知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許請求の範囲の用語の解釈

2008-12-14 23:32:46 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10389
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


2 取消事由1(相違点の看過)について
 原告は,審決では本願発明と引用文献1記載発明との相違点が看過されていると主張するので,まずこの点について検討する。

(1)ア 本願発明について,本件補正後の請求項1には「…第1のコンピュータの1つまたは複数の対話型音声応答ユニットから第2のコンピュータに前記問いかけのセットを送信するステップであり,この問いかけのセットは,少なくとも一部に,他のユーザが以前に出会った問題を含むデータベースエントリから選択され,このデータベースエントリーは,ユーザが新たな問題に出会うと連続的に更新される…」と記載されている。

イ この点につき,「データベースエントリ」そのものの語義がデータベースに記憶されているひとかたまりのデータ単位を意味するものであることについては当事者間に争いがないが,上記記載中の「少なくとも一部に,」という文言が「問いかけのセット」の少なくとも一部であることを意味するのか「データベースエントリ」の少なくとも一部であることを意味するのかについては争いがある。

 原告主張のように前者(「問いかけのセット」の少なくとも一部)と解すると,他のユーザが以前に出会った問題を含む「データベースエントリ」から選択されるデータが「問いかけのセット」の少なくとも一部を成すということになり被告主張のように後者(「データベースエントリ」の少なくとも一部)と解すると,「データベースエントリ」の少なくとも一部に他のユーザが以前に出会った問題を含むということになる

ウ そこでまず本件補正後の請求項1をみると,その規定振りからは被告主張のように解するのが自然であるといえるかもしれないが,原告主張のように解することも文理上不可能であるとはいえず,結局,特許請求の範囲の記載のみからその技術的意義を一義的に明確に理解することはできないものというべきである

 そして,本願に適用のある平成14年法律第24号による改正前の特許法36条の下においては,一個の特許願に明細書及び図面等が添付され(2項),明細書の中に「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」が記載されている(3項)のであるから,「特許請求の範囲」の文言を正確に理解するために「発明の詳細な説明」の記載を参酌することは,当然に許されると解される

エ そこで,発明の詳細な説明の記載を参酌すると,本願明細書には,次の記載がある。

・・・

キ したがって,本件補正後の請求項1の解釈については,原告主張のように,他のユーザが以前に出会った問題から成る「データベースエントリ」から選択されるデータが「問いかけのセット」の少なくとも一部を成すものと解される。
 そして,上記「データベースエントリ」が「ユーザが新たな問題に出会うと連続的に更新され」ることにより,更新されたデータベースエントリから「問いかけのセット」の一部を成すデータを選択し,データベースエントリの更新内容が「問いかけのセット」に反映されることが可能となる。

そうすると,本件補正後の請求項1の「…少なくとも一部に」は「データベースエントリ」に係るものとする被告の主張は誤りであるから,以下,原告主張のように「問いかけのセット」の「少なくとも一部」は他のユーザが以前に出会った問題から成るデータベースエントリから選択されることを前提にして,取消事由1(相違点の看過)の有無についての検討を進めることとする。

実質的に記載されていると言える場合

2008-12-14 23:03:52 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10099
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

ウ ところで,大きさの異なる角型基板の偏向保持は,甲1に明示的に記載されていないところ,それにもかかわらず,この保持形態が甲1に実質的に記載されていると認定することができるのは,これが,甲1の記載を総合してみることによって認められる場合又は当業者にとって周知技術又は技術常識といえる事項を補って認められる場合である

 しかしながら,審決は,「引用発明1の前記構成によれば」とし,甲1の記載の内容のみから,大きさの異なる角型基板の偏向保持とそれに対するクリーニングヘッドの変位が可能であると結論付けており,このような角型基板の保持形態が,当業者にとって周知技術又は技術常識といえる事項を補って認められるものであることは何ら示していない。そして,甲1の記載を総合してみても,大きさの異なる角型基板の偏向保持について記載されているとは認められない。

 なお,審判手続ないし当審において証拠として提出された書証によっても,偏向保持が当該技術分野の周知技術又は技術常識であると認めることはできず,大きさの異なる角型基板の偏向保持が甲1に実質的に記載されているとの審決の認定を首肯することはできない。

特許請求の範囲の用語の認定と、特許請求の範囲の減縮(限定的減縮)

2008-12-14 22:48:08 | 特許法17条の2
事件番号 平成19(行ケ)10350
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(2) 補正却下の当否
ア 審決は,「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と補正したことに関し,「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」とすることは,特許請求の範囲を一部拡張し,また不明確にするものである(4頁下15行~下6行)として,本件補正を却下したものである

