雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十三回 さよなら友達よ

2014-11-20 | 長編小説
 三太が奉公する京橋銀座の福島屋からさして遠くない場所で、早朝、番所に「小僧が辻斬りに斬られた」との訴えがあった。目明しの仙一が見に行くと、その場所に血痕はあったが斬られた小僧の姿も死体もなかった。仙一は、もしや見知りの三太ではないかと福島屋を訪ねたが、三太は元気に朝食の最中であった。
 三太は仙一に同行し、顔見知りの小僧が居るお店を尋ね歩いたが、該当する小僧は見つからなかった。諦めて斬られた現場に戻ってみると、訴え出た男が独り佇んで、三太を見て首を傾げていた。
 男は、思い出したように大声で目明しの仙一に言った。
   「親分、斬られたのはこの小僧さんです」
 目明しは、男の顔をまじまじと見つめた。
   「お前さん、自分の言っていることが分かっているのか?」
   「はぁ?」
   「この子は、どこも斬られていないじゃないか」
   「でも、確かにこの小僧さんでした、ほら、手に持っているこの棒が何よりの証拠です」
 そう言って、男は「はっ」と気付いたようだ。
   「そうだ、福島屋の文字が入った提灯を持っていました」
 仙一は、三太に聞き質した。
   「三太、早朝に福島屋の提灯を持ってここを通ったのか?」
   「へえ、確かに通りました」
   「では聞くが、斬られたか?」
 三太は自分の身体を方々叩いてみせた。
   「どうにも憶えがおまへん」
 男が、ようやく気付いたように、目を擦りながら言った。
   「わし、寝ぼけていたのでしょうか?」
   「そんなことはないだろう、血が落ちていることだ」
 
 三太は考えてみた。斬られたのは、もしかしたらコン太ではなかったのだろうか。コン太が人間に化けることはない。だが、新三郎のように人の心に幻覚として伝えることは出来るのかも知れない。コン太が罠にかかって三太を呼び寄せたように。

 目撃した男には、コン太が三太に見えるよう伝達したように思える。コン太は、三太に会って、また一緒に居たいと三太を追いかけてきたのではないだろうか。さすればコン太の死骸を持ち去ったのは一体誰だろうか。
   『三太、この男が見たのはやはり狐ですぜ』
 新三郎が探ってきたようだ。
   『コン太かも知れない』
 三太は、このことを仙一親分に話した。
   「なんだ、狐だったのか、よかった、よかった」
 仙一は事件にならなかったことで胸を撫で下ろした。三太はそれが気にいらなかった。
   「なんだ、狐たったのかはおまへんやろ、コン太は、わいの弟みたいなものやったのに」
   「そうか、済まん、済まん」
 仙一は謝っているわりには笑っていた。その笑い声を聞いていると、三太は涙が溢れてきた。

