金四郎 たのんまっせぇ~

夫と、老柴犬金四郎と南房総に移住して11年.
身も心もスッカリ房総人♪今は亡き愛犬との思い出とつづる日々の出来事

カタクリが咲きました♪私は青虫です♪

2014-03-25 21:10:18 | 日々の暮らし、思い出
数日前、ダンナ殿に「カタクリが咲きだしたから、踏まないようにお願いしますよ!」って言われて、「お~!!ホントだ!」

朝の内はね、こうしてまだ眠そうにしてるの


だんだん太陽が上がってくると・・


そして、真昼間♪ 


ラジオ体操の胸開き運動を全開したみたいでしょ♪
もうこれ以上そっくり返れません!て。

埼玉の家は緩斜面になっていて、半日陰が多かったから、その昔、まだまだ人の入らないような山影で見つけたカタクリを移植したら増えてね・・。
沢山咲いていました。 こちらよりはずっと遅くだけど、


こんな葉っぱが先に出てくるのですが、この葉っぱが一枚葉の時は、花が咲かないんです。
もう一枚を包み込むようにして、二枚になってるとその中から小さなつぼみが見えてくるんです。

こちらに移住してくる時に、一生懸命掘って、掘って、150株位もって来たのに、土地環境があわなかったんでしょうね・・年々少なく、小さい花になって行って・・・
で、去年は私に庭の中にカタクリをちゃんと探す余裕がなくてね・・
だから、今年は嬉しかったなぁ~^0^

カタクリは、半日陰を好んで、根っこはとっても深いのです。
昔はこの根っこから片栗粉を作っていたそうな・・・で、カタクリ粉というとか・・今は馬鈴薯でん粉ですよね。
この花ね、植えたところから出てくるって限らないから不思議。
以前テレビで、その増え方をやっていたので、見たら、花が終わると実をつけるのですが、その実の先から蜜のような水分をタラァ~っと出して、それをありんこや虫が見つけてなめに来て、落した実、を運ぶ・・そして、その運ばれたところから、また新しい芽を出すそうです。
そんな気長な話?って、ホント神秘でしたね♪

埼玉の家の近くや秩父の方にはこのカタクリの群生地があります。
地味な花だけど、独特な葉っぱやこんな風に変化していく花の開き方など、素敵です。
我家の庭のも残ってくれるといいなぁ♪

そして、この時期!
いやぁ、採れる採れる! 青菜♪
家庭菜園などをやっていますと、色々な種類はありますが、大きくなる時期、収穫時期はほとんど同じ。

一番左のざるは、天ぷらにしようと思って洗った春菊、手前の容器の中は茹でたホウレンソウ、真中のザルはブロッコリーで右側のザルは、ナバナ(ゆめゆめバナナと読んで下さいますな)

料理も毎日、胡麻和え、お浸し、たまり風漬物、白和え、サラダ・・手を変え品を変えで・・食しております^0^が・・・

青物がない時の為にと、私が庭の片隅に植えたパセリの出番がないです^^;

大好きなんだけどねぇ・・・こう多くちゃ、青虫だってビックリですよねぇ!

春菊を天ぷらにするときに、ブロ友の与作さんがいつだったか載せていた、切り干し大根の天ぷら、ちょうど切り干し大根も出来上がったのでやってみました。

頂き物のセロリの上や端っこ、人参、エビはないからジャコ、冷蔵庫のポケットにいつまでも使いきれないで残っていたおぼろ昆布などを混ぜいれて。
何ともいえない歯ごたえと独特の香り♪ 初めての物♪ 結構イケましたですよ♪
天ぷらっていうとやたらと種類作りたくなっちゃうけど、これ一品増えるだけで、豪華さがありました♪

