実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

民法715条の判例(1)

2010-03-31 16:08:40 | 最新判例
 使用者責任に関するやや違和感のある判例を見かけた。昨日付の最高裁判例である。

 判例の言葉を借りて事案を説明すれば,「被上告人が,貸金業を営む上告人の従業員から上告人の貸金の原資に充てると欺罔され,当該従業員に金員を交付して損害を被ったことにつき,当該従業員の行為が上告人の事業の執行についてされたものであると主張して,上告人に対し,民法715条に基づき損害賠償請求をする事案である。」さらに判例から事案を引用すれば,「上告人の従業員であったAは,真実は上告人から横領した金員の穴埋めに充てる意図であったのに,これを秘して,被上告人に対し,余裕資金があれば上告人に運用させてほしいと申し向け」,「被上告人は,これに応じて,同月31日から平成18年3月10日にかけて,8回にわたり合計3100万円をAに交付した。」「Aは,被上告人から上記金員を受領する都度,自らパソコンを用いるなどして作成した預り証8通を被上告人に交付していた。上記預り証のうち7通には,当時の上告人の商号(株式会社B)及び代表取締役の氏名が印字されていたが,会社印等は押捺されておらず,うち1通には,上告人の商号及び代表取締役の氏名の記載すらなく,いずれについても,Aが個人名を自署し,押印しており,中にはAの母の氏名及び連絡先が併記されたものもあった。」という事案である。

 上記事案に対して,最高裁は,民法715条の適用を否定したのである。その理由として,「本件欺罔行為が上告人の事業の執行についてされたものであるというためには,貸金の原資の調達が使用者である上告人の事業の範囲に属するというだけでなく,これが客観的,外形的にみて,被用者であるAが担当する職務の範囲に属するものでなければならない。」といい,「被上告人は,Aが担当する職務の内容,上告人の資金調達に関するAの職務権限,当該職務と本件欺罔行為との関連性等に関し,何ら主張立証をしていないのであって,貸金の原資の調達が客観的,外形的にみてAの担当する職務の範囲に属するとみる余地はない。」というのである。

 しかし,使用者責任を認めなかったこの判例に,私はどうも違和感を感じる。

執行証書作成の代理権(4)

2010-03-30 13:35:24 | 民事執行法
 執行証書作成の代理権を考える上でやや気をつけるべきは,民事執行法13条の規定である。つまり,民事執行手続きにおいては,弁護士でなくても執行裁判所の許可を受けて代理人となることが出来るのが原則となっている。そこで,民事執行法に規定されている債務名義たる執行証書の作成も,この規定が問題となるかどうかである。
 しかし,同法13条では「執行裁判所でする手続については」とあるように,債務名義に基づく強制執行でいえば,あくまでも債務名義が既に存在していることを前提に,それ以後の執行裁判所における手続に関する規定である。債務名義作成手続そのものには関係しない規定と理解すべきである。
 もう一つは,簡易裁判所においてはその許可により弁護士でない者を訴訟代理人とすることが出来る点である(民事執行法54条1項但書)。したがって,事物管轄が簡易裁判所になる金額(裁判所法33条1項1号・140万円以下)の執行証書では,公証人の判断で弁護士でない者を代理人とすることも出来ると考えざるを得ないであろう。しかし,民事執行法54条1項但書の実際の運用は,近親者であったり,会社の従業員であったり,ある程度当事者との関係が近い人物のみを代理人として許可する運用をしているようである。そうだとすれば,140万円以下の執行証書の作成であっても,公証人において適切な代理人かどうかを見極める運用がされてもしかるべきであろう。これも公証人法の問題ではなく,民事執行法54条1項ただし書きの問題なので,不適切な代理人による執行証書の作成を拒んだとしても,公証人法(特に同法3条)に違反することにはならないと考えるべきである。

 以上が,執行証書の適正化のための私なりの解釈論である。本来であれば,執行証書の作成には,代理人は弁護士でなければならないことを立法的に明記すべきであろう。しかし,条文がないからといって,弁護士である必要はないということにはならないと考えている。遺言公正証書や執行証書の規定は,一般の公正証書に対する特別規定であることを忘れてはならないと思うし,そうであるとすれば,特別な規制が働く可能性も十分に検討すべきだと思うのである。

