消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

まる見えの手 09 政治力を梃子とした米大手保険会社(2)

2006-10-05 00:20:36 | 時事

 1998年3月から、日本は「セキュリタイゼーション」を積極的に進める方針であると宮澤は述べた。セキュリタイゼーションとは、銀行がもっている不良債権を証券化して投資家に買ってもらうことである。そうすることで銀行の重荷は軽くなる。日本には、こうした市場がまだ発達していない。この面では、米国の投資銀行に期待したい。

 1998年6月に大蔵省から独立した金融監督庁を新設して、金融機関の透明性を高めることも語られた。これまでは、行政機関と金融機関とが癒着していた。行政による過剰介入があった。そして、解決されなければならない問題を先送りしてしまった。この弊害は早期に改められなければならないとしたのである。

 消費者主権」という言葉も出された。消費者が主人でなければならない。

  貯蓄や投資に関して数多くの選択肢が与えられなければならない。選択肢を与えるのが、日本の金融機関であろうと、外国のものであろうとどちらでもよい。日本の消費者の利益になればそれでよいのであると宮澤は発言した。 官に頼ってはならない。頼れば必ず規制が伴う。日本が採用しなければならない最重要なことは、「ディスクロージャー」と「トランスバランシー」である。前者は「透明性」、後者は「官から民へ」を意味する。

 「日米安保宣言」の重要性にも宮澤は触れた。それが、アジアの平和を維持するからであると。しかし、中露の接近という政治状況に、日本も参加すると明言することによって、中露敵視姿勢をもつ米国を牽制することも忘れてはいなかった。この点において、宮澤と、後の小泉内閣との格差は歴然としたものであった。

 この宮澤講演に対して、銀行救済の緊急措置のために時間をくれという宮澤の発言を徹底的に無視し、金融改革の約束は守れと迫った。さらに、アジア通貨危機の責任は日本の円安政策にあると検討違いのことをまくし立てた。

 グリーンバーグは、日本が輸出依存型経済から脱却すべきであることをもっとも強く主張した。日本がこのまま輸出依存型経済を続けるのなら、米国は、それに対抗して保護主義に傾くであろうとの脅迫的な言辞を弄した。米国を成長のエンジンとするのではなく、日本が成長のエンジンになるべきである。つまり、日本が世界の輸出を吸収すべきであるとした。

 そして、無茶苦茶な議論を吹きかけた。 「1995年には1米ドルにつき約90円だったドル/円レートが1997年には約130円に下落したことがアジアの金融危機を引き起こす火種になったのであり、これについて言及いたします」。 中国元は1994年に対ドルレートを切り下げた。しかし、当時の人民元は兌換性はなく、アジア各国も人民元にリンクしていたわけではなかった。アジアはドルにリンクしていた。そこに日本の大幅な円安があり、これがアジア各国を直撃したというのである。つまり、アジアの通貨危機は日本の円安が引き金になったというのである。

 実際には、1995年の円高が異常なことだったのである。これは投機以外のなにものでもなかった。この異常事を正常な基準として捉える強引さ、そして、アジア通貨危機に直撃されて日本円が売られるようになったのである。こうした異常事態を無視し、グリーンバーグは、論理の方向を反対に設定した。アジア通貨危機の結果、円安が進行したのに、円安の進行がアジア通貨危機の原因だというのである。 

東南アジアの輸出の30%は日本向けである。これを日本が吸収しなくなれば、そうした輸出は米国に向かうであろう。そんなことになれば、米国は歴史的な貿易赤字に苦しむことになる。そうならないためにも、日本は円レートを対ドル100円程度にまでもっていくべきである。日本は輸入大国になるべきである。消費税も法人税も大幅に減税すべきである。18%という高貯蓄率も、もっと消費を高めて引き下げられるべきである。そうでなくては、米国で台頭しつつある保護主義が米国を支配することになってしまうであろう。それも短期間で台頭してしまうであろう。そうならないためにも、日本は内需拡大路線を早期に確立すべきである。

 さて肝心の銀行システムの改革については、すぐに荒療治をやれと迫ったのである。

 「われわれとしましては、何年にもまたがるのではなく、米国で大きな成功をおさめましたパターンを真似て進めるように望むものです」。


 つまり、不良債権の早期処分を急げというのである。弱い銀行は一挙に清算してしまえ、整理信託公社を創設し、そこに銀行整理の権限をもたせるべきだというのである。

 そして、過去、日米間で交わした協定を遵守せよと迫る。

 「規制撤廃と市場アクセスは不可欠な問題です。米日両国間で議題上がった問題は、長年日本と取引を交わしてきている私が記憶する限りでも多岐にわたっています。最終的に合意に達した通商協定は、交渉されたままの形で承認され実施されるべきです。問題が起こるたびに協定の再交渉をすべきものではありません。協定を交わした限り、それに従うべきです。これもまた現在進行形の問題です。日本の官僚制度は、この国で取引する米国や他の外国企業にとって難題でした。 以上述べたようなことが当面の問題です。それらは東南アジアの危機によっていっそう高まりました。また落日を続ける日本の経済ゆえに高まったものでもあるのです。ここでマクロ経済政策に転換があれば日本は一助を果たすことになり、アジアも安定化され、われわれもまた深いな問題の進行をくい止めることができるでしょう」。


 銀行システムが機能麻痺に陥っているので、緊急対策を講じる時間的余裕が欲しいといっている宮澤に対して、約束を即刻履行しろと迫っているのがグリーンバーグ発言である。そして、悪名高いIMFの指令を反省することもなく、グリーンバーグは日本はIMFを全面的に支持せよと迫ったのである。

