実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

金利スワップ取引は単純?(9)

2013-08-26 11:11:07 | 最新判例
 結局、市場取引が行われていないような訳の分からない金融取引は基本的には行うべきではないというのが、私の結論である。判旨にも疑問を持ちたい。独占禁止法の問題については優越的地位の濫用のみを問題とした法律上の問題点の提起の仕方も疑問である。
 もっとも、このブログで分かったようなことを言っているが、だからといって私なら問題点について裁判官を説得できるかといわれれば、全く自信がない。なぜなら、裁判所から経済合理性がないことを証明しろと言われれば、証明のしようがないからである。証明のできないような複雑な金融商品を勧めること自体に問題があると思うのだが、おそらく裁判所はそのようには考えてくれないだろう。ここが金融商品被害の難しいところなのである。

 複雑にすればするほど、世間や裁判所をごまかせる。これが法律家が見る複雑な金融商品の特徴なのである。
 何とも恐ろしい。

金利スワップ取引は単純?(8)

2013-08-22 11:26:04 | 最新判例
 一般的に、金融商品の取引に関する損害賠償請求は、その取引が複雑になればなるほど認められにくい傾向があるように思われる。その原因は、本件の判旨に如実に表れていると思う。どういうことかというと、当該金融商品の基本的構造ないし原理は、どんなに複雑となっても、法律家にとってはどれもそれ程難しいものではないのである。そして、裁判所の判断は、だいたいこの基本的構造ないし原理を説明したかどうかが問題になるに過ぎず、金融商品取引の経済合理性やリスク・リターン分析について判断しないのである。というか、経済合理性やリスク・リターン分析について判断できようがないのである。
 しかし、それでも基本的構造ないし原理が把握できるのであれば、それをある程度説明すれば、それだけで説明責任を果たしたことになってしまうのである。

 かつて、他社株転換条項付社債というのがはやったことがある。略称EB債といわれる。基本的には社債なのだが、社債発行会社以外の会社が発行するある株式が一定の価格以下になった場合は、額面で償還されるのではなく当該株式で償還されるという代物である。その場合に償還される株式の償還時の価値は、もちろん社債の額面よりも低い価値のものでしかない。EB債は、表面金利が高かったことから一事結構はやったのだが、今は完全に市場から駆逐され、現在全く出回っていないと思われる。私に言わせれば当然の現象である。金融商品性として大いに問題があったのである。そのため、市場から馳駆されてしまったのである。
 ただし、この商品の基本的な仕組みは今の説明だけでおおよそ理解できるはずであり、仕組みそのものの複雑さはあまり感じない。しかし、問題なのは基本的な仕組みではないのである。
 このEB債を分析すれば、株式のプットオプションと社債とを組み合わせた、極めて複雑な金融商品である。このことは、分かる人にはすぐに分かるはずである。しかも、プットオプションの部分をとりあげてみると、顧客はこのプットオプション部分を購入したのではなく、発行させられているのである。詳しい説明は省くが、おそらく間違いがないはずである。
 しかし、オプションというのは、その商品性からして、店頭取引をするのであれば金融機関が発行してそれを顧客が買うものであって、顧客が発行して金融機関が買うような金融商品では決してないのである。それを社債と組み合わせることによって、このオプション部分が雲隠れしてしまい、一見すると高金利の金融商品を作り上げ、そのリスクが顧客には訳が分からないような金融商品に仕立て上げたのである。
 以上のことから、私はEB債にはその商品性そのものに根本的な問題があると思っているし、だからこそ市場から駆逐されたのだと思っている。
 しかし、EB債が問題になった判例を(ないわけではないようだが)ほとんど聞いたことがない。理由はその経済的仕組みが複雑すぎて分けが分からないから、問題点そのものを認識できないのである。なので、基本構造に関してのリスク説明さえされれば、説明義務違反には問いにくい。それ以上に問題の建て方そのものが把握できないのである。
 今回の判例の事案における金利スワップ取引も、これによく似ているような気がする。裁判所にはその構造・原理は理解できても、経済分析が全くできないのである。だから損害賠償請求が認められにくい。
 ちなみに、私に言わせればEB債はこれ以上に複雑である。

金利スワップ取引は単純?(7)

2013-08-19 10:33:04 | 最新判例
 さらに若干視点を変えた第5の疑問点として、銀行が新たな新規貸し出しをする際に、併せてスワップ取引を勧めた事案だということである。

 判例時報のコメントを見て初めて知ったのだが、この銀行は、多くの顧客にこのスワップ取引を勧めていたらしく、この勧誘について優越的地位の濫用が疑われていたらしいのである。銀行内で特別調査委員会も設置して調査したところ、現実に濫用事案もあったということらしいのである。
 以上のような状況があったことから、判例の事案でも優越的地位の濫用も根拠として損害賠償請求をしていたようなのである。

 ただし、問題は既存の貸付先顧客に対してスワップ取引を勧誘し、取引をしない場合には有形無形に不利益をちらつかせたとすれば、優越的地位の濫用になり得るが、判例の事案では、新規貸し出しに際してのスワップ取引の勧誘だった事案である。そのため、判例の事案では優越的地位の濫用にはなりにくいのである。