 仮に,弁護士代理の原則が執行証書に働かないとしても,たとえば近時の利息制限法違反の消費者金融や商工ローンの貸付などにおいて,債務者から取得した白紙委任状に基づく代理人がついた場合に(ただし,貸金業法の改正で,貸金業者の債務者との関係では,今後は白紙委任状の問題は起こらないことが想定されている),その代理人が利息制限法所定の利率で計算し直さずに漫然と債権者主張の元本で公正証書を作成し,これに基づき債務者の財産に差押えがされたような場合は,その代理人は債務者との関係で善管注意義務(民法644条)違反が問われる可能性は十分にあるはずである。
 執行証書による差押えに問題があると思われる事案で,直接的には請求異議訴訟による対抗が必要な場合は当然に多いであろうが,事案によっては,この委任契約の規定を利用して,債務者から代理人に対して損害賠償請求をすることも,現実的な課題としてあり得ることと思われる。この損害賠償請求が功を奏してくるようになると,その萎縮効果として,白紙委任状によって代理人になろうとするものが減ってくる(その結果,不適切な執行証書の作成が減少する)こともあり得よう。

執行証書作成の代理権(3)

2010-03-26 09:55:23 | 民事執行法
 前回のブログで指摘した公証人法の規定との関係で,執行証書作成の代理権について弁護士代理の原則が適用あるいは類推適用できるかどうかについては,もう少し検討を要するであろう。

 そこで,少し視点をそらすが,公正証書作成でよく実務家が立ち会う公正証書は,遺言公正証書である。それでは,公正証書一般について,代理人による作成が予定されているからといって,遺言公正証書の作成に代理人の立ち会いだけで許されるか。もちろん,許されるはずがない。必ず遺言者本人が口授しなければならない以上(民法969条),代理に親しむはずがない。つまり,民法の遺言に関する規定が公証人法の規定の特別規定になっているといえるのである。
 同じように,民事執行法22条5号の規定の存在そのものが,公証人法に対する特別規定になっていると理解できないだろうか。つまり,債務名義作成手続については,可能な限り民事訴訟法の規定を適用ないし類推適用すべきであり,代理人も原則として弁護士に限ると考えるのである。
 確定判決に代表されるように,債務名義作成手続のもっとも典型的な手続は,民事訴訟そのものである。この民事訴訟手続のように厳格な手続に基づいて作成された格式ある文書であるからこそ,法は債務名義性を与えているのではないか。そして,他の債務名義についても,これと同等の格式が備わっているはずの文書であるから,そもそも債務名義作成手続は,本来民事訴訟法の規定を適用ないしは類推適用すべき文書ということになるのではないだろうか。
 したがって,非訟事件手続法のように法の規定によって格式性が担保されている文書以外の執行証書の作成手続は,民事訴訟法の規定を類推適用すべきなのであると思う。そして,執行証書においては,公証人法の規定のみにおいては格式が担保されているとは思えないので,代理人の資格などは民事訴訟法の規定を類推適用し,弁護士代理の原則を適用すべきなのである。
 このように,当該文書の作成手続においては執行力という訴訟法上の重要な効果のある文書であり,民事訴訟法が適用ないしは類推適用されるべき文書として,民事執行法22条の規定があるように思われ,その意味において同条5号の規定の存在そのものが,公証人法に対する特別規定だと考えるべきだと思うのである。

執行証書作成の代理権(2)

2010-03-23 14:22:43 | 民事執行法
 執行証書作成のための代理権の問題とは何かというと,執行証書を作成するための代理人は,原則として弁護士である必要がありはしないか,ということである。あまりにも唐突は考え方ではあるが,もしこのように考えることが出来たなら,双方代理的な職務が禁止されている弁護士(弁護士法25条)が上記のような執行証書の作成にかかわることは出来ないであろうから,問題はほとんど解消される。
 問題は,なぜ執行証書作成に弁護士代理の原則が適用されるという解釈が可能かである。理屈は単純である。執行証書は執行力という訴訟法上の重要な法律効果のある書類であるから,その作成のための代理人には,訴訟代理人資格が必要ではないかということである。訴訟代理人の資格を定めた民事訴訟法54条を適用ないし類推適用するのである。