 読者諸氏はこの発言を「そうだそうだ」と頷いて受け止められるだろうか。私など、「なんと失礼なことをいけしゃーしゃーというものなのか」と怒りを覚えてしまう。これでは、宗主国が植民地に、暴君が忠実な家臣に命令しているようなものである。逆に日本側が米国にこの種の発言をしたことを想像してみよ。米国の政財界人がどれだけ怒り狂うであろうか。このような失礼な物のいい方に対して、いつの間に日本人は怒らなくなってしまったのだろう。

「お前の経済政策は根本的に間違っていて、アジア諸国が迷惑している、官僚制度を含めて経済体質を抜本的に改めよ」と一介の財界人が外国の元首相に命令しているのである。
 AIGの会長は米国を代表しているという自負がグリーンバーグにはあったのであろう。

事実、AIGは米国を代表しているとみなしてもよい。 2003年6月23日、AIGの渉外担当副理事長のフランク・ウィズナーが、「米外交問題評議会」(CFR)の編集者、バーナード・ガーズマンのインタビューに答えた内容は米国国家そのものの発言であった。

 フランク・ウィズナーは、米外交問題評議会と「アジア・ソサエティー」の「インド・南アジア問題共同タスクフォース」共同議長であった。インタビューで、ウィズナーは、アフガニスタンでの国家再建の試みが失敗すれば、「困難な時代における平和維持の請負人としての米国の信用が損なわれ、対テロ戦争の連帯を築くわれわれの能力も損なわれる。安定化のための勢力としての行動能力も、状況への懸念を共有する諸国の連帯をとりまとめる能力も、損なわれてしまう」と語った。

 それこそ、一介の企業経営の一員が、米国の戦略の責任者として発言しているのである。

 そのタスクフォースは、『アフガニスタン・レポート』を発表した。そこでは、米国は、ハミッド・カルザイの暫定政府への支援を強化すべきだし、カルザイ政権の基盤を強化するのに必要な軍事、外交、経済的措置を強化すべきだと提言されている。

 米国は、是非ともカルザイ政権が憲法を制定し、2004年に選挙をおこなえるようにカルザイを支援すべきである。2003年8月から「北大西洋条約機構」(NATO)の支援も受けねばならない。米国がアフガニスタンで失敗すれば、その挫折の亡霊に取り憑かれて、イラクでの再建と撤退もままならなくなる。アフガニスタンが無秩序に陥っていけば、アフガニスタンに限らず、問題を抱えている地域での安定化をどう図るかという、大きな設問への答えがうまく出せなくなってしまう。

 米国は、人的・財的資源を増やすべきである。アフガニスタンに駐留する外国部隊である国際治安支援部隊(ISAF)の規模は非常に小さい。したがって、ISAFの規模をある程度増加させ、訓練を受けたアフガニスタン兵の数を増やし、アフガニスタン経済に血を通わせるために年間10億ドル強の援助をおこなうべきである。

 ブッシュ政権は、これまで、平和維持活動に乗り出すことに非常に消極的で、米国の軍事力を、戦争遂行のために温存したいと考えていたが、最近では、その考え方を改めている。現在、米国は、アフガニスタンに9000名規模の兵力を残留させている。われわれは、アフガニスタンをめぐってより大規模な国際的連帯を取りまとめるべきだし、活動のあり方についてもより積極的なルールを導入し、カブール以外での活動も手がけるようにすべきだ。この夏からNATOが指揮統制権をもてば、これも実現するだろう。われわれは歩を進めていくにつれて、平和維持のこれまでの定義にとらわれることなく、現地の安定のために何が必要かを着実に学びつつあると思う。

 いかなる政権であっても、複数の危機に同時に対処していくのは大変なことだ。アフガニスタン、中東和平、北朝鮮、その上にイラクと、米国のように複雑な行政構造をもつ政府にとって、現実的な選択肢が何であるか焦点を絞り込むのは並大抵のことではない。しかし、ワシントンはアフガニスタンでわれわれの重大な利益が危機にさらされていること、より多くの資源を投入する必要があることを理解しているようだ。われわれは、遅まきながら、アフガニスタンに本腰を入れてコミットしようとしていると私は考える。

 信頼に足る政治基盤をカルザイ政権が築き、軍閥勢力の力を弱める必要がある。武装解除も必要だし、法による支配が通用する地域を拡大していくべきだし、アフガン国軍の整備も急がなければならない。国際社会、とくにアフガニスタン周辺の地域国家は連帯して、カルザイ政権が成功できるように支援しなければならない。援助も必要だ。今後5年間にわたって、総額150億ドルの支援をおこなうべきだ。

 レポートでは、米国が、今後5年間にわたって毎年10億ドルを援助し、国際コミュニティーが毎年20億ドルの援助を取りまとめるように提言している。

 米国のアフガニスタン関与は長期的なものになるだろう。1990年代にアフガニスタンからわれわれが手を引いたことの帰結が、何だったかを忘れてはならない。アフガニスタンが9.11にいかに大きな役割を果たしたか、いかに麻薬取引の問題を作りだしたか、タリバーンという体制の過激化がいかに大きな問題を作りだしたかを忘れてはならない。 AIGの渉外担当副理事長がこのように米国の代表者であるかのような口ぶりで、しかも外交問題評議会の機関誌編集者に語ったのである。

 日本の財界人がこのような発言をするであろうか。米国では財界人が軍事面でもイニシアティブをとっている。それを誰も不思議には思わない。こうした国が、企業をまったく支えないなどありうるだろうか。米国こそ、官民が癒着しているのである。「日本の官僚制が癌である」などとよくもいえたものだ。