   「新さん、コン太は何処へ連れて行かれたのやろか」
 探して、葬ってやりたいのだ。
   『三太、良く見て見なさい、小さな血の雫が落ちていますぜ』
 よく気を付けて見なければ見過ごすほどの血痕が点々と続いている。三太はこの血痕を追って行くことにした。一刻(2時間)ほど追い続けて町外れまできた。血痕はとある農家の前まで続いていた。
   「ここの人がコン太を連れて来たらしい」
   『そのようですね』
 農家に近付いてみると、筵に挟んだ狐の死骸が置かれていた。
   「コン太や」
 三太が駆け寄ってみると、罠にかかった時に手当をしてやったあの傷跡も膏薬も無い。どうやらコン太では無いらしい。三太は「はっ」と、気が付いた。コン太がヨチヨチ歩きの頃に穴に落ちたとき、通りかかった三太に助けを求めてきたのはコン吉だった。コン吉は特別な能力を持ち、三太に話しかけることが出来た。
   「そうだったのか」 
 この度、コン太が罠にかかったのを、三太の心に伝達してきたのもコン吉だったのだ。コン太を助けて貰ったことで、お礼のために三太を追って来たのであろう。三太はコン吉を連れて来た農家の住人に会うことにした。
   「ごめんやす、誰かいますか?」
 暫くして男が出てきた。
   「はいはい、何方じゃな?」
   「表の狐の知り合いのものだす」
   「ほお、あんたも狐かね」
   「違いますけど」
   「そうだろうねぇ、狐には見えねえ」
   「あの狐の友達なんだす」
   「それで、要件は?」
   「あの狐を、山に葬りたいのだす」
   「おお、そうかそうか、ではそうしてやりなさい、わしも川原へでも埋けてやろうと思っていたところじゃ」
   「おじさん、ありがとうございます」
   「今、筵で包んでやるから、担いで行きなさい、ちょっと重いぞ」
   「頑張って担いで行きます」
   「気を付けて行きなされ」
   「わい、京橋銀座の福島屋というお店(たな)の小僧で三太と言います、また日を改めてお礼に来ます」
   「おや、あの亥之吉さんのところの小僧さんか」
   「亥之吉をご存知だしたか」
   「知っていますぜ、何時ぞや肥桶を担ぐ天秤棒の古いのをわけてくれと言って来ましたよ」
   「ははは、間違いなくうちの旦那だす」
   「何も古いのでなくて、新品を誂えてはどうですかと言ったところ、汗と肥やしが染み付いたのやないとあかんと仰いました」
 話していて、男は気が付いた。
   「おや、小僧さんも小さい天秤棒を持って居なさるな」
   「これ、自分の身を護るための武具だす」
   「ああ、そうですか、それで手に馴染むのが良かった訳ですね」
   「そうらしいだす、わいのは、新品で誂えたものだすけど」
   「亥之吉旦那さんに、農家の久作がその節は高い値段で古い天秤棒を買っていただき、お礼を言っていたと宜しく伝えてください」
   「へえ、わかりました」

 三太は店には帰らず、そのまま山へ向かった。コン吉の死骸を山に葬り、店に戻って来たのは暮れ六つ刻(午後五時過ぎ)であった。
   「旦那様、三太ただ今戻りました」
   「ただ今戻りましたやないで、お前なァ、今、何刻(どき)やと思うているのや」
   「多分、六つだす」
   「朝の御膳が済んだとたんに出て行ったかと思うたら、昼刻にも帰らず、一日中どこをほっつき歩いとったのや」
   「えらいすんまへん、友達が殺されたので、山へ葬りに行っていました」
   「友達って誰や?」
   「へえ、コン吉だす」
   「それ何処かの小僧さんか? それとも山に放したコン太のことか?」
   「いいえ、別の狐だす」
   「アホ、この忙しい時に、別の狐の為に一日も費やしていたのか」
   「えらいすんまへん、そやかて命がけで、わいに会いに来てくれた友達だす」
 言い訳をしていて、次第に悲しくなって来た。江戸へ出てくるとき、兄の定吉が命を絶たれた大坂千日の刑場で三太は長い時間大泣きをして、もう泣かないと兄の霊に誓ったのに、今日はコン太とコン吉のために二度も泣いてしまった。旦那様に叱られたことより、泣いた自分が情けなくて悔しかった。
 
 店の奥から、亥之吉の女房お絹が出てきた。
   「三太、何をそんなに叱られていますのや、お前が泣いているなんて、わては初めて見ましたえ」
   「ほんまや、三太も泣くことがあるのかいな」
 自分がきつく叱っておいて、他人ごとのように言っていると、お絹は呆れている。
   「あんさんは何をそんなに怒っていますのや」
   「お前、気が付かなかったのか? 三太は今日一日中、店の仕事を怠けておりましたのや」
   「三太は怠けたりする子やあらしまへん、あんさんが一番よく知っていなさるやろ」
   「それが、狐が殺された言うて、遠い山まで埋めに行っていたそうや」
   「あのコン太が死んだのか?」
   「別の狐やそうな」
   「アホ、三太お前は狐か、コン太ならまだしも、別の狐のために山へ行っていたのか?」
   「二年前に友達になった、コン吉という狐だす」
   「ほんなら、今朝目明しの親分さんが、斬られたと言うてたのは狐のことか?」
   「そうだす」
   「けったいな親分さんやなぁ」

 三太は、急に突拍子もない声を張り上げた。
   「忘れるとこやった、農家の久作おじさんが、旦那様によろしくと言うていはりました」
   「何やいな、今泣いた烏が、もう笑うている」
   「照れ笑いだす」

  第十三回 さよなら友達よ(終) -次回に続く- (原稿用紙11枚)
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