えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・『恐い間取り』 雑感

2020年07月04日 | コラム
『恐い間取り』が亀梨和也主演で映画化され、今年の八月に公開されるとは本が出た当時の誰もが予想していなかったと思う。けれども昨年の『恐い旅』よりも『恐い間取り』の抱える掴みがたい重さからすると、映画になるのはこちらのほうが相応しいとも思う。松竹芸能に所属する芸人の松原タニシがテレビ番組をきっかけに住むこととなった事故物件と、怪奇談を語るうちに周りに集まっていった人たちに関わりのある事故物件のハナシを彼が書いた『恐い間取り』は、数こそ『恐い旅』に劣るものの、そこに積み重ねられていった人間の濃さがページにも染み出すような居心地の悪さを覚える。

『間取りの手帳』さながらにまず物件の間取りがページの片面を占め、松原タニシが実際に住んだ物件は家賃や条件などを詳細に書き、そこが事故物件となった理由の出来事も不動産屋から開示された範囲でそっけなく紹介される。過剰な反応は一切ない。どの部屋で何が起きたかを確かめながら、物件の中を頭の中で組み立てることで勝手に物件自体の暗がりへと引き込まれてゆく。清掃されても間取りだけは変わらず、新築ではない限り、賃貸では誰かが必ず前に住んでいるという当然の事実が、『恐い間取り』では常に強調されている。前に誰かが住まなければ事故物件にならないのだ。

 事故物件を渡り歩くうちにそれが評判となり、社会勉強のためと事故物件だけを彼のために探してくれる不動産屋や、同じく事故物件に住んでいる、あるいは住んだ経験のある住人たちが集まり、徐々に事故物件に住むという行為が松原タニシのしょうばいとして固まる経緯はこの本のもう一つのテーマでもある。事故物件をきっかけに各地の怪談ライブや『おちゅーんLive!』などウェ ブコンテンツの怪談の仕事が地道に増えている様子は微笑ましい。告知義務が生じるほどの事件の細部を探ることはせず、ロフトの柵にとある目的で使用された痕跡を見つけて得心する距離の取り方が上手いのだと思う。けれども行間に現れる住まいは決して家賃の安さだけで飛びついてよいものではない気配を漂わせている。

「内見をしてみると、部屋はなかなかの汚れ具合だった。ヘビースモーカーだったのか、壁のシミが凄まじい。床は土足じゃないと歩けないほど汚れ、台所は油まみれだった。
 特に気になったのがキッチンの壁の額縁の跡だ。そこには何故か、飾られていた絵画と写真のシミがそのまま浮かび上がっていた。本来、額縁が飾られていた個所は、そこだけ汚れることはないのできれいな元の壁の色であるはずだ。しかし、壁に吊り橋や山や集合写真の様子がうっすらと浮かび上がっている。」

 この部屋を松原タニシはリフォームせず痕跡を残したまま住むことに決めた。それは怪奇現象が起きなければ飯の種がなくなるという切実な理由もあるとはいえ、限りなく廃墟に近い誰かのいなくなった部屋の痕跡に住むという彼の姿勢そのものが、いっそうの業をその間取りに与えているようでもある。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする