知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

新規事項を追加する訂正が請求された事例

2008-12-07 22:33:22 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)20790
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成20年11月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 清水節

2  次に,争点(4)(本件特許に無効理由が存在するとしても,訂正により,本件特許権に基づく権利行使が可能となるか)について判断する。

(1 ) 前記1のとおり,本件発明は,いずれも進歩性が欠如するから,特許法104条の3第1項により,原告は,本件特許権に基づく権利行使をすることはできない。

 しかしながら,被告に特許権侵害の事実があるにもかかわらず,当該特許に無効理由があるため,上記条項により,同特許権に基づく権利行使ができない場合であっても,当該特許権者が,①特許庁に対し,適法な訂正審判の請求又は訂正の請求を行っており,②当該訂正によって,上記の無効理由が解消され,さらに,③被告の製造販売する製品ないし被告が実施している方法が訂正後の特許請求の範囲に含まれる場合には,上記の無効理由があるにもかかわらず,上記特許権者は,上記特許権に基づく権利行使ができるものと解するのが相当である

 そして,前記争いのない事実等で判示したとおり,原告は,本件明細書の記載について,訂正審判請求をし,後日,特許法134条の3第5項により,訂正請求(本件訂正請求)がされたものとみなされたところ,原告は,本件特許権に前記1の無効理由が存在するとしても,本件訂正請求により,本件特許権に基づく権利行使は許される旨主張する
 そこで,上記の要件に照らして,本件訂正により,本件特許権に基づく権利行使が許されるか否かについて,以下検討する。

(2) 本件訂正が,特許法134条の2第5項で準用する特許法126条3項(ただし,平成14年法律第24号附則3条1項の規定により,同法2条の定による改正後の特許法の規定は,同法附則1条2号に定める日(平成15年7月1日)以後の特許出願について適用され,同日前にした特許出願については,なお従前の例によるものとされているため,本件訂正請求については,同法による改正前の特許法126条2項(以下「旧特許法126条2項」という。)が適用されることになる。)に違反しないかについて

ア 旧特許法126条2項の「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者にとって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し,したがって,同項の「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」における訂正とは,当該訂正が,当業者にとって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものである場合を意味すると解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号事件・平成20年5月30日判決参照)。

イ 本件訂正後発明1は,前記争いのない事実等(8)イ(ア)のとおりであり,本件訂正は,ゲートの位置を,本件訂正前は,リブ部に対応する部分としていたのを,リブ部のうちブレード本体の側面側の近傍の部分に対応する部分,又は,リブ部を複数設ける場合は,ブレード本体の側面側の近傍にあるリブ部に対応する部分(・・・。)に限定したものであることが認められる。

 これに対し,本件明細書には,実施例としては,リブ部がブレード本体の一方の側面部から他の側面部にわたって形成されているものしか記載されておらず,同リブ部を前提として,ゲートをリブ部の両側面部に設けたもの(・・・)及びリブ部の後方の面の両端部に対応する部分に設けたもの(・・・)が記載されていることが認められる(甲4)。
 したがって,本件訂正後発明1のうち,リブ部の長手方向の長さが短く,そのリブ部をブレード本体の長手方向端部のみに配置した構成は,本件明細書及び本件図面には記載されておらず,また,本件明細書及び本件図面の記載から当業者にとって自明であるということもできない

 そして,そもそも,本件発明1は,前記のとおり,ゲートをブレード本体に対応する部分ではなく,ブレード本体から突出したリブ部に対応する部分に設けることによって,ウェルド,バリ,ヒケのない現像ブレードを製造するというものであるところ,本件明細書において,リブ部のいかなる部分に対応した部分にゲートを設けるべきか,又は,リブ部を複数設ける場合に,ブレード本体のどの部分にリブ部を設けるべきかについての記載はなく(・・・。),むしろ,前記1(1)ア(ア)d⒟で認定したとおり,本件明細書の段落【0012】には,「・・・。」と記載されている。

 このように,本件発明1は,リブ部のうちのいかなる部分に対応する分にゲートを設けても,また,ゲートを設けたリブ部を複数設けても,技術的には異ならないということを前提としており,換言すれば,特定の部位にゲートの位置を設けることについての技術的意義を見い出していないものと解される。これに対して,本件訂正は,ゲートの位置を上記のとおり限定したものであるところ,本件発明のように,ゲートをリブ部に設ける現像ブレードの製造方法において,ブレード本体の長手方向におけるゲートの設置位置を限定することには,一定の技術的な有意性が認められるものと解される

