実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

債権差押命令における差押債権の特定性(2)

2010-12-27 12:55:57 | 民事執行法
 金融商事判例掲載の事件の事案は,保険金請求権(配当請求権,解約返戻金請求権,満期金請求権)のようである。
 従前,これらの請求権を差し押さえるには,実務上,個別に債権を特定することを,裁判所から要求されていたと思われ,極端には,保険証券の番号の記載まで要求されていたのではないだろうか。実際に,実務でよく使う書式マニュアル的なものには,保険証券の番号のみならず,契約日,種類,保険期間,保険金額,被保険者,契約者,受取人を記載するような書式となっている。しかし,通常の場合,差押債権者が債務者・第三債務者間の法律関係である保険契約の上記記載事項のような内容を,逐一知っているはずがない。
 私は,いままで銀行預金と保険金請求権との,この特定方法の極めて大きなギャップに大変な違和感を覚えていたのである。
 これに対し,上記金融商事判例記載の事件は,契約年月日の先後で特定した場合につき、債権の特定を欠くとはいえないとされた事例として紹介されている。銀行預金が間接的特定で行われているのであるから,私にはあまりにも当然すぎる判例に見えるのであるが……。

 では,これまでの実務では,なぜ保険金請求権を差し押さえる場合に,上記のような極めて厳格な特定事項の記載を要求していたのであろうか。
 おそらく,これは第三債務者の便宜のためであると予想される。保険契約であれば,保険会社は必ずしも保険契約者ごと,あるいは保険金受取人ごとに,契約の管理をしているわけではないかもしれない。そうすると,保険会社が第三債務者として債権差押命令を受け取ったときに,契約年月日の先後だけで保険契約が特定されているとすると,第三債務者である保険会社としては,債務者に対して支払義務のある保険契約が存在するか否か,存在するとして,どれだけの数の契約が存在するのかを,保険会社であっても自ら内部調査しなければわからないかもしれない。その調査漏れがあって,本来差押えの効力が及ぶはずの保険金請求権を,保険会社が債務者に支払ってしまったとすると,保険会社としては大きな損害が生じるかもしれないのである。おそらくは,このようなことを懸念して,極めて厳格な特定事項の記載が要求されていたのではないかと推測する。
 このような懸念も全く理解できないわけではない。そのため,銀行預金の差押えも,間接的特定で行っているといっても,必ず個別の支店ごとに差押えを行うことが,実務上行われている。三大メガバンクであれば,必ずどこかに預金を持っているだろうというような当てずっぽうの方法で,支店すら特定することなく一銀行の全本支店に存在する預金として差押債権を特定することは,おそらく実務上は行われていない。これも,メガバンクなどでは全本支店を調査することはかなりの困難を伴ったからではないかと推測される。

債権差押命令における差押債権の特定性(1)

2010-12-24 11:13:58 | 民事執行法
 金融・商事判例No.1354(2010年12月1日号)に,私が常々疑問に思っていたことに答えてくれていると思われる高裁判例が掲載されているようである。それが,債権差押命令における差押債権の特定性の問題である。まだ文献の見出しを見ただけで,中身を読んでいないが,常々疑問に思っていた部分なので,見出しだけでも何を言いたいかが何となく理解できるつもりである。

 そもそも,債権執行においては,差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならない(民事執行規則133条2項)。何を差し押さえたのかが債権差押命令を見ただけでは分からなければ困るから,当たり前と言えば当たり前である。ただし,差押命令において差押債権の特定基準を具体的に措定することによって間接的に差押債権を特定すること(間接的特定)も,必要な執行掴取のために許されるとされている(文献的には,例えば中野貞一郎・民事執行法〔増補新訂五版〕644ページ)。

 例えば,銀行預金を差し押さえる場合,どのように特定するかというと,差押債権目録に,
  1 債務者が第三債務者(○○支店扱い)に対する預金債権であること,
  2 差押えのない預金と差押えのある預金があるときは,差押えのないものから順次差し押さえること,
  3 円貨建預金と外貨建預金があるときは,円貨建預金から差し押さえること,
  4 数種の預金があるときは,定期預金,定期積金,通知預金,貯蓄預金,納税準備預金,普通預金,別段預金,当座預金の順に
   差し押さえること,
  5 同種の預金が数口あるときは,口座番号の若い順に差し押さえること,
というような記載を列挙するだけで,特定されているという前提で実務は動いており,口座番号などを特定することなく,間接的特定で行うのが実務では当然となっている。

 ところが,この間接的特定で差押えがなされているのは,実務ではおそらくほとんど銀行預金だけに限られているといっても過言ではないと思われるのである。ここに問題がある。

真正な登記名義の回復を原因とする登記

2010-12-20 13:46:10 | 最新判例
 最高裁のホームページに,平成22年12月16日付判決として,いわゆる真正な登記名義の回復を原因とする登記請求を認めない判例が掲載された。

 事案を単純化すると,甲から乙への贈与,乙から丙への相続があったが,登記がまだ甲に残っている場合に,丙から甲への直接の所有権移転登記を求める訴訟で,判例は,真正な登記名義の回復を原因とする登記請求を否定したものであり,実態を反映した甲から乙への贈与の登記請求を認めて,その後相続の登記をすればよいというのである。
 この判例は,抽象論としては,甲から乙への所有権移転の原因,乙から丙への所有権移転の原因を特定することなく,順次所有権が移転した場合一般事例をもってこのような判断をしているので,売買が続いた場合でも同様であろう。

