徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:ピエール・ルメートル著、『天国でまた会おう』上・下(ハヤカワ・ミステリ文庫)

2016年11月22日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『その女アレックス』をはじめとするヴェルーヴェン警部シリーズや『死のドレスを花婿に』など、いま最も読まれている外国作家ピエール・ルメートルの、ミステリーではない小説がこの『天国でまた会おう』上下巻です。文学作品を対象にしたゴンクール賞受賞作品で、地元フランスでは『冒険小説』に分類されることもあるらしいです。訳者は平岡敦氏。

原題「Au revoir là-haut」は、作者によると、1914年12月4日に敵前逃亡の廉で銃殺刑に処された不幸な兵士ジャン・ブラシャールが言ったという言葉の引用だそうです。ジャン・ブラシャールは、実際には敵前逃亡ではなく退却命令が出ていたことが判明し、1921年1月29日に名誉回復されています。

この原題の引用元が既に内容を暗示しているようでもありますが、実際には第一次世界大戦そのものの話ではなく、その後の話です。1918年11月、ドイツとの休戦間近の西部戦線で話が始まります。主人公アルベール・マイヤールは要領の悪い、臆病な一兵卒。彼は上官プラデルの突撃作戦最中の悪事に偶然気づいてしまい、その上官に塹壕に突き落とされ、近くに落ちた砲弾で飛ばされた土の中に生き埋めになってしまいます。実際一時心臓が止まっていたようですが、同じ隊に属する、実業家の息子で天才的芸術肌のエドゥアール・ペリクールに掘り返され、かなり独創的なやり方で蘇生させられます。一方同胞を助けたエドゥアールの方は砲弾の破片を顔にもろに受けてしまい、上の歯を残して顎を完全に失い、見るも無残な姿になってしまいます。アルベールはエドゥアールとそれまで親しかったことはなかったのですが、命の恩人ということで、彼の世話をかいがいしくし、上官プラデルの口封じ的嫌がらせにも負けず、エドゥアールの家に帰りたくないという希望を叶えるために、軍隊手帳をすり替えて、彼を戦死したことにして、別の戦死した孤児の兵士の名前を彼に与えて、無事に偽名で軍隊病院に移送させます。

その後アルベールが復員するまでに一波乱あり、復員後は移植手術を拒否したエドゥアールが退院した後、一緒に暮らしはじめます。フランス社会は戦没者は英雄化して褒め称えますが、復員兵、特に傷痍兵には冷たく、アルベールは低賃金の看板持ちの仕事をしながらないお金をやりくりしてエドゥアールの面倒を必死で見続け、エドゥアールは毎日無気力にされるがままになっている、という日常がしばらく続きますが、上巻の終わりの方になってその日常が天才(天災)的奇人エドゥアールの奇抜なアイデアによってどんどん崩されていきます。

一方プラデルの方は没落貴族の出で、家の再興を人生の目的にしていました。彼は休戦間際の突撃でドイツからわずかばかりの領土を奪還したという勲功のため英雄扱いされたのを皮切りに、実業家の娘マドレーヌ・ペリクール(エドゥアールの姉)と結婚し、次々に事業を成功させていきます。彼の下劣・卑劣ぶりが克明に描写されており、「よくもまあ」と呆れるばかりです。

さて、両者の人生の行方は?それは読んでからのお楽しみということで。下巻は特に問題が雪だるま式に大きくなっていくので、上巻よりもずっと緊迫感に溢れています。

作者あとがきによれば、この作品にはたくさんの文学作品からの引用が散りばめられているそうです。ホメロス、ヴィクトル・ユゴー、ラ・ロシュフーコー辺りは私でも知っていますが、他に列挙された作家たちの名前は全くアンノウン。それでも、この作品にかなり≪文学臭≫があることは感じ取れました。読んでる間になんとなく思い出したのがユゴーの『レミゼラブル』やゾラの題名はもう思い出せない作品いくつかでした。フランス的な、皮肉を含むリアリズムが共通するせいでしょうか?それほどフランス文学に精通しているわけではないので、何とも言えませんが。

そもそも私が文学作品を読み漁ったのは小学校高学年から中学校時代なので、今読み返したらまた違う発見や感想が得られるのかもしれません。母が中古で買ってきたか、どこからか譲ってもらってきたかした世界文学全集を与えられて、「全部読破してやる!」と野望を抱いて読み漁ったころが懐かしい。結局全部は読まなかったのですが。。。まあそういうことを思い出させるくらいにこの『天国でまた会おう』は文学臭がしたわけです。

割と陰惨な内容にもかかわらず、読者を引っ張っていく筆力は確かで、読後感は意外にもあっさりしたものでした。納得のいく結末とは言い難かったのですが、それはそれで「あり」かなと思えるくらいには宿命的で説得力のあるものと言えるかもしれません。

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