(2)下線部分)は,特許請求の範囲について,これを「但し…を除く」などの消極的表現により記載したいわゆる「除くクレーム」の形式による特許請求の範囲の記載に当たるところ,この記載は本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面には全く開示も示唆もされていない新規事項であり,本件補正は「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」なされものではないから,特許法(以下「法」という。)17条の2第3項の規定に違反し,法123条1項1号に規定する無効事由に該当すると主張するので,以下検討する。
・・・
イ すなわち,本件補正は,上記アのとおり,球状活性炭につき,X線回折法による回折角(2θ)が15°,24°,35°における回折強度の比(R値)が1.4以上であるものを除くとするものである。
一方,前記記載のとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これにより,ピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,有益物質に対する吸着が少なく尿毒症性物質の吸着性に優れるという選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものである。
そして,上記(3)ウのとおり,別件特許は,球状活性炭からなる経口投与剤につき,その細孔構造に注目して,直径,比表面積のほか,最も優れた選択吸着性を示すX線回折強度を示す回折角の観点からこれをR値として規定し,このR値が1.4以上であることを特徴としたものである。別件特許は,球状活性炭に関し,本件特許とは異なりフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を出発原料として特定せず,また本件特許では従来技術に属するものとされるピッチ類を用いても調整が可能であるとして,このR値の観点から球状活性炭を特定したものである。
そうすると,球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明は同一であるということができる。そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。そうすると,本件補正は,特許法17条の2第3項に違反するものではないから,補正要件違反の無効理由は認められない。
ウ 原告の主張に対する補足的判断
(ア) ・・・
(イ) また原告は,本件補正後の本件発明には発明の実施例が全くないこととなり,本件発明は未完成であり,本件補正により除かれた後の発明は発明の詳細な説明のサポート(特許法36条6項1号にいう「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)を欠き大合議判決の事案とは異なるものであると主張する。
本件特許の明細書(甲9〔特許公報〕)に記載された実施例1~4は,上記(2)ア(ア)の本件当初明細書に記載された実施例1~4と同じであるところ,この実施例は,上記(3)イのとおり,別件特許の特許公報(甲5)と併せ読むと別件特許の実施例1~4とは全く同一のものであり,しかも別件特許の特許公報(甲5)には,実施例1~4のR値が記載されており(【表2】),いずれもR値は,1.68~1.71と1.4以上である。そうすると,本件特許公報に記載された実施例1~4は,いずれも本件補正後のR値を満たさないものしか記載されていないから,原告は本件発明の実施例が全くなく,また本件発明は未完成であり,発明の詳細な説明のサポートを欠くと主張するものである。
しかし,上記(2)ア(イ)で検討したとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これによりピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものであり,別件特許と異なりX線回折法による回折強度比(R値)の観点から球状活性炭を規定したものではない。
なお,被告が平成18年5月15日付けで提出した実験成績証明書B(甲40の3)によれば,フェノール樹脂を炭素源として調整した参考例1,3~5において,R値が1.4未満でありながら従来の球状活性炭(ピッチを炭素源とした本件当初明細書記載の比較例1,2。選択吸着率0.7~1.7)に比して優れた選択吸着率を示しており(選択吸着率2.4~3.9),同じく平成18年5月15日付けで提出した実験成績証明書A(甲40の2)によれば,イオン交換樹脂を炭素源として調整した参考例1,2において,R値が1.4未満でありながら従来の球状活性炭(ピッチを炭素源とした本件当初明細書記載の比較例1,2。選択吸着率0.7~1.7)に比して優れた選択吸着率を示している(選択吸着率。3.1~3.4)ことが認められる。
これらによれば,X線回折法による回折強度比(R値)の観点から本件発明をみても,本件発明が未完成であるということはできない。また,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いて特許請求の範囲記載の直径,比表面積,細孔直径,細孔容積の条件を満たす球状活性炭を調整することについて,本件当初明細書(乙10)の発明の詳細な説明に記載されていたとおりであり,発明の詳細な説明のサポートがないとはいえない。
以上の検討によれば,原告の主張は採用することができない。
(ウ) 次に原告は,別件特許の特許公報(甲5)によれば,「R値が1.4以上であること」が選択吸着率の向上に意味があることを示しており,本件補正は,新規事項を追加するものであると主張する。
しかし,上記(イ)で検討したとおり,実験報告書A・Bの記載によれば,R値が1.4未満であっても,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いることにより,従来の球状活性炭に比べて優れた選択吸着率のものが得られることが示されており,本件明細書に記載された選択吸着性の向上に関しては,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いることによるものであり,R値によるものでないことが示されている。原告の上記主張は採用することができない。
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘
