実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

損害賠償の合意(5)

2009-10-13 12:51:10 | 不法行為
 再度,損害賠償の合意について

 これまでに述べてきたように,不法行為法も任意規定だと思っている。損害賠償の範囲(民法416条類推という解釈)も任意規定である。されば,損害の額の計算方法も任意規定の解釈に基づくことになる。民事法定利率も任意規定である。しからば,中間利息の控除についての計算方法も,事情変更の原則が適用されてもしかるべきというのが,私の考えであった。
 ただし,最高裁判例は,この超低金利時代を背景としても,民事法定利率による中間利息控除という方法しか認めなかった。
 現在の超低金利時代が続く限り,逸失利益について,民事法定利率で中間利息を控除された金額しか認められないのであれば,逸失利益の賠償は,給与と同じように,退職年齢に達するまで月賦あるいは年賦での請求に代わっていく可能性もある。現にそのような実例も存在するようである。この場合は,中間利息を控除される理由はないから,実質月賦や年賦の方が被害者にとって有利になるのである。そして,逸失利益は,もともとが将来発生するものである以上,逸失利益の損害賠償は,割賦請求の方が本則なのかもしれないのである。
 現在の超低金利時代では,加害者の賠償能力に問題がない限り,割賦方式による逸失利益の賠償請求を求めるのが,合理的経済人の発想である。そして,この全体としての割賦金請求権は,加害者の賠償能力に問題がない限り,民事法定利率で中間利息を控除した一時金賠償額よりも,市場で高く売却できるはずである。なぜなら,全体としての割賦金請求権を,一時金賠償額と同額で購入できたとすれば,その債権の購入者は年率5分で資金運用できることと同じになるが,それは市場金利よりもかなりの高金利だからである。そうすると,市場原理からして,一時金賠償額相当額よりも高額で全体としての割賦金請求権を購入しようとするニーズが発生してもおかしくないのである。つまり,判例の考え方は,経済的合理性に欠けているのではないかとも思うのである。
 判例は,そこまで考えているのであろうか。あるいはそれはそれで取引市場の問題であって,法律の理屈とは関係がないということであろうか。

 本論からかなりはずれてしまったが,要するに理屈の上では,損害賠償の合意を加害行為が発生する前に,予めしておくことは,可能なのであって,その合意の性質そのものを仮に契約だとしても,そこから発生する債権債務の性質そのものは不法行為に基づく損害賠償債権であるとに変わりはないだろうというのが,私の考えである。したがって,時効期間は,やはり原則3年と考えるべきだと思うのである。
 契約上の債権債務であっても,その時効期間が10年とは限らないことは,本来の契約上の債権であってもしかりであり,たとえば売主や請負人の担保責任は原則1年である。この担保責任の内容について,予め売買契約(請負契約)で特別な定めをした場合(例えば,担保責任の内容を,瑕疵の内容や程度にかかわらず一定額として予め決めてしまう等)に,任意契約に基づくものだという理由で,その時効期間が突然に10年とされてしまうわけではなかろう。そのことと,何一つ違わないということである。
 違うとすれば,契約法で定める債権債務は,当事者間で何らかの契約がなければ,債権債務は発生しない。これに対し,不法行為(事務管理や不当利得を含めてもよいと思っている)は,「契約がなくても」発生する債権債務なのである。もちろん,契約が存在すれば,それに従う。(事務管理については,事前に契約がある場合というのは,結局委任契約に吸収されるような気がしており,事前契約が存在する場合が委任契約,ない場合が事務管理という位置づけができそうな気がしている。)この,「契約がなくても」発生する債権債務であるという点が,契約法が本来予定している債権債務との違いなのである。
 違うだろうか。

損害賠償の合意(4)

2009-10-09 16:20:08 | 不法行為
 再びやや脱線するが,私がなぜこのような問題意識をもったか。
 私が交通事故による損害賠償請求訴訟の原告代理人を務めた際,逸失利益の計算で中間利息の控除率を年2分で計算して訴えを起こしたことがあった。中間利息の控除率について年5分とする最高裁の判例が出る前のことである。
 逸失利益を控除する理由は,本来はこれから働いて得られる将来の請求権を,一時期に全額賠償として求めることになるから,額面どおり全額支払われると,その後に発生する将来の利息分が余分に多く支払われるのと同じことになってしまう。そこで,中間利息を控除して調整する必要が出てくることになる。そして,年5分で中間利息を控除した逸失利益について,被害者側でノーリスクで年5分での複利運用が可能であれば,つじつまがあう。ところが,現在のこの超低金利時代に,ノーリスクで年5分の運用をすることなど,およそ不可能な時代である。そのため,現実問題として逸失利益について中間利息を年5分で控除されてしまっては,本来の損害額には満たない程度の逸失利益しか得られないのと同じことになってしまうのである。このようなことから,当時としても既に十分に高利率といえた年2分の割合で中間利息を計算して訴えを起こしたのである。
 そして,民事法定利息が年5分でありながら,中間利息を年2分で控除すべき一つの根拠として事情変更の原則を援用した。事情変更の原則が適用される典型的な事例は,本来は予測しがたいハイーパーインフレが生じたような場合であって,価格改定を認める根拠として事情変更の原則が適用されると,説明される。ただし,事情変更の原則は,契約法の原則として位置づけられていて,普通は,不法行為法で議論されることは決してない。
 これに対し,訴え提起当時はデフレの時代であり,超低金利時代である。典型的に事情変更の原則が適用される場面と経済状況が全く逆なのである。しかし,逆もまた真なのであって,いわゆるゼロ金利という経済状況は,古今東西見られない経済状況であり(もっとも,リーマンショック後は,世界的に(特にアメリカでは)ゼロ金利に近くなっているようである)これもまた逆の意味で予想もしがたい異常な経済状態だと言いうると思うのである。
 ただし,これが契約関係であれば,超低金利時代を反映した金額(利率)で合意することはできる。が,交通事故の場合は,それが物理的に不可能である。ここで思いついた発想が,もし加害者と被害者が交通事故に遭う可能性が予め予測できていたならば(まさに,事例1のような事案である),万一事故が生じた場合には,逸失利益の計算の上で中間利息の控除率を年2分としておく合意を予めしておくことも,あながち不可能ではないはずだ,と思ったのである。だが,全国の自動車運転手とこのような合意をすることは,物理的に不可能である。そうすると,事情変更の原則は,実は当事者が予め将来予測を建てながら合意することが可能な契約法の領域よりも,物理的に合意ができない事案においてこそ,より積極的に適用されてしかるべきではないか,と思ったのである。
 また,民事法定利率は,法律の規定そのものなので,これを事情変更の原則で変更できるかも問題となるが,仮に①債務不履行による損害賠償の遅延利息を年1割と定めたところ,突然のハイパーインフレが発生し,市場金利も年率数百パーセント等という事態になった場合に,事情変更の原則が適用できそうであるが(ただし,その場合に利率の約定を変更するか,損害賠償の額そのものを変更するかは,場合によりけりかもしれない),②同じようなハイパーインフレと市場金利の暴騰という社会背景で,遅延利息を年5分と約定した場合はどうか,さらには,③民事法定利率を適用することを目的として,契約上は遅延利息の発生のみを約定し,契約上は利率を定めなかった場合はどうなのか。そして,④損害賠償の内容が交通事故による物損であって,典型的に民法709条適用の事案であり,かつ示談として遅延利息を任意合意した場合にはどうなのか。また,⑤最終的に示談ができずに訴訟で争っている間にハイパーインフレが生じた場合にどうするのか。④,⑤のような事例であれば,事情変更の原則で損害賠償の額そのものを問題とすれば足り,利率を問題とする必要はないともいえる。
 しかし,逆にデフレと超低金利時代の逸失利益の算定はどうなのか。中間利息はどう考えるのか。予め損害賠償の合意をしていた事案であれば,将来予測を建てながら計算方法に条件を付けることも可能であるが,通常の交通事故の場合,物理的に事前合意は不可能である。そうだとすれば,法定利率という法律の規定そのものも,事情変更の原則により変更可能と考えるべきではないかと思っていたのである。
 もともとが,債権法の規定はほとんどが任意規定であり,法定利率の規定も任意規定であることは当然である。私の考えでは,不法行為も任意規定である。これら任意規定の意味は,当事者間の合意内容を優先的に適用し,合意がない部分について補充的に適用するものである。そうだとすれば,この任意規定を契約の内容とする趣旨で,契約書作成の手間を省くためにあえて契約書に盛り込まないということも十分にあり得る(上記③のような場合)。このように考えれば,任意規定の内容とは,契約書に記載されない契約内容そのものなのである。
 デフォルトルールという言い方がある。日本語的に言えば,標準書式である。民法の任意規定は,みな,この標準書式としての意味合いがあり,万民に共通に適用される基本契約書と理解できると思うのである。基本契約書を,民法の任意規定という形で国家が提供しているのである。このように考えれば,たとえ法律の規定であっても,任意規定はすべからく契約当事者間の契約内容の一部なのであって,事情変更の原則の適用があり得るという理解も不可能ではないような気がしているのである。
 契約書に記載されている法律関係は,事情変更の原則の適用があり,契約書に記載されていない民法(債権法)上の法律関係は,事情変更の適用はないというのであれば,ハイパーインフレ,あるいはその逆のデフレが起きる恐れがある場合においては,一般的には利率を年5分でもよいと思っていても,わざわざ契約書に年5分という記載をしなければならないということであろうか。同じように考えると,事情変更の原則の適用を考慮するならば,念のため,本来は不必要と思っても,民法の規定を全て契約書に盛り込む必要があるということになってしまうであろうか。それもおかしいであろう。

