三木市議 大西ひできの方丈記

日常生活と三木市議会議員の日常記

意味

2009年11月25日 | Weblog


      忠と恕
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こころ

2009年11月23日 | Weblog


自然に涙が出てきました。
よろしければごらんください。
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音祭り

2009年11月23日 | Weblog
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岡山県新庄村

2009年11月23日 | Weblog


日本再発見塾でお世話になりました新庄村の池田様ご夫妻です。
非常に親切に出迎えていただき、色んなお話を伺うことが出来ました。

新庄村の人口は約1000人。
明治から一度も合併をしたことがない村として頑張っていらっしゃいます。

新庄村は岡山と鳥取の県境に位置し、合併をすると中心部と周辺部では必ず
格差がおこり、住民サービスの低下につながること。
現在は、中国電力の発電所があり固定資産税が新庄村に入り村の財政を
助けていること。
云々。

様々な議論を交わされ合併せずに今を迎えているとのこと。
そして、判断が間違っていなかったことなど、村への思い等を教えていただきました。

池田様は新庄村で議長をされている方で、偶々、民泊させていただくこと
になりましたし、偶然に30年代には三木の末陰産業さんで働き三木に住んでいたことなど日本の狭さを感じました。

狭いといえば、今回の企画をお手伝いされていた東京財団の方とも名刺交換
をしてお話をさせていただくと、実は彼女は姫路の方でおばさんが、以前
別所に住まれており、何度か三木へも遊びにこられたこと。

狭いです。心のつながりを大事にしたいです。




この写真は、新庄村の町の中を流れる水路の中で小芋の皮をむくための水車
です。 生活の知恵。エコ。優れたデザイン。おしゃれ。
まちなみは、テーマパークのようなものでなく生活があり人が集っていました。




構想日本の大内女史と。
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音祭り2.MOV

2009年11月23日 | Weblog
音祭り2.MOV


三木山森林公園にて、ジャズ喫茶ベイシーさん主催で
第2回音祭りが開催されましたので少しお邪魔してきました。

三木のまちに音楽をとの情熱のもと地域の皆さんが積極的に
参加できるようにと、情熱をもって目的に向かっての活動を
されていますので、会場は多くのファンで埋め尽くされていました。

又、出演者の皆さんも非常に楽しそうに演奏されていました。

ワンシーンです。
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志道

2009年11月22日 | Weblog
子曰く、富と貴は、其れ人の欲するところなり。
其の道を以て是を得ざれば、おらざるなり。
貧と賎とは、其れ人の悪む所なり。
其の道を以て是を得ざれば、去らざるなり。

