消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(130) 新しい金融秩序への期待(130) 金融危機の12段階(2)

2009-04-11 07:10:33 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 第九段階、「闇でうごめく銀行システム」(3)が崩壊する局面。米国の現段階がこの局面である。闇でうごめく金融機関とは、すべてを秘密にし、活動内容を表に出さない金融機関である。誰から出資を募り、どのような手口で儲け、どのような利益分配をしているかを絶えず隠す組織、つまり、闇の組織である。金融が自由化される以前には、銀行は、大衆から小口預金を預かり、それを企業に融資して、わずかばかりの利子差を収入源にするという、旧い型の商業銀行であった。

  この種の商業銀行とは、預金者が誰であり、どこに融資し、どのような利益分配をしているのかをすべて明らかにするものであった。データが公開されるという意味で、それは「パブリック」(public)なものだったのである。もしも、銀行が倒産の危機に瀕すれば、当局からの救済を銀行は期待できた。救済されるという保証を得るために、銀行はすべての活動を表に出していた。そして、当局の監督に服していたのである。つまり、商業銀行は、影のない世界だったのである。

 これに対して、闇(影)の金融機関は、活動の自由を得るべく、金融監督当局の監視を嫌う。経営危機に瀕しても当局の庇護を受けないという約束事で、闇の金融機関は、活動内容を極力秘密にする。これが、「プライベート」(private)である。このプライベート組織(投資銀行など)が破綻した。しかも、約束違反を冒して、当局による救済を求めた。救済資金を出す代わりに監督を開始するという意図をもつ当局と、救済はして欲しいが当局による介入はいやだという闇も組織とのせめぎ合いが〇八年の米国の金融状況であった。

 金は闇の金融機関に集中するようになった(Krugman[20080914])。つまり、金は非預金組織(nondepository  institution)に集まった。こうした闇の金融組織の方が、金融を容易にし、リスクをより効率的に回避できると見なされていた。しかし、真のリスクは隠され続けてきたのである。

 FRBと財務省は、足並みをそろえて、危機に陥っている組織を救済しようとしている。膨大な公的救済資金が注がれた。ファニーメイやフレデリックマックの救済は、米国の財政破綻を招くことになるであろう。救済資金は、空しく浪費されてしまう可能性がある。必要なことは、いかに、新しいルールを早急に作るかにある。それなくして、公的な資金を垂れ流しても意味がないであろうとクルーグマンは述べている(Krugman[20080914])。

 そもそも、短期の流動性を借りて、それをより長期の資産に転換するが、その資産はさらに流動化の度合いを深めるというのが、闇の組織の悪しき特徴であった(Roubini[20080228])。しかも、デリバティブを多用すれば、商業銀行の貸し付けに対して設定される自己資本比率の規制を迂回することができる。

 この組織が輩出するようになってまだ一〇年そこそこしか経っていない(Tett & Davies[20071216])。彼らの手法は、ほとんど外部の人間には知られていなかった。SIVsにしても、CDOsという用語にしても、一般に知られるようになったのは、サブプライム・ローン問題が表面化した二〇〇七年夏以降のことでしかなかった。彼らは非預金組織なので、本来は、中央銀行からの資金援助など望むことができないものだったはずである。

 第一〇段階はニューヨーク株式が大暴落する局面。そして、世界の株式市場の大混乱。モノラインの行き詰まりが引き起こす金融市場のパニック。世界は、この段階に入りつつある。

 第一一段階は金融市場から流動性が枯渇する局面。中央銀行による大量の短期資金散布もほとんど効果がないことが知られるようになる。

 第一二段階は恐慌の発現。損失の連鎖、資本の毀損、極度の信用収縮、強制的な企業整理、資産の投げ売り、等々が連鎖する。そして、世界恐慌の発現。ゴールドマン・サックスの試算によれば、金融機関の二〇〇〇億ドルの損失は、二兆ドルの信用収縮をもたらす。自己資本の一〇倍の貸出を金融機関がしているからである。

 こうした悲劇を阻止するには、政府の適切な機動性ある政策が不可欠であるが、現在の政府にそうした能力があるとは思われない。社会は最悪の事態の到来を覚悟しておくべきであるというのが、一二段階を想定したルービニの結論であった(Roubini[20080205])。


 三 「緊急経済安定化法」(EESA)が生むハイパーインフレーション

 大統領府の経済救済措置は、多くの問題点を抱えている。七〇〇〇億ドルの資金量で金融機関の不良債権を購入する権限を財務長官に付与したEESAは、多くの修正を加えられた。まず、最初に下院に提案された法案は、ブッシュ大統領とポールソン財務長官の連名によるものであった。〇八年九月に作成された最初の案は、わずか三ページの短さであった。これが、下院に提出されたときには様々の修正を加えられて一一〇ページにまで増やされた。しかし、〇八年九月二九日、下院で否決された(賛成二〇五票、反対二二八票)。今度は上院に提出するてめに、法案は、さらに預金保護や一五〇〇億ドルの予備費を加えた修正によって、四五一ページの大部のものになった。〇八年一〇月一日、賛成七四票、反対二五票で可決された。そして、同月三日、下院を通過したのである。この程度の救済策では、事態深刻さを打開できないとルービニは批判した("Nouriel Roubini: History shows the bail-out won't solve the banking crisis," Guardian, Oct. 2, 2008)。

 流動性を失った不良債権のモーゲージ証券(MBS=Mortgage Backed Security)を財務省が買い上げると言っても、実際の適正価格の算定は非常に難しい。適正な価格で購入した証券を適正価格で転売することは、値動きが激しい不良債権に関するかぎり、至難の技である。たとえば、メリルリンチは、突然に、自己の保有する二〇〇八年第二・四半期のMBS価格を二二%にまで下げた(Keon[20080729]).。下落幅を大きくする一方の不良債権を公的資金で安定化させることは現実的には不可能に近いのである。

 効果のほどが疑われるにしても、七〇〇〇億ドルは巨額である。米国の人口は三億五〇〇万人である。したがって、一人当たり二二九五ドルの負担となる。働いている人口は一億五一〇〇万人である。働き手一人について、四六三五ドルである。

 七〇〇〇億ドがいかに法外な大きさであるかは、国家予算との比較でも分かる。〇八年度の連邦政府予算は二兆九〇〇〇億ドルである。EESA予算はその二四%である。合計、三兆六〇〇〇億ドルは〇九年度予算規模、三兆一〇〇〇億ドルを大きく上回る。大統領府が金融機関救済のために用意する資金の総額は一兆ドルを超える。米国のGDPは一四兆円である(Reddy[20080928])。

 しかし、これだけの巨額の資金が散布されてしまえば、ハーパー・インフレーションを生み出す不安感が日々強くなっている。それは、ドル崩壊をもたらしかねない(Hudson[20080926])。