損害賠償の合意(3)

2009-10-06 10:14:43 | 不法行為
 さて,話を元に戻して,不法行為発生後の合意により確定する損害賠償債権の本質が,不法行為に基づく損害賠償債権であることに変わりがないとすれば,不法行為発生前に予め合意しておく場合はどうなのか。上記事例1ないし事例3のような事案のような場合である。事後の合意による債権が不法行為に基づく損害賠償債権であることに変わりがないとすれば,事前の合意によって発生する損害賠償債権であっても,あくまでも不法行為に基づく損害賠償債権であるということができるのではないか。
 事前の合意といってみても,実際に合意に基づく損害賠償債権が発生するのは,加害行為が起きた時であって,基本的には合意のみによって損害賠償債権が発生するわけではない。これを加害行為を停止条件とする契約上の債権といってみてもよいのかもしれないが,感覚的には,加害行為は条件というよりは,やはり「要件」であろう。合意の内容は,その「要件」修正したり,「効果」である賠償の範囲や内容を修正したりあるいは計算方法を明確にしておくという意味しか持たないからである。
 もっと直接的にいえば,不法行為法それ自体,任意規定ではないか,ということである。だからこそ,事後の損害賠償に関する示談(和解契約)ができるのであり,そうだとすれば,事前にも可能なはずなのである。

 次回は,なぜこのような実務的にはつまらないことについての問題意識を持ったかについて述べる。

損害賠償の合意(2)

2009-10-02 09:59:46 | 不法行為
 当事者の合意で債権債務を発生させることは,普通は契約と捉えられる。損害賠償の合意も,民法の典型契約の中には当てはまらないが,非典型契約として契約の一つだと捉えることは,不可能ではなさそうであり,上記の3つの事例についても,全て契約だと捉えることは不可能ではなさそうである。むしろ,当事者の任意の合意である以上,契約だと捉える方が自然かもしれない。
 しかし,それでは既発生の不法行為の賠償額を任意の合意で確定する,いわゆる「示談」は契約か。仮に示談が和解契約の一種だとすれば,確かに典型契約たる和解契約の一種となる。だが,それでは示談によって確定した損害賠償債権の時効期間は何年か。おそらく10年ではなく民法724条所定の3年であろう。もちろん,示談そのものが時効中断事由としての債務の承認にあたるので,示談成立から3年が時効期間ということになる。つまり,示談が和解契約という典型契約の一種といってみても,本来の中身である損害賠償債権の性質が不法行為上の債権であることには変わりはない,ということになる。

