えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・後ろめたいお酒

2018年07月14日 | コラム
 雨が降り続いていた。七時に閉まる喫茶店を出て、来た電車に乗り一駅で降りる。せいぜい十五分かそこらで雨足は強まり、大粒の雨滴がシャツに落ちた。駅前広場のひさしから数メートルの、道路を超えて店のドアを開き滑り込んだ数十秒で肩口はすっかりと湿ってしまった。手書きの看板で「酒」と書かれた看板が内側からぶら下がったドアの取っ手を引くと、ドアは外側に開いた。
 昼間は喫茶店、夜はバーになることは前々から聞かされていたものの、遠目からライトを絞った店内を見ていると店が開いているのかそうでないのかもわからない。薄暗い店内ではアン・リリーのCDが流れ、禿頭の店主が一人カウンターで池波正太郎の『侠客』文庫版を読んでいた。私の姿を認めると、店主はカウンターの向こうへ回りメニューを差し出した。看板と同じ字体の手書きだった。

 何もたべていなかったので、つまみにきゅうりを注文する。何だかんだ一人でカウンターに座って、こうした形で飲むのは初めてなので緊張していると、店主は「気を使い過ぎなんだよ」と笑った。話が途切れると窓の外から駅前を眺める。だんだんと小集団が出来て、若い男女がとりとめもなく固まっている。「学生さんだね」「毎日こうですか」「そうだよ。でもサラリーマンなら毎日飲むでしょ」「いや、それは」

 見下ろしながら話を続けていると、学生らしき男の一人が地べたに大の字で寝ころんでいた。友人らしきグループの中にいた、灰色のワンピースを着た女が彼を跨いで別のグループへ混ざりに行った。彼の顔には白い布がかけられ、黒い服を着て今は手足を揃えて棒のように倒れている。大丈夫なのだろうか、と呟くと、主人は「大丈夫でしょ、若いんだし」と一蹴した。
 二杯飲んでから店の細い階段を降り、ラーメンを食べて帰ろうと横目でそばを通り過ぎると、彼はシャッターの降りた宝くじ売り場の壁に寄りかかり、うつむいて眠っていた。
コメント
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