実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

翻訳権10年留保(7)

2012-01-26 10:08:16 | その他の法律
 著作権法は、全体として理解しにくい法律だと思っている。単に私の勉強不足なのかもしれないが、構造的な問題もあるのではないかと思っている。その構造的問題とは、著作権法そのものが木に竹をつないだようなつぎはぎだらけの法律(本によっては、蛸足配線状態という表現をする本もある)になっているということである。要は、社会的要請に基づき、様々な権利が次々と追加され、法体系そのものが全体として統一性がとれているのか疑問が残るほどに複雑となっている点である。
 さらに、世の中がデジタル社会になり、コピーによる著作権侵害の危険性が高まっている一方で、合理性のありそうな著作物のデジタル利用が強力な著作権により妨げられていないかどうかという、著作物の利用者側の利益とのバランスの問題もある。この、最後の問題はフェアユースの問題といい変えることも出来るかもしれない。
 
 翻訳権10年留保により翻訳権が消滅したはずの翻訳物のインターネットによる公衆送信的利用についても、附則で翻訳権10年留保の規程を残した現行法が成立した際には、全く予想だにしなかった事態であることは間違いがないであろう。著作権者や出版権者にとって喜ばしいことではないのかもしれない。
 しかし、旧法上、翻訳権が10年で消滅することは、一義的に明確であり、明文の例外がない限り、翻訳物のどのような利用形態であったとしても、消滅したものと扱うしかないと思う。そうしないと、社会の変化そのものが一義的な条文の解釈の遡及的な変更を認めることになってしまうが、それではあまりにも法的安定性が害されてしまうと思う。

 著作権法は、実に難しい。

翻訳権10年留保(6)

2012-01-23 09:56:29 | その他の法律
 相談を受けた中でもう一つ問題がありそうなのが、出版権者による差し止めの請求だということである。

 出版権者には、差止請求権があることは間違いがない。しかし、著作権法で規定している出版権の内容は、「文書又は図画」として複製する権利であり、条文上は、このような権利を専有しているにすぎない。CD-ROMでの出版も含めるべきだという議論は有力に存在するようであり、「出版」のイメージとして、著作物の複製物を何かの物に固定してその物を販売することだとすれば、この点は理解できないではない。しかし、インターネットによるアップロードは複製物を固定した「物」を販売するわけではない。このようなアップロードすることまで「出版」といえるどうかは、かなり問題がありそうである。そういった出版権者に、インターネットによるアップロードを差し止める権利があるのだろうか。
 出版権者は、「出版」することについてその権利を専有しているに過ぎず、著作権そのものを有しているわけではないのであるから、差止請求できる対象も、自ずと限界があるはずで、専有権を有する「出版」に該当しない限り、著作物の利用行為を差し止める権利はないとしか思えない。

翻訳権10年留保(5)

2012-01-20 11:47:06 | その他の法律
 旧著作権法全体をよく見ると、まず1条に著作権の内容が規定されており、その2項に「文芸学術ノ著作物ノ著作権ハ翻訳権ヲ包含シ……」とある。ここで著作権の内容としての翻訳権の存在が明確にされ、2条は著作権の譲渡について規定されている。ところが、3条から8条までは、その著作権の保護期間について規定されており、そのうちの7条に翻訳権10年留保の規定が存在しているのである。つまり、1条で著作権の内容として明確に規定されている翻訳権の保護期間が7条で原著作物発行後10年と定められているということなのである。その例外は7条後段の規定だけであり、ほかに例外はない。だから、原著作物発行後10年内に国語の翻訳物が発行されれば、その国語の翻訳権は消滅しないが、それ以外は翻訳権そのものが例外なく消滅する規定としか、私には読めないのである。無形利用の形態の翻訳権は消滅しないという規定には到底読めない。

 そもそも、旧法が適用されたのは昭和45年までであり、その当時、著作物のインターネットでの利用など、全く想定外のことである。おそらく、著作物、特に文芸著作物の利用といえば、基本的には出版のような有形的利用しか想定し得なかった時代である。そのような時代背景において、旧法では翻訳物の無形利用は10年で消滅することが規定されていないからといって、翻訳権の無形利用は10年留保で消滅しないという、わけの分からない議論が成り立つのだろうか。
 さらにいえば、旧著作権法も時代とともに改正がされており、著作権の内容として、放送権(無線電話ニ依ル放送)が25条の5に規定されるようになっていた。これは無形利用でないはずがない。しかし、このような規定の存在にもかかわらず、翻訳権が10年で消滅することにつき、7条後段以外にいささかの例外も規定していない。したがって、旧法の解釈上も、翻訳物の放送権も10年で消滅しているとしか考えられないと思うのだが……。

翻訳権10年留保(4)

2012-01-18 09:46:20 | その他の法律
 私は、翻訳権10年留保の規定によって、当然翻訳物のアップロードが差し止める権利など存在しないと思っていたし、今でもそう思っているのだが、驚いたことに、文献によっては翻訳権10年留保により翻訳権が消滅するのは出版などの有形利用に限られ、翻訳権10年留保の規定は無形利用には適用がないという文献も存在するのである。その無形利用として、インターネットでのアップロードなど、公衆送信的な利用も含めて考えているようである。しかも、その文献がそれなりに権威のある文献だったりする。
 その文献が、翻訳権の無形利用は10年留保の適用がないとする理由は、私が該当部分を読む限りでは必ずしもはっきりしないのだが、どうもその理由の一つとして、旧法そのものが翻訳物の有形利用を前提としていたということがありそうである。このことから、有形利用は10年留保の規定で消滅するが、無形利用は消滅しないという形式的理由である。

 しかし、そうであろうか。

翻訳権10年留保(3)

2012-01-13 12:02:20 | その他の法律
 この現行著作権法の翻訳権10年留保の経過規定は、著作権に関する条約であるベルヌ条約(この条約も、今生きている条約はベルヌ条約のパリ改正条約である。)の留保宣言に基づいた規定のようで、先進国では日本だけが留保宣言を行ったといわれている。
 日本が留保宣言を行った理由は、海外著作物を日本語に翻訳するのは比較的難しいからだといわれているようである。要するに、保護の対象となる外国語著作物のほとんどは、欧米で発行された著作物が想定されるが、そのような著作物を日本語に翻訳するのは比較的難しいということである。難しいとなぜ留保宣言をするのかということだが、おそらく、そうしないと欧米の著作物が日本国内で流通することが難しくなることを想定していると思われる。わざわざ著作権者が日本語に翻訳したり、許諾を受けてまで翻訳したりしないだろうということだと思う。
 だから、翻訳権を10年で消滅させ、その後は翻訳物の出版を自由にしたのである。

 昨年末に相談を受けたのは、この翻訳権10年留保により翻訳権が消滅しているはずの著作物に関し、翻訳物のインターネットでのアップロードの差し止めを求められたというのである。しかも、差し止めを求めてきたのは、著作権者から直接差し止めを求められたのではなく(著作権者は日本国内の者ではないはずである)、日本国内で出版権を有しているという日本国内の出版社からである。