実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

損害賠償の合意(1)

2009-09-29 14:07:24 | 不法行為
 損害賠償に関する合意の法的性質如何。

 ここでいう損害賠償とは,不法行為による損害賠償を想定しており,債務不履行による損害賠償に関する合意を想定していない。債務不履行による損害賠償についての合意は,法律上は損害賠償の予定と推定されるのであって,あとは契約自由の問題のレベルである。そうではなく,本来契約法の問題ではない不法行為に関して損害賠償の合意ができるか,できるとしてその法的性質如何,ということをテーマとしたい。正直なところ,あまり実務的ではないかもしれないが,一応理論としてはあり得ると思われるので,検討してみたい。

 とはいっても,普通に交通事故による損害賠償を想定しては,いつ誰と誰が事故を起こすのかを予め想定することなどまず不可能なので,事前に損害賠償の合意をしておくことなど,物理的に不可能と思われるかもしれない。
 しかし,たとえば,少々乱暴な運転をするAと,それによる交通事故の被害を被りかねないAのお隣さんであるBとだったらどうか。もし,Aが日常家のまわりで乱暴な運転をしてBやその家族に人身事故が生じかねないような場合には,事故が起きた時にBとして賠償責任を負うか否か,負うとしてその損害を幾らとするか,について,予め決めておくということ(事例1)は,あながち想定できないわけではなさそうである。
 ビルの建築現場において,その建設期間中に建築資材等を落下させるなどして近隣に損害を与えかねない場合に,その損害の補償について予めその近隣の住民と合意をしておくこともできるかもしれない(事例2)。
 建築後の日照被害の可能性が認められる場合には,実際に日照被害を被る可能性のある住民に対して建築を始める前に金銭支払いの合意がなされることは,現実に存在するようである。これも,考えようによっては,たとえ建築そのものが不法行為法の上で違法と評価されなくても,特別に損害を賠償する任意の合意をしているとも言えそうである(事例3)。
 以上とは別に,実際に不法行為(たとえば交通事故)が発生して,示談をするという事例はいくらでも存在し,むしろ,社会現象としては,訴訟で解決している事例の方が少ないと思われる。この示談というのも,ある意味では事後的な損害賠償の合意である。この事後的な損害賠償の合意は当然可能なのであるから,それを予め,すなわち事前に合意しておくことは可能か,可能として,その合意の性質はいったい何なのか。という問題意識である。

一般社団,一般財団法人法(9)

2009-09-24 17:37:09 | 一般法人
 準則主義(3)

 設立の準則主義を採用したため、法人の設立手続きそのものは、従前の公益法人よりは厳格な手続きが用意されており、株式会社の発起設立と、非常によく似ている。具体的な手続の中身は、条文を見て頂くしかなかろう。
 設立に関して一点だけ指摘しておく。
 一般財団法人の成立の付随的効果の一つとして、設立者の拠出財産は、一般財団法人成立の時から当該一般財団法人に帰属する(164条1項)。ただし、遺言による拠出の場合、遺言が効力を生じた時から一般財団法人に帰属したものとみなされる(164条2項)。この164条2項は、改正前民法42条2項と同じ規定である。改正前民法のこの規定の趣旨は、一般的には果実その他の利益が設立者の意思に反して相続人の得るところとなるのを阻止しようという趣旨であると説明されるが、法人設立が遺言者死亡時に遡及すると解する学説もあるようである(以上の議論は、新版注釈民法(2)218頁参照)。一般財団法人においては、準則主義の下、法人格取得時期が例外なく設立登記時とされている(163条)以上、法人設立が遡及するという説明はおそらく不可能となるであろう。そして、趣旨としては一般に説明されているとおりだとしても、結局、法人格を取得していない設立登記より前に拠出財産が一般財団法人に帰属する理論的な説明は出来ていないように思える。解釈論上は、遺言の効力発生と同時に、権利能力なき財団たる「設立中の財団」(会社法における、設立中の会社の議論と同じで、設立中の財団は、設立後の一般財団法人と同一性を有する)が形成され、そこに拠出財産が帰属すると説明することが可能ではないだろうか。

一般社団,一般財団法人法(8)

2009-09-18 09:50:00 | 一般法人
 準則主義(2)