金四郎は、春の暖かさを感じてかベッドの中で、こんな風に鼻先をぺちゃにしてぐっすりです。

耳がすっかり遠くなり、少々の物音では起きなくなりました。

前回のブログでご紹介した友人。
ものすごい驚異的回復をしています!
たった一本残った右手親指でメールを打ってきます。
それを支えにして、フォークスプーンでひとりで食事もします。
足も23センチサイズが15センチぐらいになっちゃったけど、思ったより転ばないで、手すりにつかまって廊下を歩けたと・・。
驚くことに、今日は親指と無い人差し指の又にはさんで字を書く練習もしてるよ♪と明るい顔で!
私が、彼女の読みそうな本の記事の部分にページごとに付箋を貼って持って行ったら
「ありがとう♪やっぱり00子さんだねぇ・・ページをめくるのが思いのほか大変だったの。うん、痒いところに手が届くって、これね♪」って。

それ以外のページを開くときは、親指を唾で濡らして、ギューっとしごきめくるといい・・と、汚してもいい本だからっていうと「お~そりゃぁいい考えだ♪」って。

足りなくなったものを不満に思うより、そこにある物だけで どう使っていくか、また新しいことへ挑戦して、これだけで何がどうできるようになるか、楽しんでいるようにすら思える友の姿に、私も一緒に楽しめそうよ♪って♪

また力もらったなぁ・・・

生きてるって素晴らしい~~~

ねっ、金四郎♪ たのんまっせ!少しでも元気でいようね♪♪


生ある者たちにとって、少しでも穏やかな時の過ごせること心から願っています。

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恐ろしい肺炎、わが友は・・でも、前向きに・・

2014-03-20 21:26:25 | 健康のこと 人間、犬
春を迎える準備とはいえ、気候の変動の激しさには戸惑いすら覚えますね。

10日ほど滞在した母を17日の月曜日に東京郊外の実家まで送りました。

途中、川崎市にある父のお墓参りをしながらでしたので家に着いたのは夕方近く、当然その日は泊まって翌朝出るつもりでしたが、ついついこれから一人暮らしを再開する母に娘は口うるさくいいつつ、話が長くなり、実家を出たのは11時を過ぎてしまいました。
その日はわたしにとっては大事なコーラスの練習日、夕方までには帰れると思ったのですが・・
おりしも、関東地方に春一番が吹きました。
かなり強烈な風
気になりながら交通情報を聞きながら運転。
東京湾横断道路、アクアラインは40キロ規制とのこと。
海の上を3キロ以上走るので、風の強いのは当たり前、規制中ぐらいなら大丈夫♪

・・・と・・・
アクアラインまであと5キロでラジオは突然、アクアライン閉鎖を告げたのです^^;
「げっ!!」

でも、まぁ行ってみようと、そのまま戻ることもできず行きましたら、交通機動隊が出ていて、閉鎖バリケードの前で大きな旗を振って、Uターン指示。

ナビに入れなおして湾岸道路を走るのも強風の影響があるとのことで、まして初めての道。
慣れない新しい車、もう引き返すしかなく、母のもとへと戻り、もう一泊。
予定は狂うし、不必要な運転は精神的にも疲れるし、、、、でも母は・・
「私、儲かっちゃったわぁ~」と嬉しそうでした。

まっ親孝行させてくれたんだね、春一番さん♪♪

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さて、話は本題に、少し長くなりますので興味を持たれた時に読んでくださいませ

先日のブログで私の大事な友人が肺炎球菌肺炎で入院してることを書きました。
腎臓に肺炎球菌が回り、腎透析を徹底的にしているとは伝えきいていましたが、それでも
重篤な状態が続き、一時は命まで危ぶまれましたが、ICUに一か月入って、彼女は一般病棟にまで戻ることができました。

が、・・かなり大きな代償と共に・・・

これを書くまでには色々と葛藤がありました。

家族ぐるみでお付き合いしてる方からの情報や、御嬢さんからのメール、お見舞いに行って、実際に彼女に会って、ご家族や彼女から、まるで目の不自由な人が像を触ってその様態を説明してくれるような言葉をつなぎ合わせて、私なりに理解したことを踏まえながら帰宅してすぐに調べました。

肺炎球菌肺炎はやっつけました。その後ついた病名は

「肺炎球菌肺炎の合併症による電撃的紫斑病」

一般病棟に移ってから初めて彼女に会った時は
「ほら、こんなになっちゃったのよ」とベッドに横たわりながら両手を上げて見せてくれた指は、右手の親指を除いて、全部根元の方から真っ黒!!
壊死を通り越して、ミイラ化、炭化していました。壊死していないところにも紫斑が点々と。
一切の感覚はなく、手のひらで物をつかんでいる状態でした。足は保護されていましたが、同様とのことでした。


