実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

不動産の二重譲渡の法律関係(2)

2010-07-29 10:01:06 | 物権法
 それでは,前回のブログの①や②の事例を実務的にはどう考えるべきか。

 まず,①の事例を法現象的にどう説明するかというと,第一譲受人であるBの存在を完全に無視すればよろしい。つまり,Bが不動産を譲り受けたことがないものとして扱えば,実務的には説明がつく。結果的に,第二譲受人であるCは譲渡人Aからごく普通に所有権を承継取得したのである。Bが登場しなかったものとして扱うことが必要にして,かつそれで十分なのである。
 これを,とにかく実体的にはいったん先にBが所有権を取得した以上,これを無視することが出来ないと考えてしまえば,迷路に入る。実質的所有者でないAからなぜCが譲り受けることが出来るのかの説明が困難になるからである。
 しかし,Cが対抗要件たる登記を取得して完全に所有権を取得した段階になれば,Bを無視して(言葉を換えれば,Bは遡及的に所有権を取得しなかったものとして扱って)考えればよいのである。私は,これが対抗要件の効力だと思っている。

 それでは,②の事例をどのように考えるか。実は,この事例を実務的に考えるのは,ほとんど無意味に等しい。
 なぜなら,例えば②の状態から第二譲受人であるCが第一譲受人であるBに対して所有権確認訴訟を提起しようとする場合,実務的にはどうするかというと,この訴えを提起する前に,必ず譲渡人であるAに対して所有権移転登記(場合によっては訴訟によって)を求めるからである。それで対抗要件たる登記を備えてから必要に応じてBに対して所有権確認訴訟を提起する。つまり,対抗要件を備えないまま,所有権の存在を主張して争いをするということは,実務上はほとんど考えられないのである。
 ②の事例で,BやCが不法占拠者に対する明け渡しを求める訴訟を提起するについても,いくら不法占拠者が登記の欠缺を主張する正当な利益を有しないとしても,実務上は当該訴えを提起する前に,所有権移転登記を求めるのが先なのである。特に二重譲渡関係があれば,なおさらである。これが実務である。
 だから,②の事例の権利関係を検討するのは,限りなく机上の空論に近い。

不動産の二重譲渡の法律関係(1)

2010-07-26 13:49:10 | 物権法
 最近(といっても,もう1年以上前になるか),比較的新しい物権法の教科書を読んでみた。適当には教科書の類を読んでいないと,やはり法律を忘れてしまうことがあったり,新しい議論を知らないままでいたりするから,時々,私は分野を問わず,通勤電車の中で教科書を読み直すことをする。
 実務について仕事をしていても,分からないことがあると,やはり教科書は役に立つと思っている。事件の解決に必要な問題点がズバリ記載されているわけではなくても,何かヒントになることが書いてあることが少なくない。そこを手がかりに調べて考えるのである。
 
 しかし,実務には役に立たないと思われる議論も時々ある。物権法で顕著なのが,二重譲渡の法的構成,あるいは対抗要件の法理を法的にどう説明するか,ということである。
 事案的には,①AがBに不動産を譲渡したものの,B名義への登記をする前にAはCへも譲渡してしまい,先にC名義への登記をしたという,極めて典型的な二重譲渡の問題である。あるいは,②AがBとCに二重に譲渡し,登記は未だAのままであった場合に,当該不動産の所有者は一体誰か,といった問題である。
 ①の事例で法的に問題となるのは,先にBに譲渡した以上,意思主義の原則からすると,とにかく所有権はいったんBに移転するはずであるが,Cが先に対抗要件を備えた以上,最終的にはCが確定的に所有権を取得することになる。この所有権の帰属関係をどのように説明するのか。
 ②の事例では,Cもまだ登記を備えていない間の所有権の帰趨をどう考えるか。この②の事例は,①の事例までの過渡的状態といいうる。

 もちろん,机上の理屈の上では議論する余地のある問題かもしれないが,実は,実務的にはほとんど問題とならないと思っている。

条件?期限?

2010-07-23 13:12:16 | 最新判例
 7月20日に比較的ユニーク(?)な最高裁判例が出た。最高裁判所のホームページ掲載の裁判要旨によれば,
      請負人の製造した目的物がユーザーとリース契約を締結したリース会社に転売されることを予定して
     請負契約が締結された場合において,注文書に「ユーザーがリース会社と契約完了し入金後払」等の記
     載があったとしても,上記請負契約は上記リース契約の締結を停止条件とするものとはいえず,上記リ
     ース契約が締結されないことになった時点で請負代金の支払期限が到来するとされた事例
というものである。
 判決文を読んでも,かなり事例判決的側面が強く,この判例に何らかの法理があるとはいいにくいという見方もありえるだろう。
 しかし,私は,上記裁判要旨を見た限りでも,一定の法則が見いだせるような気がしている。