君子は仁を去りて悪くにか名を成さん。
君子は食を終うるの間も、仁に違う事無く、造次にも必ずここにおいてし、
顛ぱいにも必ずここに於いてす。

約:
財産と高い地位は万人が欲するものである。しかし、人として正しい道を
歩んだ結果でなければ、いったい何の価値があろうか。

貧乏と低い地位とは万人が嫌うものである。
しかし、それも、怠惰や下劣な人格でそうなったのでなければ、
立派な人はそれを避けない。

人の上に立つような人は、食事をとるときも仁のことを考えている。

つまり、予想しないことがおきて躓いて倒れてしまっても仁を忘れることが
無い。
是が、立派な人てある。と。

論語に書かれてあることを正にそのとおりであると感じましたので
受け売りで書きました。

皆さんも何か感じていただけました?
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原始人会

2009年11月22日 | Weblog
どぶろく特区を取得され、
加西市で活躍されている、まちおこしグループの原始人会へ

フィールドワークにいって来ました。

まちおこしをするまでの多くの失敗や苦労話を聞き

ディスカッションをしながら昼食をとり

その後は、どぶろく醸造体験をまちづくりのメンバーと体験してきました。

原始人会さんの多くの体験と人々の触れ合いを肌で感じメンバーとともに

三木の活性化につなげたいと思います。



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真実

2009年11月22日 | Weblog
以前、東京に行ったときに、お邪魔した
新宿駆け込み寺のスタッフの方で、以前は、雑誌の編集長を
されていたらしいです。

そのときのことを少しお伺いすると、
鳩山さんや菅さんにも取材されたらしいですが、

庶民派に見える菅さんよりも鳩山さんのほうがとてもフランクに
接してくれたらしいです。

彼女いわく、マスコミをとおしてみると大きくその人の人物像が変わって
しまうのでマスコミにあまり振り回されないようにしなければならない
と仰っていました。

後、駆け込みの状況や、運営の状況などいろいろお話をしながら、
駅まで送っていただきました。


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鉄人

2009年11月22日 | Weblog
以前、子どもの喜ぶ顔が見たかったのでいって来ました。

前に立つとなんだか笑みがこぼれてしまいワクワクしてしまいました。

地域の元気力でしょうか。

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チームワーク

2009年11月22日 | Weblog
今日は、福祉会館にて建築士会社支部のメンバーと
上棟体験事業をしてきました。

14名の小学生の参加者とボランティアプラザで活躍している
365の青年ボランティアグループの力もお借りして

心と心。そして体を動かして体験する場を設け皆さんの素晴らしい
笑顔をたくさん拝見することが出来ました。

皆さん今日の体験を忘れずにね~。

建築士会メンバーによるコーディネートで
初めてチームを組んだ仲間と、ものを作り上げた充実感を。



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佳希.MOV

2009年11月21日 | Weblog
佳希.MOV


以前、妻に用事が出来たので子守兼こども孝行で明石大橋の近所へ行ったときの
シーンです。

こどもが喜んでくれ楽しいひと時が送れました。
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再発見.MOV

2009年11月21日 | Weblog
再発見.MOV


14日の夜です。

村中の人総出でおもてなしをしていただきました。
訪問した人たちの顔、おもてなしをしていただいているスタッフの顔
皆さん、疲れなんかなんのその、心よりの笑顔で会場が幸福に包まれていました。
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茂木さん

2009年11月21日 | Weblog
茂木さん.MOV


14日に岡山県新庄村で日本再発見塾が1泊2日で開催されましたので
友人と参加してきました。
人口1000人の村に対し、参加者は、約125人でした。

参加者は、上下関係はなく呼びかけ人の黛まどか(俳人)さん始め茂木健一郎
さんなどがいらっしゃり、例の追徴課税の件なども笑いにしながら有意義な時間を
過ごして来ました。

そのときのシーンです。

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オニヤンマ

2009年11月17日 | Weblog
続きです。

息子の葬式のときオニヤンマが優雅に入ってきました。
私の祖父の葬式のときもオニヤンマが入ってきました。

祖父は、片足を切断しており松葉杖の生活をしていましたので
迎えに来てくれたんだと思いました。

息子のときは、まだ赤ちゃんで歩けないから来てくれたんだと
心から感謝しました。
その時は非常に優雅に部屋を何周もまわり息子を乗せてどこかへ
飛んでいきました。

後で妻と話しました。同じことを考えていました。

私たちの地域の習慣として四十九日が終わった深夜に庭に出て切った餅を
後ろ向きに屋根を越すように投げる習慣があります。

投げた瞬間、夜なのに一瞬回りが光りました。妻と顔を見合わせ子供が
無事いったことを確認し息子のことを少し余裕を持って話すことが出来るように
なりました。

以前、私は自分の死についての生死感は書きましたが、
人の死についてのことまではまだ結論は出ていません。

辛いです。
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2009年11月17日 | Weblog
原点 (草加太郎) 様のコメントです。
2009-11-09 18:38:37
“Boys be ambitious ! Be ambitious not for money or selfish aggrandizement , not for that evanescent thing which men call fame . Be anbitious for the attainment of all that a man ought to be .”

 昔は有名。今は聞くことがないような気がしますが・・・・。
 訳すと、次のようになるようです。

『 少年よ、大志を抱け。

 しかし、金を求める大志であってはならない。

 利己心を求める大志であってはならない。

 名声という、つかの間のものを求める大志であってはならない。

 人間としてあるべき すべてのものを 求める大志を抱きたまえ。』

限りない世界で、ちっぽけな自分。
ならば、
お互いに、
日々、
自分を育てていただいた人や地域に、
恩返しのつもりで、
精進しましょう。

うん。うん。そう思います。
目標は最善の人格を作ること。

善の報いが熟しない間は、善人でもわざわいに遇うことがある。
しかし善の果実が熟したときには、善人は幸福に遇う。(抜粋)
皆さんは如何でしょうか?

今日、いとこの息子が亡くなりました。
享年27歳です。
突然の出来事に驚き言葉が出ませんでした。

私も、息子を亡くしていますので辛さが良く分かります。
辛いです。

息子のことを書きます。
息子が病院で亡くなった時、先生が霊安室のある地下と
1階とどちらから出られますか?と非常に
私たちを気遣いながら聞いて頂けました。

私達は必ず息子が元気になって1階の正面玄関から息子と長男と私達で
出ることを考えていましたので、正面玄関からとお願いしました。

玄関から出るときは、多くの先生方及び多くの看護婦さんに正面玄関から
見送っていただき感謝の涙が絶えませんでした。
神戸の中央市民病院でした。

その後、私達夫婦と長男と亡くなった息子と初めて車でドライブを
しました。

自宅に帰った後、仏壇の前で亡くなった息子を間に挟んで横に長男、
両側に私たちが並び、親子水入らずの最後の夜を過ごしました。

親より先に子供が逝く辛さ。いとこの気持ちが辛いほど分かります。





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