結果、彼女は2週間前、両手両足の指と右足の裏を一部、右手の親指を除いて切断の手術を受けました

手術は成功して無事終了しましたが最初に会いに行った時は、すでに決心した後で、さばさばした表情でしたが、そこに至るまでには、説得する医師団、家族にかなりの拒否、抵抗をしたそうです
そのままにしておけば感染が広がり死に至ることは目に見えていますが、それでもそこまで、「医者!薬!注射!」と叫んでいたと、笑っていました。
色々と話しているうちに、生きていてくれたこと、生き続けることを選んだ彼女の思い
「前向くっきゃないもんね・・」という言葉に思わず涙が出てしまったら・・
「泣かないでよ!!うんもう~~!!あなた見て、我慢してるんだからぁ!!」っておこられちゃった^^;

「手術室 入ってさ、それっきり目が覚めなかったこと思うとね、あなたに会っておきたいなぁって思ったから・・・」なんて言うんだもん!

術後2週間近く経った今日は、傷の痛みも減って、残された右手の親指と、手の甲から第二関節まで残された包帯だらけの手を使って、特殊スプーンで一人で食事まででき、トレーニングカップから飲み物も飲めるようになっていました。

私なりに調べたことや、義指のことなど現代は本当に良い物が出来てる話をしたら、すでに御嬢さんが調べて、プリントしてきてること、早くからリハビリに入ってるけど、いつか補助付きでも歩ける日も来ると思うと、かなりの所まで復活できそうと・・・。
でも、左手は丸坊主のように指がないので、怖くてまだ自分でも見ていないと・・・

ついこの間までピアノを弾いていた手は、ボクシングのグローブをしてるよう。
でも、おどけて
「悪い奴が来たら、これでエイってね・・」と肘を曲げて前に出す彼女。


これからは障害者の立場に立って、世の中がもっともっと障害のある人の住みやすいように、どんどん意見を出すと「やるよ!!」と前向きな友。

これからも まだまだいくつもの障壁を乗り越えなくてはならないけど、いつか一緒に歌える日が来ると信じて、私なりにできる協力をすると約束してさよならをして来ました



この肺炎球菌肺炎の合併症による紫斑病は、すべての人がなるわけではありませんし、極めて稀な症例ではありますが、肺炎球菌はとにかく体内感染力が強く、まず腎不全を起こしやすく、また、脾臓がないとか低血圧、極端に免疫力が低下してる人がかかりやすいらしいです。
彼女はその昔、胃潰瘍の手術をしててその時に脾臓も摘出してたらしいのですが、本人はその事実を認識していませんでした。
でも、色々と身内のことなどでも忙しくしていて、上記の状態はすべてあてはまっていました。
ここまでひどくならなくても、肺炎球菌はとにかく恐ろしいです。
高齢者がかかるとかなり致死率が高く、先日新聞に出ていた内容を抜粋して記します。


3月6日の毎日新聞、くらしナビから

「高齢化で増える肺炎死」2011年には心臓病、ガンに次いで死因の3位となっている
死亡者の96%は65歳以上


高齢者はワクチン(予防注射)でかなりカバーできる

90種類以上ある肺炎球菌の型のうち、ワクチンは23種類に効く。
肺炎球菌肺炎の8割をカバーする。
ワクチンには成人用と小児用がある。


小児用肺炎球菌ワクチンは免疫反応が成熟していない乳幼児でもウイルスへの抵抗力が十分つくように開発された。

成人用ワクチンは5年ほどで予防効果が下がるため、再接種が必要。
インフルエンザに感染すると鼻などの気道に肺炎球菌が感染しやすくなるので、その予防も大切。
などなど、そして大事なワクチン以外の予防として

