とあるアパートに若(わか)い夫婦(ふうふ)が住(す)んでいた。ある日、隣(となり)の空(あ)き部屋(べや)に小さな娘(むすめ)を連(つ)れた若い女が引っ越(こ)してきた。夫婦の妻(つま)は、何度かその女性と顔を合わせるうちに仲良(なかよ)くなった。年頃(としごろ)も近かったこともあったのだろう。これは自然(しぜん)の成(な)り行(ゆ)きである。
休日(きゅうじつ)に、妻は女性を家に招(まね)いた。夫(おっと)に彼女のことを紹介(しょうかい)したかったのだ。夫は、その女性の顔を見て驚(おどろ)いた。その女性は、大学生(だいがくせい)のころ付き合っていた彼女だった。夫は、その彼女から妊娠(にんしん)を告(つ)げられたとき、彼女の前から逃(に)げ出した。一切(いっさい)の連絡(れんらく)を絶(た)ったのだ。
それ以来(いらい)の再会(さいかい)である。彼女は、まるで気づいていないのか…普通(ふつう)に挨拶(あいさつ)を交(か)わした。小さな女の子も、恥(は)ずかしそうに頭(あたま)を下げる。子供(こども)は四歳(さい)くらいだろうか…。夫は、この子があの時の…、自分(じぶん)の子供なのかと不安(ふあん)がよぎった。
妻は、お茶(ちゃ)の支度(したく)をしながら夫に話しかけていた。でも、夫はそんな話しなど、耳(みみ)に入らないようだ。見かねた女性は、夫の名前(なまえ)を呼(よ)んだ。名字(みょうじ)ではなく、名前である。夫は我(われ)に返って、思わず返事(へんじ)をしてしまった。妻は何で名前を…と不思議(ふしぎ)に思った。
女性は夫に言った。「やだ。覚(おぼ)えてないんですか? 同じ大学の後輩(こうはい)で――」
夫は慌(あわ)てて、「ああ、そうだ。思い出したよ。確(たし)か、学祭(がくさい)で知り合って……。いやぁ、あ、あの頃(ころ)と雰囲気(ふんいき)が違(ちが)うんで、ぜんぜん…分からなかったよ」
妻が口を挟(はさ)んだ。「何だ。知り合いだったの? わ~ぁ、これって、すごい偶然(ぐうぜん)よねぇ」
<つぶやき>本当(ほんとう)に偶然か? この後、何かが起こるかもしれません。自業自得(じごうじとく)だよね。
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