以上の点を総合すると,本件訂正が,リブ部を複数設ける場合に,ゲートの設置位置を,ブレード本体の側面側の近傍にあるリブ部に対応する部分に限定することは,本件明細書及び本件図面から導かれる技術的事項とは異なる新たな技術的事項を導入することになり,本件訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」における訂正ということはできないというべきである

ウ したがって,本件訂正は,特許法134条の2第5項で準用する特許法126条3項(なお,前記のとおり,本件訂正請求については,旧特許法126条2項が適用される。)に違反するというべきである。

共通点が抽象的なアイデアや創作性のないありふれた表現にある事例

2008-12-07 21:29:06 | 著作権法
事件番号 平成20(ネ)10058
事件名 損害賠償等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年11月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(2) 判断
 前記(1)のとおり,原告書籍の第1ないし第9の各部分と被告書籍1の第1ないし第7,第9の各部分,原告書籍の第1,第5,第8の各部分と被告書籍2の第1,第5,第8の各部分は,表現上の共通点はなく,また,共通点があったとしても,それらは抽象的なアイデアにおける共通点や創作性のないありふれた表現の共通点にとどまり,被告書籍各部分は,原告書籍各部分の複製又は翻案に該当しない

 したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告Yが被告書籍1及び2を著作したこと,被告Yの許諾により被告講談社が被告書籍1を発行したこと,被告Yの許諾により被告テレビ朝日が被告書籍2を発行したことは,原告が原告書籍について有する複製権又は翻案権を侵害するものではないというべきである

特許無効審判の審理

2008-12-07 19:45:27 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10380
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年11月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

6 本件審決の違法性について
(1) 特許無効審判の審理について
ア 特許無効審判について,特許庁が請求を不成立とする審決をするには,審判体は,審判手続において請求人が適法に主張したすべての無効理由について審理し,審決においてその成否についての判断を示す必要があることはいうまでもない。審判体が,審判手続において,特許法153条2項の規定により当事者に通知した無効理由についても,同様である。

イ 特許法134条1項の答弁書の提出があった後は,被請求人にも審決における判断を得る利益があるから,請求人が,審判請求の対象である特定の請求項について,請求書で主張した複数の無効理由についてその一部の主張を撤回するには,審判の請求の取下げの場合(特許法155条)に準じて,被請求人の承諾を得る必要があるというべきであり,少なくとも審判において明確な意思確認のための手続を採ることが必要である。審判体が,審判手続において,いったん特許法153条2項の規定により当事者に通知した無効理由について,これを審理の対象としないこととする場合も同様である。

ウ 請求書の副本の送達がされた後,審判手続において請求人が主張した無効理由が請求書の要旨を変更するものである場合に,審決において当該無効理由について判断するためには,あらかじめ審判手続において,特許法131条の2第2項の規定により補正の許可をした上で,被請求人に同法134条2項の答弁書を提出する機会を与えるか,又は,同法153条2項の規定による通知をして,当事者に意見を申し立てる機会を与える手続を採らなければならない

 上記の各規定が設けられた趣旨は,当事者に対して,適正公平な審判手続を保障するという理由のみならず,第三者に対して,審決の効力の及ぶ範囲を明確にするという理由があることに由来する。とりわけ,後者の理由に関しては,特許法167条に「何人も,特許無効審判・・・の確定審決の登録があったときは,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない」と規定されていることを併せ考慮すると,審決の判断の基礎とした無効理由を構成する事実及び証拠がどのようなものであるかを,審判手続において明確にさせることが必須となるが,前記各規定は,その手続を担保するものとして極めて重要な規定であるといえる

 したがって,請求書の要旨変更に該当する無効理由について,上記のような手続を採ることなく,審決において判断することは,手続上の違法を来すというべきである

エ ところで,特許無効審判の手続において,請求人が無効理由を主張した後に,被請求人が訂正請求をするような場合に,訂正前の特定の請求項との関係で主張された無効理由は,当該請求項に対応する訂正後の請求項との関係においても,無効理由の主張がされているものとして,手続が進められるべきであることは当然である(・・・)。
・・・


(2) 事実認定
・・・
無効理由4は,本件発明1ないし4は,いずれも刊行物1記載の発明,刊行物2記載の事項,刊行物3記載の事項及び周知慣用手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるというものであり,具体的には,
① 刊行物1記載の発明,刊行物2記載の事項及び周知慣用手段の組合せ,
② 刊行物1記載の発明,刊行物3記載の事項及び周知慣用手段の組合せ
を主張するものである。