 事案として問題なのは,注文書に「ユーザーがリース会社と契約完了し入金後払」等の記載があった場合に,この記載が条件なのか(不確定)期限なのかが問題となった判例だと言えると思う。
 そのように見ると,上記判例は,いわゆる出世払い契約が条件か期限かが問題となった有名な判例と,事案は違えども,よく似た判例だということが言えそうである。そして,両判例とも,当該事案に関し,(不確定)期限と判断した判例なのである。

 これら判例には,共通点が見いだせるのではないかと思っている。仮に条件だとしてしまうと,条件が成就しないと債権者が著しい不利益を被ってしまうという点である。出世払い契約でいえば,債務者が出世しなければ返還義務が発生しないので,貸し付けた金銭が全額棒引きされるのと同じである。今回の判例も,債権者は工事を既に完成させているので,対価の支払いがないと,完全なただ働きとなってしまう恐れが非常に強いのである。
 債権者において,こうした不利益を全て甘受した場合でなければ,支払い方法があたかも停止条件的記載となっていても,これを法的な意味で停止条件とするのは当事者の合理的意思解釈に反するというのが,一つの法則として言えるのではなかろうか。

 条件か期限かが争われた,おもしろい判例といえそうである。

定期建物賃貸借の書面による説明義務(2)

2010-07-21 10:17:29 | 最新判例
 ロースクールが設置している無料法律相談で私が担当した際,借地借家法38条2項所定の書面が,契約書と一緒に綴じ込まれて,契約書と一体として賃借人に交付しているという事案について,賃借人からの相談を受けたことがあった。相談者は問題の契約書を持参してこなかったので,実際の状況がどのようになっているのか,確認のしようはなかったが,証拠上,借地借家法38条2項書面の受け取りを示す本人の受領印まである事案だそうで,既に高裁段階で敗訴判決を受けており,上告するかどうかを悩んでいるようだった。
 正直なところ,現に更新がない旨の説明文書が一応存在し,かつ,その書類の受領印まである事案であるという以上,上告審でひっくり返すのは難しいのではないかと思ったが,その相談者の疑問も分からないわけではなかった。要するに,契約書と一体となっている以上,契約書と別の書面とは思っていなかったということなのであり,受領印も,契約書への必要な署名ということで,特に意識することなく業者が示す署名欄にいくつか署名しただけということのようなのである。

 そもそも,定期建物賃貸借契約を締結するに当たって,契約書を作成すれば,その契約条項のどこかに,必ず更新がないこととする条項が存在するはずなのである。だから,本来その契約書を熟読すれば,その契約が定期建物賃貸借であることは分かるはずである。それにもかかわらず,別途書面による説明を要求している趣旨は,契約書など読まない(常識的な契約となっているはずと思っているのであろう),あるいは契約書の内容が理解できない,という人がいることを前提に,更新がない契約であることを,借主に特に意識させる点にあるのだと思う。
 だからこそ,借地借家法38条1項の契約書とは別に,更新がないことを書面を交付することにより説明しなければならないのであって,そうだとすれば,契約書と一緒に綴じ込まれて見た目が契約書と一体となっている状況では,借地借家法38条2項の要件を満たしていないといってもよいような気もしているのだが……。

 上記最高裁判例は,当たり前といえば当たり前の判決ではあるが,たとえ公正証書で契約をし,更新がない旨を公証人役場で十分な説明を受けていた可能性があったとしても,別途説明文書を交付していない限り借地借家法38条2項所定の要件を満たさないとする以上,この判例は,更新がない旨の説明文書が契約書と一緒に綴じ込まれているような事案においても,借地借家法38条2項所定の要件を満たさないとする方向性が高い判例といえないだろうか。

定期建物賃貸借の書面による説明義務(1)

2010-07-20 14:25:26 | 最新判例
 先週の金曜日の最高裁判例で,借地借家法38条2項の書面があったとした原審の認定に経験則又は採証法則に反する違法があるとされた事例が,最高裁ホームページに掲載された。
 この判例の事案は,要するに,公正証書による定期建物賃貸借契約の一文に,説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があり,賃借人において本件公正証書の内容を承認した旨の記載もあるが,賃貸人がそのこと及びその公正証書を示して更新がない旨を説明したと主張立証しても,借地借家法38条2項所定の書面を交付して説明したことを主張立証したことにはならないという判例である。
 いくら,公正証書たる賃貸借契約書に,説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があったとしても,事実として別途書面の交付による説明がなければ,借地借家法38条2項の要件を満たしていないことは明らかなので,この判例は当然といえば当然である。
 このように,当たり前の判決なのであるが,この判例の実体法的なポイントをあえて言えば,更新がない旨を記載した書面を,契約書(借地借家法38条1項の契約書)とは別の書面として,同条2項書面を現に交付して説明しなければならないという当たり前のことを改めて判示した点にあるというべきであろうか。