えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・『Another』雑感

2020年09月19日 | コラム
 アニメ化、続編、スピンオフと幅広く世界を広げる綾辻行人の『Another』の薄暗がりは夜見山市の人形ギャラリー館「夜見のたそがれの、うつろなる青き瞳の。」の地下二階へとその落ち着き先を見出してとどまる。二〇〇九年に角川書房から発売された673ページもの大著は、怪奇談であり謎解きを含めたミステリーであり、子供たちのひと夏の物語の三層、細かな発見を含めれば何重にも重ねられた層の上で物語られてゆく。

『Another』の時代背景は一九九八年と携帯電話の普及の直前であり、無論パソコンやインターネット回線と子供たちは縁が薄い。それは町全体をある「現象」に閉じこめるための思い切った手段であり、逆に「現象」が町に留まるために必要な時代の流れである。その現象は物語の二十六年前に死んだ一人の中学三年生の生徒にまつわる弔いともいえない奇妙な儀式をきっかけに始まり、それ以来夜見山市の通称夜見北中学校では何年かに一度、三年三組に関係する生徒や保護者や教師たちのうち、毎月一人が死ぬという「現象」が起きることとなった。

 それなりに短くはない期間を開けて一年にそのクラスの関係者が十二人も死ぬという「現象」を回避するため、大人たちは様々な対策を講じた。対策の中で唯一有効とされたものが、クラスの生徒一人を「いないもの」として扱い、一年間その生徒を三年三組の生徒と教師は無視し続けて学校における存在を消すことだった。運悪く三年三組に転校した主人公の少年はそんなしきたりを知らず、「いないもの」とされている生徒に話しかけてしまう。「いないもの」にされた彼女の実家が、彼女の母親の作る球体間接人形のギャラリー「夜見のたそがれの、うつろなる青き瞳の。」だった。

 人形館そのものは天野可淡の球体関節人形からインスピレーションを受けて造形されたヒロインの見崎鳴のための部屋である。儚げな古木のように華奢ながら力強い瞳でこちらの思いを引きずり出す人形たちのように、見崎鳴もまた人形のようなたたずまいながらその目で主人公と共に「現象」の起こす死の謎を見通してゆく。スピンオフの作品では彼女が主人公となり、やはり「目」を利用して死にまつわる謎によりそう。

「現象」自体は作中で長文を割かれているように原因を取り除いてまったく無くすことはできない。仮に無くす手段があるとすれば夜見北中学を廃校にして二十六年前の死者とのつながりを絶つことくらいだろうが、そういう味気ない想像は一旦外しておくことが本への礼儀である。途中で唯一「現象」が起きてしまった場合の真の対抗策を主人公たちは知ることになり、そこから彼らは「犯人当て」を読者と共に進めてゆくこととなる。人形ギャラリーは最初の掴みを終えてから徐々に主人公たちから遠ざかるものの、個人的には最後まで読み続けるための歯車とばねになったその醸し出す雰囲気をゆるやかに楽しめた一書だ。
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