 一般社団法人の設立に財産拠出を必要としないことは、前回触れたとおりであるが、その立法趣旨は、必ずしもはっきりしない。考えられるのは、①従前の民法上の公益社団法人においても、設立に財産拠出が必要とされていなかったことから、それを引き継いでいるというのも一つの理由であろう。だが、民法上の法人は、あくまでも設立に監督官庁の許可が必要であり、無責任な社団法人の設立に対しては、この監督官庁の許可が歯止めになっていたから、それでもよかった。しかし、一般社団・財団法人法に基づく一般社団法人は、会社と同様に準則主義で設立され、許認可手続きは全くない。そのため、財産拠出が全くないままの社団法人の設立に対しては、無責任な設立が横行することを危惧する。財産拠出を必要としないとした理由として他に推測されるのは、②サークル活動を法人化する場合のように、まとまった財産がなくとも法人活動に支障がないような非営利団体も一般社団法人化しやすくする、という点が考えられ、また、全く別の観点からは、③やはり準則主義で設立される株式会社でさえ、最低資本金制度が廃止され、1円起業が一般的に可能となったことに合わせた、という理由も考えうる。②、③とも、それなりに一理とはなるかもしれないが、やはり財産拠出がまったく必要ないとすると、無責任設立の横行に対する歯止めが何もないということになりかねない。
 さらにいえば、私の目に狂いがなければ、一般社団・財団法人には、財産関係に関する登記事項が見当たらない(登記事項は、301条、302条)。「試案」では、拠出金の拠出を求める定款の定めがなされたときは、その拠出金等が登記事項とされることとなっていたが、「試案」でいう拠出金に当たると思われる基金が登記事項とはされていないようなのである。不可解な立法といわざるを得ないと思われる。このため、登記を見ても、当該一般社団法人の財産状況が一切何もわからないのである。
 一般社団法人・一般財団法人法では、会社法と同様に貸借対照表(大規模法人では損益計算書も含めて)の公告が義務化されたので(128条、199条)、それでよいということかもしれないが、これら計算書類の公告が求められるのは会社でも同じであるが、会社ではそれとは別に資本金の登記が必要とされるのである。
 そのため、財産関係の登記事項が何もないというのは、設立に財産拠出が求められないこととあいまって、法人債権者の保護にやや欠ける立法であるような気がする。
 「報告書」には、乱用防止のために、裁判所による解散命令の制度、休眠法人の整理の導入を求め、実際に条文化されている(解散命令は261条以下、休眠法人のみなし解散は、149条、203条)。しかし、これだけで無責任設立の歯止めとして十分とは思えない。そのため、このような無責任設立に対しては、法人格否認の法理を積極活用するなどの対応が必要になるものと思われる。

 一般財団法人の設立においては、設立者の財産拠出が必要であり(従前の寄付行為)、その最低額は300万円とされる(153条1項5号、2項)。これは、「財団」と言える程度の財産の拠出がなければならないために、最低300万円の財産拠出を必要としたと考えられる(ちなみに、300万円という数字は、旧有限会社法の最低資本金と同じ金額であると同時に、現行会社法上、株式会社が配当をなし得る最低純資産額と同じなので、300万円という金額は、これらの規定を参考にした可能性はある。)。しかし、一般財団法人においても、財産関係の登記事項が一切ないのは、一般社団法人と同じである。法人債権者の保護に欠けないかが心配である。
 もっとも、1円起業が可能となった株式会社でも、無責任設立の点は問題とされているようなので、財産関係(会社でいえば資本金)の登記事項があるか否かの点を除けば、会社法とパラレルの部分が多い問題なのかもしれない。

一般社団,一般財団法人法(7)

2009-09-15 09:51:09 | 一般法人
 準則主義(1)