 当たり前と言えば当たり前の判決に見える。ただ,実務では真正な登記名義の回復を原因とする登記請求訴訟は,かなり便宜的に使われていたような気がしていたので,本件最高裁判例は,実態を忠実に反映させることが技術的に不可能な登記請求の場合に限って,真正な登記名義の回復を原因とする登記請求権を認めるという立場をとろうとしているだろうか。

 最新判例の簡単な紹介でした。

為替デリバティブ倒産

2010-12-14 12:55:31 | 時事
 今日の毎日新聞の記事で,「為替デリバティブ」と呼ばれる金融商品が,急激な円高によって多額の損失を発生させ,倒産や経営危機に陥るケースが続出していると,出ていた。銀行がこうした金融商品を販売していたようなのである。
 私は,この種の記事を見るたびに,憤りを覚えるのである。金融機関が金儲けのためにハイリスクを顧客に押しつけているとしか見えないからである。
 為替デリバティブではないものの,この種のハイリスク商品に伴う倒産現象は,バブル経済崩壊後に変額保険などでさんざん問題となったはずではなかったのか。金融機関は,既にこのことを忘れてしまったのだろうか。

 そもそも,オプション取引に代表されるデリバティブと呼ばれる取引は,一般にリスクを一定程度に抑えることが主目的の金融商品なのである。為替デリバティブだとすれば,為替リスクを一定程度に抑えることが基本となった金融商品のはずなのである。
 ただし,オプション取引であれば,オプションを購入する側はリスクを一定程度に抑えることができるが,オプションを売る側は,ハイリスクを引き受けることとなる取引なのである。そこで,こうしたことを踏まえた上で,オプションを買う側が売る側に支払う手数料についての妥当な金額が数学的根拠に基づいて算出することが求められ,それがオプション価格理論と呼ばれるものであり,その一つがブラック・ショールズモデルといわれる,難解な経済理論となっている。

 それはともかく,通常金融機関が販売している為替デリバティブは,非常に複雑な仕組みになっているが,私の理解では顧客の方がオプションの売主になっていることが基本の取引のように感じられる。だからこそ,リーマンショック後の急激な為替変動により,大きなリスクが顕在化して,顧客が倒産してしまうのである。為替変動による損失を一定程度に抑えるためのデリバティブ取引であれば,為替変動を理由に顧客が倒産するなど,まずもってあり得ないはずなのである。

 毎日新聞の記事によると,金融庁が問題を感じて動き出したようであるが,この種の話は裁判所の反応が最も遅く,しかも金融機関に対して緩い。デリバティブ取引そのものが難解ということもあるのかもしれないが,裁判所こそ,最も毅然とした対応をしてほしいのだが……。

成年後見制度の問題点(9)

2010-12-13 11:11:35 | 民法総則
 問題なのは、悪いのは管理の甘い後見人であって、必ずしも被後見人であるとは言いにくい点である。478条の類推適用を認めると、結果的に被後見人の財産の目減りを是認させることになりかねないが、その結果が妥当かどうかである。
 私は、代理行為の瑕疵に関する民法101条1項の趣旨が生かせるのではないかと思う。代理行為の瑕疵について、その事実の有無は代理人について決し、その効果は本人に帰属するのである。この規定は、法定代理でも全く同様のはずで、むしろ親権者や後見人などの法定代理人による代理行為の場合は、法律行為の瑕疵は代理人においてしか決しようがないともいえるのである。事実行為としての管理の瑕疵の責任も、この規定の趣旨を生かせば、478条を類推適用することにより本人に帰属させてもやむを得ないと思う。必要があれば、被後見人から後見人に対して損害賠償をすればよいのである。
 保佐人、補助人は必ずしも法定代理人とは言えないのかもしれないが、法律上同意権、取消権を有している存在であり、平成11年改正により、審判によって特定の法律行為について代理権を付与されることもある地位になった。さらにこれら法制度の前提として被保佐人、被補助人のために一定の範囲で財産管理行為をすべき立場にあると解すべきことは、すでに述べたとおりである。とすれば、やはり保佐人、補助人の財産管理行為に瑕疵があれば、民法101条1項の趣旨を援用することができるのではないかと思っている。

 以上、預金の払い戻しを代表して論じてみたが、後見開始決定等がなされた時点ですでに存在していた元本に関する限り、その元本の受領に関しては、そもそも信義則上通知義務を認めるべきこと、通知がなければ民法478条を類推適用すべきことについて、おそらく預金の払い戻しに限らず、状況は同じはずである。
 本来は、法改正により知れたる取引先に対する通知義務を明記すべきであろう。

 また、せっかく銀行取引約款に後見開始決定等の場合の届出義務を規定し、その旨通帳にまで記載されているのだから、法律違反としてこれを頭から無視するのではなく、なぜそのような規定を盛り込んでいたのか、よく考えてみる必要がある。以上の私の思考も、ここから始まっている。

 事実は小説よりも奇である。法律の教科書や論文よりも奇である。そのため、どんなに調べても、教科書や論文をうのみにしてはいけなくて、最後は事案との兼ね合いで自分の頭で考えなければいけないのである。
 このことは、弁護士はもちろん、検事も裁判官も同じはずなのだが……。