知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

インクタンクリサイクル事件

2007-11-10 20:23:12 | 最高裁判決
事件番号 平成18(受)826
事件名 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成19年11月08日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
(裁判長裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 泉徳治 才口千晴 涌井紀夫)

『4 論旨は,原審の特許権行使の可否に係る判断基準,及びこれに基づいて本件特許権の行使が制限されないとした判断について,法令違反をいうものであるが,採用することはできない。その理由は,以下のとおりである。

(1) 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下,両者を併せて「特許権者等」という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。

 この場合,特許製品について譲渡を行う都度特許権者の許諾を要するとすると,市場における特許製品の円滑な流通が妨げられ,かえって特許権者自身の利益を害し,ひいては特許法1条所定の特許法の目的にも反することになる一方,特許権者は,特許発明の公開の代償を確保する機会が既に保障されているものということができ,特許権者等から譲渡された特許製品について,特許権者がその流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決参照)。このような権利の消尽については,半導体集積回路の回路配置に関する法律12条3項,種苗法21条4項において,明文で規定されているところであり,特許権についても,これと同様の権利行使の制限が妥当するものと解されるというべきである。

 しかしながら,特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである

(2) 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者(以下,両者を併せて「我が国の特許権者等」という。)が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,譲受人との間で当該特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をした場合を除き,譲受人から当該特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で上記の合意をした上当該特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該特許製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解されるところ(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決),これにより特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品そのものに限られるものであることは,特許権者等が我が国において特許製品を譲渡した場合と異ならない

 そうすると,我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,我が国において特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である

『(3) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,被上告人は,被上告人製品のインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には,印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることから,これを1回で使い切り,新しいものと交換するものとしており,そのために被上告人製品にはインク補充のための開口部が設けられておらず,そのような構造上,インクを再充てんするためにはインクタンク本体に穴を開けることが不可欠であって,上告人製品の製品化の工程においても,本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け,そこからインクを注入した後にこれをふさいでいるというのである。このような上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に消耗品であるインクを補充しているというにとどまらず,インクタンク本体をインクの補充が可能となるように変形させるものにほかならない

 また,前記事実関係等によれば,被上告人製品は,インク自体が圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁となる技術的役割を担っているところ,インクがある程度費消されると,圧接部の界面の一部又は全部がインクを保持しなくなるものであり,プリンタから取り外された使用済みの被上告人製品については,1週間~10日程度が経過した後には内部に残存するインクが固着するに至り,これにその状態のままインクを再充てんした場合には,たとえ液体収納室全体及び負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までインクを充てんしたとしても,圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成するという機能が害されるというのである。
そして,上告人製品においては,本件インクタンク本体の内部を洗浄することにより,そこに固着していたインクが洗い流され,圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能の回復が図られるとともに,使用開始前の被上告人製品と同程度の量のインクが充てんされることにより,インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず,圧接部の界面全体においてインクを保持することができる状態が復元されているというのであるから,上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に費消されたインクを再充てんしたというにとどまらず,使用済みの本件インクタンク本体を再使用し,本件発明の本質的部分に係る構成(構成要件H及び構成要件K)を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させるものであるということができ,本件発明の実質的な価値を再び実現し,開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない

 これらのほか,インクタンクの取引の実情など前記事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると,上告人製品については,加工前の被上告人製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。したがって,特許権者等が我が国において譲渡し,又は我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品である被上告人製品の使用済みインクタンク本体を利用して製品化された上告人製品については,本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから,本件特許権の特許権者である被上告人は,本件特許権に基づいてその輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。』

(所感)
 最高裁の「同一性を欠く特許製品が新たに製造された」かどうかという基準は、法の趣旨から統一的基準を導いた点及びそれを用いた論理構成の柔軟性が高い点で、知財高裁の第一類型及び第二類型よりは優れているように思う。
 しかし、原油価格や原材料価格が高騰する中において資源エネルギー政策的観点からは、先行者の利益を損ねたとしてもリサイクルは強力に推奨されるべきとも思う。リサイクル品に対する知的財産権の行使を制限する立法も検討されてしかるべきと思う。

公開特許公報への掲載は「刊行物に発表」すること?

