消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

まる見えの手 13 米国大手医療保険会社が日本で病院経営に乗りだす(3)

2006-10-10 00:43:40 | 時事
保険会社の社員が医師に指図する

 医師は、医療の知識から治療内容を選ぼうとする。しかし、自分が選択した治療内容が、保険会社から認められたものであるか否かの知識を併せもっていないことの方が多い。建前的には、保険会社が医師に選択すべき治療内容を指令しているのではない。

 
医師は自らの意志で治療内容を決定できる。しかし、保険会社が認めていない治療内容を医師が選択すれば、その治療には保険が支払われないのだから、医療機関が医療費を保険会社に対して請求できないことになる。
どの治療が保険の対象になるのか、どれが対象外であるかのアドバイスをする人が必要になる。そうした人が、「病例管理者」として保険会社から治療現場に派遣され、彼らが警官よろしく、医師の治療内容を監視する。

 病例管理者は、患者をも管理する。患者が医師の処方通りに行動しなければ、結果的に回復が遅れ、その分、治療費がかさみ、保険による支払いも増え、保険会社の大きな負担になるからである。患者のなかには、必ず、要注意人物がいる。短期間で病気を治す意志をもたず、生活態度に問題のある患者などがそれである。そうした人を保険会社から派遣された病例管理者があれこれと面倒をみるのである。入院の是非の判断、入院日数の短縮などもこの管理者の仕事である。したがって、管理者は、医師と患者との間をいききする。

 こうして、医師も患者も保険会社から監視される。態度の悪い患者は保険契約から外される。というよりも、保険料金の支払いがかさむ患者はリストアップされ、保険会社と契約できなくなる。こうして、管理医療制度の下では、保険会社の思惑一つで大量の無保険者が生みだされる。

 営利会社が病院を経営するのだから、採算の悪い部門は切り捨てられる。医学に素人の病院経営者が勝手に人員削減に走る。これで医療現場が混乱しても、自分の営業成績がよくなれば特別ボーナスを保険会社からもらえる。こうした場合、まず現場が崩壊する。  病院の食堂も、患者本位ではなく、利益本位になる。まず外部の大手外食チェーンが食堂に入りこむことになるだろう。病院が外部から物品を安く購入し、それを入院患者に高く売ることも考えられる。入院している患者には価格の適正さなど知る由もないからである。

 しかし、最大の問題は、治療が長引き、したがって、保険料金が際限なく大きくなる重病患者に対して、保険会社が一方的に保険契約を打ち切るといった問題も発生し得るということである。打ち切りの理由はいくらでもつけられる。 「医学的必要性を認められない」という理由で十分である。そして、患者が死ぬ。

 気力と資金力のある人なら、打ち切り措置は不当だとして裁判所に訴えることはできるだろう。しかし、それには気の遠くなるような時間と資金と訴えの正当性を証明する資料作りなどの膨大な労力がいる。多くの人はそうしたことに気後れして泣き寝入りしてしまうであろう。

 担当医が毅然とした態度を示してくれるとまだ救いがあるが、おそらくは、保険会社の従業員に成り下がった医師には雇い主の企業に反抗する気力はなくなっってしまっているであろう。もっとも恐ろしい事態がこれである。