ある人が『今年は沢山の人が
亡くなる』と、新年を迎えた時に
言ってましたが、私の周りでも
そのことが起こっているようです。
死とはなんでしょう…
誰もに平等に訪れることなのに、
私は、まだまだ死なないと思って
生きています。
お寺の掲示板に書かれた
『お前も死ぬぞ』という言葉が
SNSで話題になったのは、やはり
多くの人が、死はまだ自分とは
関係ないと思っているからだと
思います。
息子が亡くなった後で読んだ
ダライ・ラマの『死の謎を解く』
には、生まれることも死ぬことも
ないと書いてありました。
この謎のような言葉が、ぼんやりと
霧の中から少しはっきりとしてきた
気がしています。
私の知り合いで、知的障がいのある
方が二人共、突然親を亡くして
いますが、その方たちは
悲しみに翻弄されることなく
穏やかな日々の中にいます。
親が亡くなったことは分かっている
はずなのに…
私は、ふと私たちは観念で、目に見えないものは、ないと思っていますが、観念のない障がいを持った
人たちは、亡くなった魂との交流が出来ているのではと、思えるの
です。
死んで持って行けるのは魂だけだと
聞きました。
息子が死んだとき、あの子は消えて
無くなる筈がないと、直感的に
思ったことも、間違えではないかも
しれないと、思えるのです。
身近に起こる突然の死を体験すると
今、生きてることが、朝目覚める
ことが、当たり前と思えなく
なります。
大切な人の死を体験すると、魂の
存在を感じ、魂の交流が始まる
気がします。
初女さんは、生きてる時より
ずっと近くに感じます。
死は終わりではなく、新たなる交流の始まりのように思える私です。
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