 一般社団・財団法人法は、監督官庁による監督が完全に外れ、一般社団法人・一般財団法人の設立においても、いわゆる準則主義を採用し、監督庁の許可なく設立登記によって法人格を取得することとなった(22条、163条)。その意味では簡便に法人格を取得できるようになった。このため、非営利活動について、法人格を取得した上で自由活発な活動を促進する前提が整ったといえる。
 旧中間法人法では、既に準則主義が採用されていたが、旧中間法人法は社団法人のみに関する法律であり、財団法人を準則主義で設立する方法はなかった。しかし、一般社団・財団法人法は一般財団法人の設立にも準則主義を採用したため、およそ非営利法人は準則主義によって設立可能となったのである。
 しかも、旧中間法人法では、有限責任中間法人は設立時に300万円以上の基金(株式会社の資本金に類する機能を有する)がなければ設立できなかったが(旧中間法人法12条・これは、旧有限会社の最低資本金と同じ額である)、一般社団法人は、設立時に全く資金拠出がなくても設立しうる(一般財団法人は、設立時に300万円以上の拠出金の拠出が必要である(153条2項)。)。「報告書」にも、社団形態の非営利法人には、設立時に一定の財産を保有することは要しないとされている。そのため、一般社団法人は、最低限、定款の作成(10条)、定款の認証(13条)、設立時理事等の選任(15条)、設立時理事等による設立調査(20条)、登記(22条)だけで設立が可能である。一般財団法人についてもほとんど同様で(ちなみに、一般社団・財団法人法では一般財団法人の根本規則も「定款」と呼ばれる(第3章第1節第1款参照))、一般社団法人と違うのは、設立時評議員、設立時監事の選任が義務的であること(159条)、設立者による財産拠出が必要であること(157条)程度である。なお、一般財団法人に関して、寄付行為という言葉は完全に消滅し、根本規則としての寄付行為は「定款」に、財産拠出行為としての寄付行為は文字どおり「財産の拠出」となっている。

取締役報酬の説明義務

2009-09-11 10:39:08 | 会社法
 今朝の日本経済新聞のトップ記事で,役員報酬の有価証券報告書による公表義務についての記事が載っていた。金融商品取引法関連の省令の改正で平成22年3月期決算に係る有価証券報告書から適用する予定のようである。役員報酬がどのようになっているのかは,投資判断の重要事項と考えたのであろう。

 ところで,会社法上は,役員報酬,特に取締役の報酬は,委員会設置会社を除き株主総会で決定すべきこととなっているが,実際には全取締役の報酬の総額のみを株主総会で決議するのが慣例であり,判例もこれを支持している。しかも,毎年その決議をするわけではなく,一度決議がされると,その決議が翌年以降の取締役報酬にも効力を有しているという前提で実務は動いており,取締役報酬の総額を増やさない限り,取締役報酬が議案として株主総会にかけられることはない。さらに,判例上は個々人の取締役の報酬の額を株主総会で説明する義務はないとされている。
 従って,現在の会社法の運用上は,取締役の報酬の額について株主が知ることは事実上ないのである。
 ところが,上記新聞記事のとおりだとすると,制度上,会社法よりも金商法が一足早く役員報酬の公表義務を課すことになる。
 その結果,おもしろいことに,会社の所有者である株主に対しては個々の役員報酬を説明する義務を負わないにもかかわらず,一般投資家に対しては公表せよということになるのである。
 もちろん,役員報酬の一般投資家に対する公表は,有価証券報告書提出会社に限られるので,それ以外の会社では従前どおりの会社法上の運用のままということになろう。しかし,有価証券報告書提出会社に限って考えれば,上記役員報酬の公表義務化も含めて,ディスクロージャー規制は会社法上の義務よりも金商法上の義務の方が遙かに開示範囲が広い。そして,特に上場会社の株式は,いわゆる金融商品の一つとして投資判断のしやすい規格化された株式である必要性(結局のところ,上場株式会社の規格化の必要性)が高い。
 以上のようなことから,上場会社における株式会社の規律は,会社法ではなく金商法を中心にすべきではないかという考え方もあるやに聞いているが,もっとものようにも思える。

 以上のような考え方を前提に,役員報酬の有価証券報告書による開示義務が生じるのであれば,役員報酬は株主に対する直接開示の方向に進むべきではないか。一般投資家に対しては役員報酬を公表しながら,会社の所有者である株主に対しては説明義務はないというのは,明らかにおかしい。
 もちろん,株主も一般投資家として有価証券報告書を通じて役員報酬を知ることは可能になるが,有価証券報告書の提出期限は,事業年度経過後3ヶ月内でよいことになっているので,時期的な問題として,株主総会開催時には,株主はまだ最終事業年度の決算に係る有価証券報告書を見ることができないまま株主総会をむかえる可能性もある。
 株主は,会社の所有者であり,会社の経営を取締役に委任している立場なのだから,抽象論とすれば,一般投資家の保護を目的とする金商法上の開示内容よりも詳しいことをより早く株主が知り得てもよいはずである。少なくとも,株主総会開催時までには役員報酬くらい株主が知ってもよいと思われるのだが。
 現行会社法上の解釈においても,少なくとも上記省令改正後は,有価証券報告書提出会社の会社の株主総会における取締役の説明義務の内容として,個人別の役員報酬の額の説明義務を認めるべきではないかと思う。