【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

強制配置/『ヴェネツィアと水』

2009-05-26 19:00:27 | Weblog
 医者を田舎に強制配置しよう、という運動がありますが、医者だけではなくて、靴屋・時計屋・理髪店・美容院・ケータイショップ・銀行・弁護士などの各種“サービス業”全般もそれぞれ不足している地域に“強制配置”しなくて良いんですかねえ。

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ヴェネツィアと水 ──環境と人間の歴史』ピエロ・ベヴィラックワ 著、 北村暁夫 訳、 岩波書店、2008年、3100円(税別)

 ヴェネツィアと水は切っても切れない関係にあります。ただしそれは複雑な関係です。単に水を埋め立てなどで“征服”してはいけないのです。ヴェネツィアは海洋貿易で栄えたのですから、ラグーナが埋まっては困るのです。したがって市の当局者は、数百年後をにらんだ“環境保全”をする必要がありました。本書では、確実な史料が残っている14世紀以降のヴェネツィアの水の歴史について語られます。
 イタリア本土とアドリア海の間に「ラグーナ」はあります。いくつもの川によって運ばれてきて堆積した土砂が海や季節風によって削られあるいは移動させられて作られた内海(塩水湖)です。そこに散在する島をベースとしてヴェネツィアは形成されました。つまりヴェネツィアは、川と海の異なる水のバランスの上に成立しているのです。川が運ぶ土砂のコントロール、水質の保全、外海の(特に嵐)からの防護……街を維持するために当局がするべきことはいろいろあります。さらに、自然以外の人間の営みも影響を与えます。14世紀初頭ですでに10万人、1563年には16万8000人(ヴェネツィア共和国全体で150万人)が密集して暮らす“大都市”なのです。
 水は「資源」でもありました。養魚場・製塩業・水車による製粉などが盛んに行われました。その結果、水流の妨害や水質汚染が発生します。内海での漁業に関する当局の規制が本書では述べられていますが、水質や稚魚の保護のためにはずいぶん厳しい態度(密漁者には、鉄鎖につないでガレー船の漕ぎ手を2年と罰金25ドゥカート)を取っていますが、ここで紹介されている布告を読むと現在の日本の役人よりよほど生態系全体を考えた良識的で合理性にあふれる態度に見えます。
 外海の圧力から市を守るために13世紀には「砂州監督官」が選挙で任命されていました。彼らは堤防や防風林などの管理を行いました。1324年には沼沢地を監督する専門委員(河川からの淡水による被害を担当)、1399年にはラグーナの専門委員会が設定されます(ただしこちらは上手く機能しなかったようです)。15世紀には本土の領土が広がり国としての体裁が整います。1501年「水利行政局」が設置され、ラグーナと都市の関係をすべて監視することになります。4年後には「水利行政局」を強化する目的で15人の元老議員からなる「水利管理委員会」が創出されます。
 ところがこういった公的活動は、私的な生産活動などと衝突します。その調整は、けっして全体主義的なものではありませんでした。ヴェネツィアは農業ではなくて個人の商取引をベースとした国家です。したがって国家(貴族中心の共和制)は、自由所有をベースとして、公共財を市民が利用するときには契約などでその保全(運河の浚渫など)を任せようとしました。政治家の手腕の見せ所ですね。政治の世界における個人の無秩序と国家の統治のバランスは、レトリックとイメージ戦略とでホンネのところはともかくうわべは神話的にきれいなものにとまとまりました。
 森林伐採や農業の拡大、人口の増大によって、河川によって運ばれる堆積物は増大しました。これはラグーナを陸地化する直接的な脅威でした。ヴェネツィアがまず行ったのは運河の浚渫。つまりは対症療法です。もう一つは根本療法です。河川の流路変更。17世紀初めに最も重大な暴れ川であったブレンタ川の開削工事が行われ、以後200年かつての河口付近のラグーナは安定します。ところが19世紀に「ヴェネツィアの人々が水質の悪化に対して不安を感じて動揺したために──それに加えて、良識や慎重な観察よりも無能ぶりが上回っていたために」と本書では辛辣に書かれていますが、川を元に戻す工事が行われ、数十年でラグーナの陸地化が進行したため、再工事が行われてブレンタ川は再びラグーナから遠ざけられることになりました。不安は人を愚かにし、結局高くつく好例です。
 ヴェネツィアが、というか、イタリアが、フランスやオーストリアに支配されることでヴェネツィア共和国とラグーナの関係は変化し、工業化・埋め立て・地下水のくみ上げによる地盤沈下・海面の上昇・人口の減少などでヴェネツィアを取り巻く“環境”は悪化します。それでも著者は「ヴェネツィアの歴史から学ぶべきだ」と主張します。行政と環境の環境の一つの(比較的上手くいった)モデルケースだ、と。私もその意見には賛成です。



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