重要な口腔ケア」が上げられています。

肺炎球菌のみならず、老齢者の肺炎には誤嚥性肺炎(食べ物や唾液が気道に入って細菌感染を起こす)もあり、普段からの口腔ケアが重要である。

自治体によっては65歳以上には肺炎球菌肺炎の予防接種の負担援助をしてくれるところもありますので、調べてから受けるのも良いと思います。

どこまでをどう伝えるかなど、本当に難しいことですが、老齢者のみではなくこの病気に対する注意喚起も含めて、前向きに生きている友に力をもらって、拙い文章ですがアップしました。


ちょっと疲れちゃったので、私の大好きな写真で癒してもらいます。



6年前、孫一が2歳の時
生まれて間もないころからこうやって、彼が寝ているとそばで添い寝していました♪


大好きな大好きな金四郎と一緒
こんな風に乗られても嫌な顔しないで(多分嫌だっただろうけど)じっとしていました。

そして、今日の金四郎


6年前と比べるとかなりおじいさんになっちゃったけどね
キミは我が家の宝物だよ♪



生ある者たちにとって、少しでも穏やかな日々が過ごせること、願ってやみません。



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94才に学ぶ・金四郎は都合よく・・

2014-03-10 21:10:52 | 日々の暮らし、思い出
三月も半ばになろうとしてるのに、何て寒いのでしょう!この冬一番の寒気が下りてきてるとか・・。
どこか違っていますよねぇ・・。
ブロ友さんなどのいらっしゃる東北、秋田などはまた豪雪になるのでしょうか。
気をつけてお過ごしいただきたいですね。

さて、昨年のお正月以来になりますが、母が我が家に来ています。
先週の土曜日に実家から少し離れたところに住む2番目の兄夫婦に連れてきてもらいました。兄たちは、この田舎に癒しを求めて遊びに来ます。
ついでに母も来てしばらく滞在を計画しました。
誘った時には乗り気ではありませんでしたが、いつものこと、何のかんのと言ってるうちにその気になって♪

94歳と4か月
彼女、先月末100歳を迎えたばかりの実姉を亡くしました。
伯母は施設には入っていましたが、1月の誕生日に電話した時には元気に、まともに話したと、母は言いました。そしてその電話を何よりも喜んでくれたと。

人生において不足のない年です。
でも、いくつになっても実の姉を目標に頑張ってきた母にとってはかけがえのない者の死、分かっていても落胆した様子でした。

ほんじゃぁ、なおのこと我が家へ・・ということに。


寝間着を置いてきたというので、私のを貸しましたら、ピンクのヒイばば様になりました♪
(私の娘から贈られたという五本指の靴下をはこうと努力中。あれって全部の指に入れるの大変なんですよね、でもちゃんとはけました、感服)本当は寝間着姿なんてご披露するの恥ずかしいのですけど・・年に免じて許してね。

一人で暮らしているので動作はのろいですが、何でも自分でが身についているので手間いらずなのですが・・・

耳がかなり遠く、補聴器つけてもトンチンカンなこと多々あります^^;

余計なことが聞こえない・・って、かえってストレスがないかもしれませんね^^

金四郎はおばあちゃまが「金四郎ちゃん♪」って優しいのをいいことに、オヤツねだりにそばを離れません♪


もっとくだしゃいな^0^


私が、もう上げないで、と頼んだら、今度は私の所へ・・


「おかあちゃま・・そんなケチなこと言わないで・・お願いしますよ♪」

音楽の大好きな母。
我家へ来ると、必ずピアノの音を出しています。
譜面を読むことはできますが、ピアノの鍵盤の位置とそれを確定はできないので、弾くときはすべて覚えた歌を
音でたどって弾きます

歌は沢山知っていますが、まずは、父が大好きだった
「人生劇場」「影を慕いて」などの懐メロから、女学校で覚えた唱歌なるものなど、ジャンルはまぁバラバラというかなんというか・・・^^;

しかし、♯がいくつで、これはナニ調、♭がいくつだからこれはナニ調と言って音符を読むのにはさすがの私もびっくり!!
私、そんなのほとんど忘れて、というか関係なくピアノにおろしていましたから(私だって、ちゃんと習ったわけではないので・・・)

ただし、それとピアノの弾き方とは違うのでそこが、なかなか呑み込めず、ついつい、口調もきつくなる、ダメな娘です(シュン)

それでも弾きたい一心の彼女
最初は「私、両手は全然だめよ」と片手でポンポンと♪


そして、色々と弾いているうちに「故郷の廃家」とかいう曲になりました。
一番使う音色で 左手でドミソを抑えるように教えたら、最初は指も言うこと効かず、押したり離れたりしながら何とか合わせて弾きだしたのです!