(イ) 本件無効審判請求書との関係
 無効理由4は,刊行物1に基づく公知事実,刊行物2に基づく公知事実及び刊行物3に基づく公知事実によって構成されるものであるということができる(なお,周知慣用手段は,通常,特許法29条2項所定の「その発明の属する分野における通常の知識」と位置付けられるものであり,無効理由を構成する公知事実そのものではないと解される。)が,このうち刊行物2に基づく公知事実は本件無効審判請求書で主張された特許法29条2項の無効理由(当初無効理由4)を構成する公知事実であるが,刊行物1及び3に基づく各公知事実は,本件無効審判請求書で主張された当初無効理由4を構成する公知事実ではない
 したがって,無効理由4は,刊行物1及び3に基づく各公知事実によって構成されているという点において,本件無効審判請求書の要旨を変更するものというべきである

 ところで,平成18年5月18日発送の補正許否の決定(甲71)では,第2回弁駁書に関し,「新たに追加された甲第4~31号証により立証しようとする事実に基づいた請求の理由の補正は,審判請求時の要旨を変更するものと認められる」と説示されているが,原告が甲4ないし31により立証しようとした事実には,周知慣用手段に係るものが含まれており(・・・),周知慣用手段は,通常,特許法29条2項所定の「その発明の属する分野における通常の知識」と位置付けられ,無効理由を構成する公知事実そのものではないことに照らせば,上記説示に係る審判体の判断は,周知慣用手段に基づく請求の理由の補正についてまで不許可とした点において,これを是認することができない

(ウ) 職権通知無効理由との関係
 ・・・

(エ) 無効理由4のうち適法に審理の対象とされた部分とそうでない部分
 そうすると,無効理由4のうち
① ・・・に係る理由は,本件無効審判の手続において,適法に審理の対象とされたものということができるが,
② 刊行物1記載の発明,刊行物3記載の事項及び周知慣用手段の組合せに係る理由は,本件無効審判請求書の要旨を変更するものであって,かつ,特許法131条の2第2項の規定による補正の許可及び被告(被請求人)に対する同法134条2項の答弁書の提出の機会の付与も,同法153条2項の規定による通知及び当事者に対する意見申立ての機会の付与もされていないものといえる。

 したがって,無効理由4のうち,刊行物1記載の発明,刊行物3記載の事項及び周知慣用手段の組合せに係る理由は,刊行物3に基づく公知事実によって構成されているという点に関し,本件無効審判の手続において,適法に主張されたものということはできない。

(オ) 本件審決が刊行物3に基づく公知事実によって構成される無効理由について示した判断

 本件審決は,刊行物3の記載を摘記して刊行物3記載の事項を認定するとともに(審決書25頁15行~26頁17行),具体的な判断としては,刊行物1記載の発明1の・・・との説示のみをして,・・・という抽象的な判断を示したものである。

(カ) まとめ
 上記検討したところによれば,本件審決は,特許法が規定する適正な手続を経ることなく,無効理由4のうち刊行物3に基づく公知事実によって構成される理由について,前記(オ)のとおり,部分的かつ断片的な説示をして,当該無効理由が成立しない旨の判断を示した点において,適切さを欠くものであったというべきである。
 なお,本件審決の同判断部分は,本件審決の結論を導く根拠とは無関係の,不要な判断である点は,前記3のとおりである。

 今後,再開されるべき本件無効審判の手続においては,審判体は,紛争の一回的解決を図るべく,原告の主張に係る特許法29条2項違反の無効理由を構成する公知事実として,刊行物3に基づく公知事実を付加する補正を許可するか否か,あるいは,これに代えて同法153条2項の規定による通知をするか否かについて,審理を進めるべきである

 なお,
① 訂正がされた場合に,訂正前の発明について対比された公知事実のみならず,その他の公知事実との対比を行って,その点の判断をしない限り,訂正後の発明が特許を受けることができる発明であるかに関する判断結果の安定性を実現することはできないこと(最高裁判所平成7年(行ツ)第204号平成11年3月9日最高裁判所第3小法廷判決(民集53巻3号303頁),最高裁判所平成10年(行ツ)第81号平成11年4月22日第1小法廷判決(裁判集民事193号231頁)参照),
② 本件無効審判の過程でされた訂正請求が確定する前に,別の無効審判が請求されたような場合には,審理判断の対象となる発明の要旨が本件無効審判におけるそれとは異なるものとなって,判断結果の安定性を損なうおそれがあること
等の事情に照らすならば,審判体としては,本件第4訂正により特許請求の範囲に付加された構成との関係で,刊行物3に基づく公知事実を主張する必要が生じたものとして,特許法131条の2第2項1号の規定による補正の許可をすべきものといえる。