えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

:朝のスケッチ

2017年11月11日 | コラム
 人が線路に立ち入ったとホームに放送が流れていた。七時七分と電光掲示板には表示されている。時計は七時半を指していた。ホームには別の路線の列車を待つ列が幅いっぱいに広がり、昔に比べると動きの良くなった電車がホームの端のほうで人を降ろしていた。窓から中をうかがうとまだ吊革には余裕がありそうなので、尻に押し出されてホームから落ちそうになりながら電車に乗った。人と人との間に身体を滑り込ませて舟をこぐ女の前に立つ。本が読めるほどの混み具合ならば、まだ堪えられた。

 そう長くは続かない混雑とは思いながらも、女が席を立つ可能性を時々目を覚まして窓の外を眺める様子を観察しながら考えていた。駅を過ぎるにつれて人が詰め込まれる数駅の間、また背中を海老ぞりにして本のページを痛める羽目になりそうだ。とうとう入り口で駅員が人の背中を押し始めた。「降ります、降ろしてください」と、一刻を争う背広の間から必死で逆らう声がした。

 船をこぐ女は眠り続けていた。白髪交じりの硬そうな髪を頭頂近くでレースの縁取りをされたシュシュで結わえている。頭が前後に揺れ、たまに駅の名前を読み取るために窓へ顔を近づけるかと思えばまた目を閉じて、左隣の黒い背広の男へもたれかかる具合に重く頭を垂れていた。思わせぶりな彼女に一喜一憂するのもばかばかしくなり、ターミナル駅に着いた頃合いを見計らって流れに身を任せて電車を脱出した。昨日から今朝にかけて一気に寒くなったせいか、外に出ると喉が痛かった。ドアを閉じた電車を振り返ると女は、頭を窓にぶつけるように首をのけぞらせ、ぽかんと開いた唇が突き出していた。
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