 債務名義に関する民事執行法22条をご覧頂きたい。債務名義とされるもののほとんどは,確定判決に代表されるように裁判所の裁判であり,そのほとんどのものは当事者側に代理人がつくとすれば,民事訴訟法54条が問題となりうる文書ばかりである。問題とならない可能性があるのは,同条3号の裁判,6号の2の執行決定のある仲裁判断,7号の確定判決と同一の効力を有するもの,及び5号の執行証書である。
 このうち,6号の2の執行決定のある仲裁判断では,執行決定を裁判所が行う必要がある(仲裁法46条)ところ,仲裁法の規定によって裁判所が行う手続については,民事訴訟法の規定が準用される(同法10条)ので,おそらく仲裁決定申立事件の代理人は,民事訴訟法54条によるのだろうと思われる。
 同号3号や7号が問題となるのは,非訟事件手続や民事調停,家事審判,家事調停などが思い浮かぶ。そして,非訟事件手続法では,代理人は必ずしも弁護士である必要はないが,裁判所は弁護士でない代理人を退斥できること(非訟事件手続法6条2項),裁判所が職権で事実を探知し,証拠調べできること(同法11条)などが,担保となっているといえる。民事調停法や家事審判法でもこれらの規定は準用され(民事調停法22条,家事審判法7条),いずれも裁判所の後見的役割が担保していると思われるのである。
 ところが,執行証書は公正証書の一種であるところ,公正証書の作成には,代理人が人違いでないことを印鑑証明書で確認したり(公証人法31条,28条2項),代理権限を証する書面の提出が求められたり(同法32条)するだけである。むしろ,公証人は正当な理由がなければ嘱託を拒むことが出来ないとされ(同法3条),ここでいう正当な理由とは,嘱託内容が法律に違反する場合などに限られるらしいのである。そうすると,とにかく印鑑証明書と代理権限証書が提出されれば,嘱託を拒めないという運用にならざるを得なくなるのであろう。しかし,これでは公証人による公権的な役割は期待できない。
 仮に公正証書一般は,上記のような運用でよいとしても,執行力という訴訟法上の重要な効力がある執行証書までもが,単に公証人法の規定に従っていさえいればそれでよいといえるのだろうか。

執行証書作成の代理権(1)

2010-03-18 11:18:58 | 民事執行法
 私が実務を経験している限りにおいても,執行証書による差押えは幾度か経験している。

 逆の場合ももちろんあるが,多くの場合,債務者の側が依頼者であり,そのほとんどは貸金業者による差押えである。しかし,依頼者に聞いてみても,執行証書の作成に立ち会った記憶もなければ,委任状を書いた認識もない。資金の借入の際に,必要な書類としていくつも作成される書類の中に紛れて,いつの間にか執行証書作成の委任状に署名,押印させられているとしか考えられないのである。
 もっとも,貸金業者の場合,これまでも執行証書作成のための白紙委任状を債務者から取得してはならないこととされていた(旧貸金業の規制等に関する法律20条)。しかし,白紙でなければよいわけだから,あまり実効性のない規制であったと思われる。また,平成18年改正による改正貸金業法20条では,執行証書(改正貸金業法では,執行認諾金銭消費貸借公正証書のことを「特定公正証書」という言い方をしている)の作成を厳格に規制しているので,同法が全面施行になった後は,貸金業者による執行証書による差押えは減ってくる可能性がある。が,問題は貸金業者の場合だけではない。

 そもそも,請求異議訴訟によって債務名義成立の瑕疵が争われる場面は,実務上ほぼ執行証書に限られるのではないだろうか。その争いの一つは,やはり代理権限の問題だと思われる。債権者が債務者から受任者や委任事項が白紙の委任状を取得し,事実としては債権者が債務者の代理人を選び,その代理人とともに債権者が執行証書を作成するということになる。
 このような白紙委任状に基づく代理人作成の執行証書は,私はその成立に瑕疵があると思っているが(ただし,趣旨とすれば,委任事項や作成された執行証書の内容が実体と合致している限り,無権代理にならないという古い判例も存在するようである),受任者や委任事項が白紙であったかどうかは,争いになった後では必ずしも判別しにくい。そのために,結果としてこのような執行証書の作成のされ方がなくならないのであろう。

 ところで,私には執行証書作成の際の代理人の問題について,根本的な問題があると思っている。