 話はやや脱線するが,以上のことは,典型契約の中でも,この和解契約というものの一つの特徴が現れているような気がしている。すなわち,契約とは,本来は互いの意思表示の合致により新たに債権債務を発生させることが想定される。たとえば,売買契約であれば,契約成立により売買代金債権と目的物引渡請求権等の債権が発生する。ところが,和解契約の場合は,争いはあっても,既存の債権債務の内容を互譲により確定させることそのものが契約内容であり,新たな債権債務の発生を当然には予定していない。つまり,和解契約が成立しても,和解債権,和解債務というような代物は当然には発生しないのである。和解の対象となった債権が売買代金債権であれば,その争いとなった債権の額などの具体的中身を確定するだけであって,確定したその債権の性質が売買代金債権であることに変わりはないのである。もし和解の対象となった債権が不法行為に基づく損害賠償債権であったならば,和解により確定したその債権の性質は,やはり不法行為に基づく損害賠償債権なのである。
 以上のことをさらに敷衍すると,たとえば損害賠償の内容を,示談(和解)により,金銭賠償ではなく,物の給付,あるいは修理等(物損のような不法行為の場合には十分に想定できる)などの,非金銭債務で確定したとしても,やはり不法行為に基づく損害賠償債権であると考える余地すらあるように思われる。つまり,損害賠償債権の中身が,金銭給付ではなく,ものの給付,あるいは「なす債務」として合意したということなのであり,その性質が損害賠償債権であること自体は,何も変わりはなく,時効期間もやはり3年と考えることができそうなのである。

損害賠償の合意(1)

2009-09-29 14:07:24 | 不法行為
 損害賠償に関する合意の法的性質如何。

 ここでいう損害賠償とは,不法行為による損害賠償を想定しており,債務不履行による損害賠償に関する合意を想定していない。債務不履行による損害賠償についての合意は,法律上は損害賠償の予定と推定されるのであって,あとは契約自由の問題のレベルである。そうではなく,本来契約法の問題ではない不法行為に関して損害賠償の合意ができるか,できるとしてその法的性質如何,ということをテーマとしたい。正直なところ,あまり実務的ではないかもしれないが,一応理論としてはあり得ると思われるので,検討してみたい。

 とはいっても,普通に交通事故による損害賠償を想定しては,いつ誰と誰が事故を起こすのかを予め想定することなどまず不可能なので,事前に損害賠償の合意をしておくことなど,物理的に不可能と思われるかもしれない。
 しかし,たとえば,少々乱暴な運転をするAと,それによる交通事故の被害を被りかねないAのお隣さんであるBとだったらどうか。もし,Aが日常家のまわりで乱暴な運転をしてBやその家族に人身事故が生じかねないような場合には,事故が起きた時にBとして賠償責任を負うか否か,負うとしてその損害を幾らとするか,について,予め決めておくということ(事例1)は,あながち想定できないわけではなさそうである。
 ビルの建築現場において,その建設期間中に建築資材等を落下させるなどして近隣に損害を与えかねない場合に,その損害の補償について予めその近隣の住民と合意をしておくこともできるかもしれない(事例2)。
 建築後の日照被害の可能性が認められる場合には,実際に日照被害を被る可能性のある住民に対して建築を始める前に金銭支払いの合意がなされることは,現実に存在するようである。これも,考えようによっては,たとえ建築そのものが不法行為法の上で違法と評価されなくても,特別に損害を賠償する任意の合意をしているとも言えそうである(事例3)。
 以上とは別に,実際に不法行為(たとえば交通事故)が発生して,示談をするという事例はいくらでも存在し,むしろ,社会現象としては,訴訟で解決している事例の方が少ないと思われる。この示談というのも,ある意味では事後的な損害賠償の合意である。この事後的な損害賠償の合意は当然可能なのであるから,それを予め,すなわち事前に合意しておくことは可能か,可能として,その合意の性質はいったい何なのか。という問題意識である。