 上記補正部分は,雄型ルアないし雄型ルアカニューレを本願発明に係るルア受け具に挿入する場合の当該雄型ルアないし雄型ルアカニューレ・スリット・隔膜の各構成を特定するものであるが,審決の上記判断は,基本的には,「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア」とが同じものであるとの理解を前提とするものと理解することができるのに対し原告及び参加人は,「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア」とは同じものではなく,むしろ「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア先端」とが同じである旨主張するので,以下,両者の関係について検討する。

・・・

エ 以上によれば,本願明細書においては,・・・雄型ルアないし雄型ルアカニューレを特定する用語としては,「ルアカニューレ(カニューレ)32」と「ルア先端32(832,932)」とが混在して用いられていることが認められる。

 そうすると,本願明細書においては,上記機能ないし性質を有するものとして指称する場合,「雄型ルアカニューレ32」と「雄型ルア先端32」とは同一のものを意味すると認められる。・・・

 そして,本件補正における,「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」との表現は,雄型ルアカニューレ32における上記機能が実現する場面を表現したものであることは明らかであるから,ここでの「雄型ルアカニューレ」というのは,ルア受け具に挿入されるルアコネクタの構成全体を指称するものではなく,「雄型ルア先端32」に相当する雄型ルアカニューレの先端部分である「ルアカニューレ32」を意味するものと理解することができるし,「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」というのも,「ルアカニューレ32」に相当する部分がスリットを介して隔膜内に挿入される場合に,これが隔膜と接触している範囲を指すものであることは容易に理解できるところである。

 そうすると,本件補正において,「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と変更することは,実質的に同じ構成を言い換えたにすぎないものであるから,これにより何ら特許請求の範囲を一部拡張するものではないし,不明瞭とするものでもない

したがって,この点に関する審決の前記判断は誤りといわざるを得ない。

オ この点,被告は,仮に「雄型ルア先端」と「雄型ルアカニューレ」が同じものであったとしても,本件補正前には「雄型ルア先端」なる用語で表される部分全体が隔膜内部に挿入されていたものが,本件補正により「雄型ルア先端」なる用語で表される部分の一部で足りることになるから,本件補正による変更は特許請求の範囲を拡張するものである旨主張する。

 しかし,本件補正前の本願発明においては,「ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介し該隔膜の内部に挿入できる」として,挿入されるのはルア先端とするだけで,「ルア先端の部分全体」が隔膜の内部に挿入されるとは記載されていない。そして,上記(1)のとおり,補正発明の意義は,雄型ルアとルア受け具が係合されることにより,ルアロックコネクタの先端が隔膜内に貫入することを利用して医療流体を移送するというものであり,ここで雄型ルアの先端部分が隔膜内に貫入される態様は,医療流体を移送できる程度であることは必要とされるものの,それを超えてその全部が貫入されることは必須の要素でないことは明らかである。

 そうすると,本件補正前の本願発明においても,挿入される部分はルア先端の一部又は全部と解さざるを得ないのであって,これを本件補正により「ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」として,挿入される部分がルア先端の一部の場合だけでなく全部が挿入される場合があることを明示することは,実質的にみて何らの変更を加えるものではないから,特許請求の範囲を拡張するものではない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。

カ なお被告は,特許法旧17条の2第4項2号「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,発明を特定するために必要な事項を「限定する」ことであり,これに該当するといえるためには,補正後の一つ以上の発明を特定するための事項が補正前の発明を特定するための事項に対して,概念的に下位になっていることを要するものであると主張するところ,同主張は,補正が「特許請求の範囲の減縮」(特許法旧17条の2第4項2号)に該当するためには,これに該当する個々の補正事項のすべてにおいて下位概念に変更されることを要するとの趣旨を含むものと解される
しかし,特許請求の範囲の減縮は当該請求項の解釈において減縮の有無を判断すべきものであって,当該請求項の範囲内における各補正事項のみを個別にみて決すべきものではないのであるから,被告の上記主張が減縮の場合を後者の場合に限定する趣旨であれば,その主張は前提において誤りであるといわざるを得ない。
また,特許請求の範囲の一部を減縮する場合に,当該部分とそれ以外の部分との整合性を担保するため,当該減縮部分以外の事項について字句の変更を行う必要性が生じる場合のあることは明らかであって,このような趣旨に基づく変更は,これにより特許請求の範囲を拡大ないし不明瞭にする等,補正の他の要件に抵触するものでない限り排除されるべきものではなく,この場合に当該補正部分の文言自体には減縮が存しなかったとしても,これが特許法旧17条の2第4項2号と矛盾するものではない