消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(132) 新しい金融秩序への期待(132) 大きな国家(1)

2009-04-14 07:06:03 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 吹き飛んでしまった小さな国家


 はじめに


 アレキサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton)(1)によって創刊され,、一度はメディア王、ルパード・マードック(Keith Rupert Murdoch)(2)によって支配されたこともある『ニューヨーク・ポスト』(New York Post)という老舗の新聞(3)によれば、ブルームバーグ(Michael Rubens Bloomberg)・ニューヨーク市長(4)が、「米国債を買うものが出てくるだろうか?」と同月一一日にジョージタウン大学(Georgetown University)で語った(5)。

 事実、二〇〇八年九月一三日、米政府が政府支援企業(GSE)(6)である連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ、Fannie Mae)(7)と連邦住宅金融抵当金庫(フレディマック、Freddie Mac)(8)への支援策を発表したことを受け、翌日の米国債の債務の保証料が上昇した。米国債の期間五年のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS=Credit Default Swap)のプレミアムが、九月一一日の一六・五ベーシスポイント(bp)から一四日には約一七bpに上昇した(9)。

 フレディマックとファニーメイの総資産を合計すると七〇〇兆円もある(五〇〇兆円は金融派生商品、二〇〇兆円は社債)。米国のGDP約一五〇〇兆円の約半分程度の規模もある。両社あわせた七〇〇兆円のうち、仮にその二割が焦げ付けば、一四〇兆円もの救済資金が必要となる。これほどの巨額の資金、いかに議会で承認されたとはいえ、おいそれと出せる金額ではない(http://allabout.co.jp/undefined/tcm-foreignstock/rss/index.xml)。国債のプレミアムが跳ね上がったのも当然である。

 米国債は、これまではリスクのないもの(リスク・フリー)と受け取られていた。プレミアムも、二〇〇七年には、なきに等しい二bp以下であった。しかし、連邦準備理事会(Board of Governors of Federal Reserve System=FRB)が二〇〇八年三月一四日に投資銀行のベアスターンズ(Bear Stearns)に公的資金を注ぎ込んで救済すると発表したとたんに、米国債のプレミアムは約一二bp台に跳ね上がった(ロイター、二〇〇八年九月一四日)。政府が大恐慌以後、初めて商業銀行ではない投資銀行(証券会社)に公的資金を注ぎ込んだのである。それは、CDS市場の衝撃の大きさを物語るものであった(10)。

 そして、保険会社、AIG(American International Group)に対する空前の巨額の公的資金投入が決定された。一九九七~九八年のアジア通貨危機のさい、米政府は、資金不足の企業を救済しようとしているとしてアジア各国政府を非難した。だが、米政府は二〇〇八年九月、金融危機で経営破綻した自国の企業に対し救済措置をとった。FRBは、二〇〇八年九月一六日、資金繰りが悪化しているAIGの破綻を回避するため、同社の株式約八〇%を担保に八五〇億ドル(約九兆円)のつなぎ融資に応じると発表。同日の世界の株式市場は急落した。

 アジア通貨危機のさいには、国際通貨基金(IMF=International Monetary Fund)も、アジア各国の政府に対し経営不振企業を見殺しにするように指示した。九月一八日付の『ニューヨーク・タイムズ』(New York Times)は、アジア通貨危機当時、韓国に二〇〇億ドルを融資する条件として経営不振の銀行や企業を救済せず、そのまま破綻させるようIMFが指示したという話を伝えている(http://www.afpbb.com/article/economy/2519830/3360418)。

 そして、二〇〇八年九月一九日の一〇年物国債のCDSプレミアムは、二七・九BP、五年物は二二・五bpにまで上昇してしまった(ロイター、九月一九日)。
 ちなみに、ドイツ国債のプレミアムは一三bp、フランスは二〇bpであった(http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2008/09/18/ccambrose118.xml)。米国債が非常に危険なものと世界の金融界が意識しだしたのである。

 ブルームバーグが危惧するように、金融恐慌を避けるべく公的資金を米国政府が投入しようにも、肝心の資金が調達できなくなる危険性がきわめて高いのである。世界恐慌の不気味な地鳴りが聞こえてくる。


 一 九月一五日前後の大混乱


 米当局による金融市場安定化策などの施策は、米国の財政状況の大幅な悪化につながる。J・P・モルガンでは、二〇〇九年度の米国の財政赤字について、二〇〇八年度の四〇〇〇億ドルから六五〇〇億ドルに拡大すると予想した。しかし、この予測は、二〇〇八年九月に発表された安定化策に伴う財政負担を考慮に入れていなかった。財政赤字はさらに大幅に拡大してしまった(http://jp.reuters.com/article/forexNews/idJPnTK018805020080922)。米財政赤字の累積は二〇〇八年の一〇兆六〇〇〇億ドルから二〇〇九年には一一兆三〇〇〇億ドルに増えた。

 金融機関への支援だけではない。米財務省は二〇〇八年九月一九日、金融市場の混乱で清算などが相次いでいるマネーマーケットファンド(Money Market Fund=MMF)(11)について、払い戻しを保証する臨時の保険制度を導入すると発表した。期間は二〇〇九年まで。同制度の適用を受けるには、ファンドが手数料を支払う必要がある(http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/)。

 米国では、リーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)(12)破綻の影響で一部のMMFが額面割れとなり、短期金融市場が機能不全に陥った。MMFの市場規模は三兆五〇〇〇億ドル。MMFは金融機関や企業の発行する短期証券に多額の投資をおこなっていたのである。

 米国有数の歴史をもつMMFのリザーブ・プライマリー・ファンド(Reserve Primary Fund)は、二〇〇八年九月一六日、リーマンが発行していた証券への投資で多額の損失を出し、額面割れとなった。MMFは安全な投資先とされていただけに、同ファンドの額面割れを受け、MMFから大量の資金が流出。MMF運用会社は、解約に備えるため、証券の購入を減らし、手元現金を増やさざるを得ない状況となった。
 米国政府の対策には、金融機関からの不良資産買い取りに七〇〇〇億ドル、MMFの保護に五〇〇億ドルを投じることが盛り込まれていた(http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-33871920080922)。

 金融機関の救済をしないでも、米国の財政の累積赤字は一一兆三〇〇〇億ドルあった。米国のGDPが一五兆ドルと推定されるから、対GDP比で七五%。日本の累積赤字は建設国債を含めて八〇〇兆円とすると、対GDP比は一四五%。日米比較でいえば、まだ米国のほうが健全なように見えるが、そうではない。国民の金融資産比でみると事態は異なる。日本の一五〇〇兆円の金融資産から見れば、日本政府の抱える累積債務は国民の資産の五三%。反対に米国は、消費優先、クレジットカードで借金している社会だから、担保がない。米国債は販売の二五%以上を海外投資家に依存せざるを得ないのである( http://jp.reuters.com/article/forexNews/idJPnTK018805020080922)。