徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

昭和36年秋、会津若松

2017-09-11 22:04:35 | 
 この時期になると必ず思い出して再見する映像がこれ。今から56年前に撮影されたこの映像は、僕の先輩であり、当時済々黌水球部の主将であった村山憲三さんが、昭和36年(1961)の会津若松国体の様子を写した貴重なフィルムである。
 セピア色の映像はさすがに56年という時の流れを感じさせるが、僕の頭の中には、いささかも劣化していないカラー映像が今も鮮明に残っている。
 右の写真は鶴ヶ城内の若松市営プールで行われた開会式の模様。水球競技は決勝戦のみ、このプールで行われ、ライバルの京都鴨沂高校と対戦したわが済々黌チームは…



≪映像の内容≫
●会津若松鶴ヶ城内の宿舎、西澤別館からバスで試合会場へ向かう。
●会津若松市内は国体ムード一色で沿道の人々から歓迎を受ける。
●予選リーグ会場の会津若松市立第一中学校に到着、早速軽い練習。
●義宮様(現常陸宮様)が水球視察のため会場におこしになる。
●選手控室で昼食をとる。
●予選リーグが始まる。