2 本件補正の適否
原告は,本件補正で本件特許の請求項1,4に加えられた記載(上記第3,1,(2)下線部分)は,特許請求の範囲について,これを「但し…を除く」などの消極的表現により記載したいわゆる「除くクレーム」の形式による特許請求の範囲の記載に当たるところ,この記載は本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面には全く開示も示唆もされていない新規事項であり,本件補正は「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」なされものではないから,特許法(以下「法」という。)17条の2第3項の規定に違反し,法123条1項1号に規定する無効事由に該当すると主張するので,以下検討する。
・・・
イ すなわち,本件補正は,上記アのとおり,球状活性炭につき,X線回折法による回折角(2θ)が15°,24°,35°における回折強度の比(R値)が1.4以上であるものを除くとするものである。
一方,前記記載のとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これにより,ピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,有益物質に対する吸着が少なく尿毒症性物質の吸着性に優れるという選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものである。
そして,上記(3)ウのとおり,別件特許は,球状活性炭からなる経口投与剤につき,その細孔構造に注目して,直径,比表面積のほか,最も優れた選択吸着性を示すX線回折強度を示す回折角の観点からこれをR値として規定し,このR値が1.4以上であることを特徴としたものである。別件特許は,球状活性炭に関し,本件特許とは異なりフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を出発原料として特定せず,また本件特許では従来技術に属するものとされるピッチ類を用いても調整が可能であるとして,このR値の観点から球状活性炭を特定したものである。
そうすると,球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明は同一であるということができる。そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。そうすると,本件補正は,特許法17条の2第3項に違反するものではないから,補正要件違反の無効理由は認められない。
ウ 原告の主張に対する補足的判断
(ア) ・・・
(イ) また原告は,本件補正後の本件発明には発明の実施例が全くないこととなり,本件発明は未完成であり,本件補正により除かれた後の発明は発明の詳細な説明のサポート(特許法36条6項1号にいう「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)を欠き大合議判決の事案とは異なるものであると主張する。
本件特許の明細書(甲9〔特許公報〕)に記載された実施例1~4は,上記(2)ア(ア)の本件当初明細書に記載された実施例1~4と同じであるところ,この実施例は,上記(3)イのとおり,別件特許の特許公報(甲5)と併せ読むと別件特許の実施例1~4とは全く同一のものであり,しかも別件特許の特許公報(甲5)には,実施例1~4のR値が記載されており(【表2】),いずれもR値は,1.68~1.71と1.4以上である。そうすると,本件特許公報に記載された実施例1~4は,いずれも本件補正後のR値を満たさないものしか記載されていないから,原告は本件発明の実施例が全くなく,また本件発明は未完成であり,発明の詳細な説明のサポートを欠くと主張するものである。
しかし,上記(2)ア(イ)で検討したとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これによりピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものであり,別件特許と異なりX線回折法による回折強度比(R値)の観点から球状活性炭を規定したものではない。
なお,被告が平成18年5月15日付けで提出した実験成績証明書B(甲40の3)によれば,フェノール樹脂を炭素源として調整した参考例1,3~5において,R値が1.4未満でありながら従来の球状活性炭(ピッチを炭素源とした本件当初明細書記載の比較例1,2。選択吸着率0.7~1.7)に比して優れた選択吸着率を示しており(選択吸着率2.4~3.9),同じく平成18年5月15日付けで提出した実験成績証明書A(甲40の2)によれば,イオン交換樹脂を炭素源として調整した参考例1,2において,R値が1.4未満でありながら従来の球状活性炭(ピッチを炭素源とした本件当初明細書記載の比較例1,2。選択吸着率0.7~1.7)に比して優れた選択吸着率を示している(選択吸着率。3.1~3.4)ことが認められる。
これらによれば,X線回折法による回折強度比(R値)の観点から本件発明をみても,本件発明が未完成であるということはできない。また,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いて特許請求の範囲記載の直径,比表面積,細孔直径,細孔容積の条件を満たす球状活性炭を調整することについて,本件当初明細書(乙10)の発明の詳細な説明に記載されていたとおりであり,発明の詳細な説明のサポートがないとはいえない。
以上の検討によれば,原告の主張は採用することができない。
(ウ) 次に原告は,別件特許の特許公報(甲5)によれば,「R値が1.4以上であること」が選択吸着率の向上に意味があることを示しており,本件補正は,新規事項を追加するものであると主張する。
しかし,上記(イ)で検討したとおり,実験報告書A・Bの記載によれば,R値が1.4未満であっても,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いることにより,従来の球状活性炭に比べて優れた選択吸着率のものが得られることが示されており,本件明細書に記載された選択吸着性の向上に関しては,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いることによるものであり,R値によるものでないことが示されている。原告の上記主張は採用することができない。