実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

改正相続法-特別受益者の相続分と生前贈与に対する遺留分侵害額請求(6)

2019-06-20 10:22:54 | 家族法
 そうすると、かなり前の受贈者の地位の安定が、最も大きい法政策上の理由ということになってくる思うのだが、そうだとした場合に、過去10年間までしか遡らないというのは、直感的な感覚としてあまりにも短すぎる。
 実際問題として、日本人の平均年齢が男女とも約80歳を超えたであろうか。そこで、Xが80歳で死亡したと考えた場合、過去10年とは70歳以後に行った贈与ということになる。今のご老人は元気な人が多いとはいえ、70歳と言えば、既に相応の年齢であり、その時点の子供といえば、もはや既に立派な大人である。一家を構えているのも普通であろう。そうだとすると、それ以後に、特別受益や遺留分算定の基礎となる生計の資本たる贈与をおこなうことは、それほど多いだろうか。むしろ、それ以前(例えば、子供の結婚時あるいは孫の出産時)に、家の贈与あるいは家を購入する資金の贈与という形で行われることが多そうな気がする。そうだとすると、生前贈与の相当部分が遺留分の考慮の外にされてしまう危険性が高そうな気がするのだが、どうなのだろう。

改正相続法-特別受益者の相続分と生前贈与に対する遺留分侵害額請求(5)

2019-06-12 13:26:21 | 家族法
 しかし、まず、後者の問題、つまり調査の負担や価格算定の負担等の問題は、あまり大きな理由にならなそうな気がする。なぜなら、遺留分権利者が請求できる遺留分侵害額を計算するに当たっては、法定の遺留分から、遺留分権利者が具体的相続分に応じて取得することとなる遺産の価格を控除することになるが、ここでの遺産の価格は、特別受益を考慮した具体的相続分そのものなので、結局のところ、その具体的相続分を算定するために、相当過去に遡って特別受益(すなわち贈与)があったかどうかの調査が必要になるし、その財産の価格を現在価格に算定し直す処理をする負担が必然的に発生するからである。
 おそらく、調査の負担や価格算定の負担が軽くなる場面を想定するとすれば、それは遺留分権利者の具体的相続分がゼロの場面、すなわち、特定の遺留分権利者に対する相続分をゼロとする遺言が存在する場合に限られるであろう。実際問題とすると、例えば長男に全遺産を相続させる旨の遺言がなされることはたびたびあり、このような場面で他の相続人の遺留分侵害額を計算する場合に、過去10年までの贈与に限ることによって、調査の負担や価格算定の負担は軽減することはありうるとは思う。しかし、それ以外の場面では、調査の負担、価格算定の負担は理由にならない。

改正相続法-特別受益者の相続分と生前贈与に対する遺留分侵害額請求(4)

2019-06-05 10:42:03 | 家族法
 このようないびつな関係になってしまった理由は、具体的相続分を算定するに当たっての特別受益は、死亡前10年より前までいくらでも遡って計算されるのに、遺留分を算定するための財産の価格における生前贈与は、死亡前10年間までの限られてしまったからである。
 これも、法政策の問題だと言ってしまえばそれまでのことではあるが、では、なぜこのような法政策を採用したのか。
 ものの本によると、過去10年に限定したのは、相続開始よりもかなり前に贈与を受けた受贈者の地位の安定性を確保する必要だという。別の本によれば、副次的な問題かもしれないが、相当過去に遡った贈与の調査や、その財産価格を現在価格に算定し直すことの負担の問題の解消もあるらしい。