初めは夢中で・・
だんだん余裕が出てきて・・


もちろん、音はそればかりではありませんが、とにかく両手が使えたという喜び♪
左も右も一緒になっちゃうので、全部、「むすんでひらいて」みたいだったけど・・^0^♪

いい加減やったら、やっぱりダメとは言ってたけど、私がいないと音だけは出したくてまた向かう、すんごいばあさんでした!!

そんなこんなを母としてたら、ピンポンがなって♪
ブロ友のはおとさんから嬉しい贈り物♪


お菓子好きの我が家に、大好物の名物菓子が、そして可愛いタオルハンカチ♪
早速 母とお茶で頂きました♪
はおとさん、ありがとう~~~♪

母にはブログなるものどころかPC,そのものが良く理解できていません。
どう説明しても「ふぅ~~ん、大した時代が来ちゃったものねぇ・・」揚句私の持ってる携帯を見て「それスマフ? なんだかよく分からないんだけど、スマなんとかってなぁに?」と。

実はね、私もそこんところ色々とよくわかっていないんですけどね^^;

色々と動作も鈍くなり、足腰も弱って来て、先ごろからステッキを使うようになったのですが、持ちつけない物を持つのでつくのが下手なの^^; だからそれにつっかえて転びそうになる・・^^;
考えて少しは使えるようになったけど、話への反応や理解度も落ちてきてる自分に気が付くのでしょう、そんな時は「私、嫌になるわ、やっぱり年なのねぇ・・」って!!

「生きてるだけすごいでしょ
!!」って、娘って残酷なこと平気で言っちゃうんですね!

ゴメンね、お母さん、でも、その生き方、きっとこれからの私に大事なものになるね。
大したことしてないのに、座ってるところに料理が出てくるだけで「あら 美味しそう♪いつの間に作ったの? 上手ねぇ~」と素直に褒めてくれる♪

若い時、そして今も、お互い言いたいことを言って、怒ったり笑ったり。

そして思う
母にはやっぱりかなわないと・・・。

お風呂に入ってから食卓に着いて、母は言う
「うわぁ~、なんだか温泉旅館にきたみたい♪」

「ハイ、そうですよ、お母さん、ここは美人若女将の宿ですから」とダンナ♪

       そこで一同笑う! 楽しいひと時♪



金四郎、もう少しおばあちゃまお家にいるからね、あまりチョンチョンしてオヤツ頂戴しないでね。
ネンネしてる君は可愛いよ♪ 君が一番だから、良い子してね♪

金四郎~たのんまっせぇ~~

生きているって素晴らしいこと、生ある者たちにささやかでも幸せと思えるときのあることを願ってやみません。

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私のお雛様と今日この頃

2014-03-03 15:19:10 | 日々の暮らし、思い出
また寒さ戻ってきちゃいました。

今日は、ひな祭りですね。

私は、4人兄弟の末っ子、女の子一人、それも戦後生まれなのに、お雛様もっていなかったんですよ。
兄たちは、一番上の兄に贈られたというそれはそれは立派な、大きな3段飾りがあって、毎年、つい最近まで実家では飾っていましたが・・・。

母は自分のは持っていたけど、福島から東京に嫁いでくるのに、蔵の中に入ってる人形までいらない、荷物が増えるだけだと、置いて来たとか・・・。
末娘の母は、みんなにちやほやされて、それほど人形遊びなどしないし、商家で忙しかったから、特にひな祭りみたいなものをされなかったらしく、あまり興味がないようでした。