2006-11-14 06:28:09 | 最高裁判決
事件番号 昭和61(行ツ)160
事件名 審決取消
裁判年月日 平成1年11月10日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集巻・号・頁 第43巻10号1116頁
判示事項 発明の公開特許公報への掲載と特許法三〇条一項にいう刊行物への発表
裁判要旨 特許出願した発明が内外の公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しない。
参照法条 特許法30条1項 特許法65条の2


『特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願した結果、その発明が公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しないものと解するのが相当である。けだし、同法二九条一項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法三〇条一項にいう「刊行物に発表」するとは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ、公開特許公報は、特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより、特許庁長官が手続の一環として同法六五条の二の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから、これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。そして、この理は、外国における公開特許公報であっても異なるところはない。』

我が国の特許制度の趣旨

2006-09-30 08:12:49 | 最高裁判決
事件番号 平成10(受)153
事件名 医薬品販売差止請求事件
裁判年月日 平成11年04月16日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫)
 裁判官全員一致

『1 特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。』

『2 薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許法上、右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。』

発明の詳細な説明及び図面の訂正で特許請求の範囲の減縮となる場合

2006-04-22 08:34:10 | 最高裁判決
事件番号 昭和62(行ツ)109
裁判年月日 平成3年03月19日
法廷名 最高裁判所第三小法廷

(判示事項)
特許請求の範囲の記載文言自体は訂正されていなくても発明の詳細な説明及び図面の訂正により特許請求の範囲の減縮があつたとされる場合
(裁判要旨)
特許請求の範囲の記載文言自体は訂正されていない場合でも、特許請求の範囲に記載されている「固定部材」の技術的意義が一義的に明確とはいえず、発明の詳細な説明及び図面から接着剤(接着層)をもつて「固定部材」とする記載をすべて削除する訂正審決が確定したときは、特許請求の範囲に記載されている「固定部材」は、接着剤(接着層)を含まないものに減縮される。

「発明の詳細なる説明」に記載の発明の分割の適否

2006-04-22 08:31:50 | 最高裁判決
事件番号 昭和53(行ツ)101
裁判年月日 昭和55年12月18日
法廷名 最高裁判所第一小法廷

(裁判要旨)
明細書の「特許請求の範囲」に記載されず、「発明の詳細なる説明」又は図面に記載されている発明を目的とする分割出願であつても、右記載が、その発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者において発明の要旨とする技術的事項のすべてを正確に理解し容易に実施することができる程度にされているときは、右分割出願は適法である。

訂正審判で訂正の一部のみを許すことの可否

2006-04-22 08:25:16 | 最高裁判決
事件番号 昭和53(行ツ)27
裁判年月日 昭和55年05月01日
法廷名 最高裁判所第一小法廷

(裁判要旨)
願書に添付した明細書又は図面の記載を複数箇所にわたつて訂正することを求める訂正審判の請求において、右訂正が実用新案登録請求の範囲に実質的影響を及ぼすものである場合には、複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決をしなければならず、たとえ客観的には複数の訂正箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係になく、かつ、右の一部の訂正を許すことが請求人にとつて実益のあるときであつても、その箇所についてのみ訂正を許す審決をすることはできない。

所定の手続を欠いても不意打ちとならない事情

2006-02-25 18:48:53 | 最高裁判決
最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決・判例時報1801号108頁は,審判において特許法153条2項所定の手続を欠くという瑕疵がある場合であっても,当事者の申し立てない理由について審理することが当事者にとって不意打ちにならないと認められる事情のあるときは,上記瑕疵は審決を取り消すべき違法には当たらないと解するのが相当である,と判示している。