 しかし、問題はそれだけではない。新規貸し出しと併せてスワップ取引を勧め、もしスワップ取引に応じないならば新規貸し出しもしないという銀行側の態度であったならば、抱き合わせ販売が疑われる事案だったはずである。
 ところが、判例の事案では、この独占禁止法違反の点についてはもっぱら優越的地位の濫用のみを問題としていたようで、抱き合わせ販売の点を問題としていた様子はない。当該銀行のスワップ取引に関する一般的問題として、優越的地位の濫用のみが問題とされていただけだったことからすると、やむを得ない面がないわけではないのかもしれないが、結局は代理人である弁護士の法律論の建て方の問題である。

 抱き合わせ販売を含めて問題とすれば、果たしてどうだったか。これが第5の疑問点である。

金利スワップ取引は単純?(6)

2013-08-12 13:36:28 | 最新判例
 オプションの経済価値について、現在はオプション価格理論というものがあり、ブラック=ショールズの公式という一つの公式ができあがっている。だから、その公式に当てはめれば、一応オプション(新株予約権)の客観的価値を把握することはできる。ただし、この公式を編み出しただけでノーベル経済学賞を受賞するほど、難しい経済理論を駆使した結果できあがった公式である。なので、この公式について、詳しいことは私にも分からない。また、この公式も一定の条件を前提としており、オプション価格を算定するのに決して万能ではないと言われる。

 結局のところ、何を言いたいかというと、オプション取引が難しいというのは、その基本的構造ないし原理が難しいのではなく、経済合理性のある取引をすることが難しいと言うことなのである。

 これを判例の事案である金利スワップ取引に当てはめた場合、その基本的構造ないし原理が問題なのではなく、その取引の経済合理性が分からない点に問題があるのである。別の言い方をすれば、判例の事案のスワップ取引について、そのリスク・リターンの関係に経済合理性があるのかどうかなのである。そして、第1から第3の私の疑問を前提とすると、実際には顧客にとってリスクの方が高い取引を、そうとは分からない(顧客には分かりようがない)まま銀行が顧客に押しつけているような気がしてならないのである。スワップ取引の経済合理性に疑いをもたざるをえないのである。

 判旨は、この経済合理性についての判断は何もしておらず、まさに難しいだけにおそらく普通の法律家にそのような判断はできない。私に言わせれば、経済合理性の判断ができないからこそ、そのようなスワップ取引を勧誘することそのものが、すでに問題なのであり、判例の事案のスワップ取引は複雑なのである。
 これが、現実に顧客企業が銀行借り入れている借金の変動金利と、当該顧客が固定金利として借りることを想定した場合の当該固定金利とのスワップであれば、まだその経済合理性、あるいはリスク・リターンの関係は把握しやすい。企業からすれば、変動金利で借りるか、固定金利で借りるかという判断と同じだからである。しかし、判例の事案はそうではないのである。そこに大きな問題があると思うのだが。

金利スワップ取引は単純?(5)

2013-08-08 09:41:06 | 最新判例
 第4の疑問として、第1の疑問と密接に関係することなのだが、判例は、当該事案におけるスワップ契約について、その基本的な構造ないし原理自体は単純な契約だと言っている点である。第1の疑問の際にもちょっと触れた。が、果たしてそうか。

 なるほど、元本を数億円として「TIBOR」で計算した利息と2%あまりの固定金利で計算した利息の金利差を差金決済するだけであり、構造原理的には単純かもしれない。
 しかし、問題なのはこの構造原理ではなく、取引が経済的合理性のある取引と言えるかどうかなのである。

 判例時報のコメントでは、オプション取引のように、取引の選択肢も複雑性が高くなると、どのような要素をどのように考慮して取引内容を決めたらよいのか、素人には判断の容易でないものもあるが、本件は基本的な構造ないし原理自体が単純な仕組みのものであるという。
 このコメントに対しては、まず、オプション取引がそれほど複雑といえるかが問題である。
 実は、株式会社が発行可能なものに新株予約権というものがある。会社に対して一定の金銭を払い込めば、株式を発行してもらうことができる権利である。この新株予約権は、実は(コール)オプションそのものなのであり、新株予約権の売買は、仕組みだけを見れば(コール)オプション取引そのものなのである。新株予約権がコールオプションそのものであることは、会社法の基本的教科書にすら書いてあるほどの、当たり前のことである。
 この新株予約権の売買の基本的構造ないし原理自体、それほど複雑といえるだろうか。おそらく大方の法律家はそれほど複雑ではないと考えているはずである。そうだとすれば、一般的なオプション取引の基本的構造ないし原理であっても、必ずしも当然に複雑とは言えないはずである。もし逆に、新株予約権の売買の基本的構造ないし原理が複雑だというのであれば、そのような新株予約権の発行を一般的に株式会社に認めた現行会社法そのものが問題とされるべきである。

 ではなぜ、オプション取引は難しいと言われるか。それは、適正なオプションの売買価格の決め方が理解しにくいからである。すなわち、新株予約権で言えば、その適正な対価が分かりにくいのである。さらに別の言い方をすれば、新株予約権の経済合理性のある取引価格がいくらか、ということについて、秤にかけにくいということなのである。