えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

泉鏡花「婦系図」読了

2010年01月15日 | 読書
:「婦系図」(おんなけいず) 泉鏡花 1907年 新潮文庫

なんか前も叫んだ気がしますがもう一度。

泉鏡花萌えええええ!!!

本を開いて2秒で恋に落ちます。

 『素顔に口紅で美いから、その色に紛うけれども、可愛い音は、唇が鳴るのではない。
  お蔦は、皓歯(しらは)に酸漿を含んで居る。……
  (中略)
  眉を顰めながら、その癖恍惚(うっとり)した、迫らない顔色(かおつき)で、
  今度は口ずさむと言うよりも故(わざ)と試みにククと舌の尖(さき)で音を入れる。』

酸漿を鳴らしたこともないのに、唇で押さえた赤い実を頬をわずかにすぼませて吸う
あの所作が、目の前にクク、と、キュウ、とク、とを足したかのようにすべる音と
共に立ち上がってきます。口紅の他に化粧気のない唇に溶け込んた朱色の、
肌の皓さを浮き上がらせることといったらもうもう、なのです。

「湯島の白梅」と言えば通りがよいでしょうか。元芸妓のお蔦と文学士早瀬の愛は、
田中絹代や山田五十鈴、長谷川一夫に鶴田浩二といった時代の名優たちに演じられて
今に至りました。大小を問わなければたくさんの舞台で、たくさんの役者たちが
演じてきた女であり、男です。

ただこの一行と図書館で出会った時は、彼らの演技を見ていなくてよかったと
思いました。一度だけ、田舎舞台で「湯島の白梅」を観たことがあります。幸い
女形の顔がお蔦という女へ重ね合わせて覚えていなかったので、すっきりとした
女は言葉の通りに唇で酸漿をつまみ、すらりとした肢体のまま頭へ入ってきました。

所作の一つ一つをほんとうに大切に、丁寧に描く人だと思います。
何かを思ったときにふと出る癖、例えば誰かと話していて言いよどんだ時、うつむいて
顎を人差し指と親指ではさんでこすったり、まばたきをしてから目をあけてん?と
口を引いて笑ったり、パソコンのキーを叩いては冷めた燗酒を一口、叩いては猪口を
舌につけ、と、今ここにたった三行で書いた所作を一つの流れにして、指先の曲げ方
まで逃さないようにするすると追いかけてゆきます。
ものの動きを時間とともに、人の心とあわせて捉える目の正確さこそが、ことば以前に
もっと泉鏡花のすごさ、面白さだと思うのです。

お蔦は小説400ページで、実はあまり姿を見せません。
それでも、冒頭のこの文の鮮烈さは誰にも彼女を忘れさせることはできなくなるほど、
かっちりと捉えたイメージを読者に突きつけ、頭の奥に焼きゴテでも使ったかのように
くっきりと「お蔦」。という女を焼き付ける。最後まで。それがいい。
コメント (2)
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