3月27日
先日お亡くなりになられました鎌倉市にある円覚寺松嶺院の輿俊哲 (こし しゅんてつ)老師の分骨が付知で行われたそうです。生前は何回かお会いさせていただき、大変お世話になっていましたが、今回も引き物をいただきました。その中の一つとして、老師の直筆で書かれた立派な短冊をいただきました。それには「萬世如意(ばんせいにょい)」と書いてあり、別の紙に「思うがままに生きる」とその意味も添えてありました。まさに私が思っている生き方ですが、いろいろなしがらみの中でままにならないことでもあります。この言葉と短冊は大事にしていきたいと思っています。短冊の最後には「皆さんありがとうございました」とも書いてあります。覚悟を決められての書だと思われますが、こちらこそお世話になりました。
輿俊哲老師は昭和3年、付知町に生まれ。23年より31年まで円覚寺専門道場で朝比奈宗源老師より禅の修行、35年、東洋大学文学部仏教学科卒業、36年より38年までアメリカ、ペイドル・ヒル大学へ留学、その年に円覚寺松嶺院(しょうれいいん)住職に就任されていました。
先日お亡くなりになられました鎌倉市にある円覚寺松嶺院の輿俊哲 (こし しゅんてつ)老師の分骨が付知で行われたそうです。生前は何回かお会いさせていただき、大変お世話になっていましたが、今回も引き物をいただきました。その中の一つとして、老師の直筆で書かれた立派な短冊をいただきました。それには「萬世如意(ばんせいにょい)」と書いてあり、別の紙に「思うがままに生きる」とその意味も添えてありました。まさに私が思っている生き方ですが、いろいろなしがらみの中でままにならないことでもあります。この言葉と短冊は大事にしていきたいと思っています。短冊の最後には「皆さんありがとうございました」とも書いてあります。覚悟を決められての書だと思われますが、こちらこそお世話になりました。
輿俊哲老師は昭和3年、付知町に生まれ。23年より31年まで円覚寺専門道場で朝比奈宗源老師より禅の修行、35年、東洋大学文学部仏教学科卒業、36年より38年までアメリカ、ペイドル・ヒル大学へ留学、その年に円覚寺松嶺院(しょうれいいん)住職に就任されていました。