私が嫁いだ家は、義母がそれはそれは蝶よ花よと育てられた娘の多い家庭で育ち、自分にも娘が二人、華やかな明るいことの大好きだった人だったので、私がお雛様を持たないといったら、驚かれまして・・・^^;
だから、娘が生まれた時は、すぐに実家に初節句には、お願いねと頼みました。

娘がいるうちや、嫁いでからもそのお雛様は毎年我が家では、早々とその時を待ち遠しく飾られました。

そんな話を知った娘が、大学受験で地方受験に新潟まで行った時、試験も済んで、町を歩いてたら、ふと目に留まったと、言って、買ってきてくれたのがこのお雛様です



焼き物で、地味です。
でも、とってもいい顔してて、見てて離れられなくなって、母に買っていこうと思ったそうです。
正直、こんな地味な物にまで目の行く子なんだと驚きました。
よそでは親までついていく地方受験に、家庭の処々の事情で私はついて行かず、駅近くのビジネスホテルに一人で泊り、お小遣いだって、それほど十分に持たせなかったのに・・・。

その心に胸が熱くなり、お雛様そのものより嬉しかったこと、思い出します。

そして、娘に娘が生まれて、家が小さいからと我が家に置いて行った彼女のお雛様をおくりましたら、その子のだけのも用意するとかで、孫娘にも小さいけど、セットをおくりました。

それが4年ほど前、間もなく娘から、また送られてきました。


今まで飾っていた、自分の派手なお雛様がなくなって寂しくなったのではないかと、今度は少し明るいかわいらしいのを。 お兄ちゃん孫が選んでくれたそうです。
(隣のコップは孫っちの作品で、きょうはお白酒を入れました)

この二つが私のお雛様でピアノの上に鎮座しています。

派手好きの義母に育てられた夫は、ちゃんとした内裏雛が飾られるのが嬉しかったそうで、地味なお雛様がピアノの上にチョンとあるのには、あぁそうだったね・・・ぐらいで、行事のお菓子や、お料理を楽しみにするぐらいだったのですが・・・・

先日、勝浦の「ビッグひな祭り」を見て、帰ってきたら

「あれだけ見ちゃうと、うちのこのお雛様、いいねぇ・・このぐらいだとホッとするね♪」

だそうです^0^

お雛様って、それぞれに歴史があって、その中への思いがいろいろで良いんですよねぇ。

玄関のシンビジューム、ピンクのほかにこの色も咲きました。

私は、この黄色いのが大好きです。

玄関わきには 勿忘草が咲いてきました


これが増えるんですよ!今の内はいいのですが、forget me not 私を忘れないで!というにはあまりにも・・・「はいはい、あなたのこと忘れられません!」というほどになります♪

リナリア(姫金魚草)も 寒い冬の間から咲きだし、かなり増えてきました。


咲いてる時はいいのですが、終わるとこの花柄はべたべたと・・って、なんか私、悪いことばかり書いてる・・^^;
(お花ちゃんたちごめんなさい)

最後になっちゃったけど、アロエもようやく、ちびんと咲いてきました。


よそではみんな大きくてぼうぼうと咲いてるのですけど、ここは風の通り道なんでしょうかねぇ、なかなかなんですよ。

イワナンテンもかなり満開です。



ひいらぎ南天ともいって、とっても香りがいいのです。
義母が大好きでした。
彼女は香水類を嫌っていましたが、この花の香水が有ったら買うというほど気に入っていました。
夫は最初、埼玉から持ってくるつもりなかったのですが、私が義母があれだけ気に入っていたものを置いてくるのに忍びなくて持ってきたのですが、紫外線が強いからでしょうか、葉っぱが焼けちゃうのが残念です。

金四郎は・・・

お父ちゃまが 帰ってきて、ドアの音が聞こえてリビングのドアの前で待っていますが・・


  なかなか入ってこなくて・・・まだかなぁ~

耳がかなり聞こえなくなって、気配を感じることがとっても少なくなりました。
でも、時々はこうやって、音をききつけて待ってる姿は、愛おしくなります。


金四郎~~元気でいようね、たのんまっせぇ~~~~~♪♪

生ある者たちにとって、少しでも穏やかに過ごせる日々の多いことを心から願っています。

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