【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

移動

2011-11-06 17:36:23 | Weblog

 一箇所に落ち着けない人がいます。昨日読んだ本の主人公ピュリツァーがそうですが、以前読んだアンデルセンもヨーロッパを転々とし続けました。そして今日の本のジュリアン・アサンジもまたそうです。人を「肉食系/草食系」と分類するのが日本では流行っているそうですが、「定住型/移動(放浪)型」の分類も使えば、その人の性格についてわかりやすくなるかもしれません。たとえば同じ肉食でも「鯛型」と「マグロ型」とか。……かえってわかりにくくなった?

【ただいま読書中】『ウィキリークス アサンジの戦争』デヴィッド・リー&ルーク・ハーディング(「ガーディアン」特命取材チーム) 著、 月沢季歌子・島田楓子 訳、 講談社、2011年、1800円(税別)

 2009年イラクの前線基地で機密情報を扱う技術兵マニングは、レディーガガのCDを聞きながらとんでもない国家機密を見つけてしまいます。軍人に対する尊敬と愛国心を持ちながらも、政府に対しては批判的だったマニングに、この情報の山は悩ましい存在でした。なにが「正しい行動」なのか、そしてどう行動すればいいのか。マニングはジュリアン・アサンジに連絡を取ります。大量の機密情報をアサンジに渡した後、アメリカのハッカーにうっかりそれをしゃべってしまい、マニングは逮捕・監禁をされます。
 アサンジに連絡を取りたかったのは「ガーディアン」も同様でした。大手メディアとしても機密情報の山を見逃すわけにはいかなかったのです。さらにアサンジが受けるであろう「攻撃」(肉体的な暴力、法的な攻撃、技術的な攻撃、宣伝攻撃)から身を守る援助をしたい、という希望もありました。しかしネット(の一部)では、傲慢で二枚舌の大手メディアは「ジャーナリズム」ではなくて「チャーナリズム」と揶揄されていました(日本での「マスゴミ」と同じでしょうね)。接近には細心の注意が払われました。さらに、ガーディアン単独の協力だとこんどはガーディアンがイギリスの法律のターゲットとされる可能性があります(イギリスはある意味「メディアに対して世界一敵意に満ちた法律を有する国家」だそうです。そもそも「言論の自由に対する保護」が法的に存在しないのです)。6時間の話し合いの結果、大手メディアとウィキリークスのパートナーシップが生まれます。魅力的な、しかし危険な関係でした。アサンジは“扱いにくい”人物だったのです。
 ガーディアン紙の作戦会議室は、情報の津波に溺れそうになります。最初は暗号化された情報が復元できず、できたら今度は量が多すぎて社のパソコンやエクセル(初期バージョンだったそうです)では処理しきれず、さらに軍事用語(略語)が多すぎて意味がわからないのです。一番最初のアフガン関係のデータだけでエクセルがパンクする(6万行で読み込みを停止してしまう)シーンでは笑ってしまいます。それでも社内にいる“専門家”を動員して高速データベースが構築され、やっと情報の“評価”が可能になってきます。そこには恐るべき戦争の現実と、米軍や政府が述べていたことが欺瞞であることの証拠が並んでいました。
 公表には、アメリカのニューヨークタイムズ紙とドイツの週刊誌デア・シュピーゲルも参加しますが、こんど困ったのは「どこまで公表するか」です。アサンジは「すべて」とシンプルですが、情報提供者の名前リストを公表したら、彼らの生命が危険になります。厳しい議論が続きますが、結局「大量の名前を編集するソフト」が開発されます。実際には“報復殺人”は行なわれなかったようですが、これは最初から情報提供者の存在がばれていたからかもしれません。もっともアメリカ軍部は「アサンジ(と、彼と組んだメディア)の手は、血に汚れているかもしれない」と主張しましたが。でも著者は明快に言います。実際に手が民間人の血で汚れているのは、誰?
 アフガンとイラクだけでも世界は衝撃を受けます。そしてアサンジからの「第三のプレゼント」、大量(25万件以上)の公電です。しかし、この時アサンジが使ったパスワードは56文字です。一応有意味文字列ですけどね。ガーディアンではこの宝の山を慎重に調査します。すべてが丸々真実とは限りません。書いた人間の思惑も重要です。しかしそういったことを割り引いても、“裏側”から見た“世界”の姿は新鮮なものでした。
 そのとき、ジュリアン・アサンジはスウェーデンで逮捕されます。強姦容疑で。ただしこれは当初アサンジが主張したような「CIAの陰謀」ではない様子です。単に思いやりのない相手が望まないセックスを(それも次々)やった男に対して、スウェーデンの自立した女性たちが怒った、というのがことの真相でしょう。
 公電の公開でも一時話は潰れかけます。“直球勝負”のアサンジに対して“大人の対応”をする記者たち。さらにスペインのエル・バイス紙とフランスのル・モンド紙も陣営に加わり、てんやわんやの様相となります。25万件の公電を無秩序に公開するわけにはいきませんから、当然“編集”が必要なのです。それも人力で。しかし、世界同時公開の前日、情報が“リーク”してしまい、ネットを通じて拡散してしまいます。もうわやです。さらに、ウィキリークスのサーバーに対するサイバー攻撃、クレジットカードの停止、非難や訴訟などがアサンジに襲いかかります。
 この「リーク」が世界にどのような影響を与えたかは、これからおいおいわかってくることでしょう。ただ、情報公開から一箇月後に起きたチュニジアの政変、これはウィキリークスの影響のようだと言ってよさそうです。世界は確実に変っていきます。アサンジが望んでいた方向かどうかはわかりませんが。