徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:海堂尊著、『スカラムーシュ・ムーン』(新潮文庫)

2018年04月01日 | 書評ー小説:作者カ行

ようやく文庫化されて手に取った『スカラムーシュ・ムーン』ですが、途中まで読んでどうも話が見えてこないので、前作である『ナニワ・モンスター』を読み直してから再度挑戦することになりました。この作品では『ナニワ・モンスター』で散りばめられた伏線が回収されるので、その内容がきちんと頭に入ってないと不明な点がかなり出てきてしまい、単独作としては読めません。

また時間軸としては桜宮市に建設された東城大付属のAiセンターが炎上してしまういきさつを描いた『ケルベロスの肖像』と重なり、『スカラムーシュ・ムーン』の主役である彦根新吾がその事件で打撃を受けたことが言及されるため、そちらも読んでおいた方がピンと来ると思いますが、知らなくても「そんな事件があった」くらいの言及なので内容理解に支障が出るわけではありません。同様に『ブレイズメス 1990』で登場した天才外科医・天城雪彦のモナコの遺産が彦根の戦略に重要な役割を果たしますが、そちらも知らなくても内容理解に支障はありません。

その他、「桜宮サーガ」と呼ばれる作品群の登場人物たち、たとえば『極北クレーマー』および『ブレイズメス 1990』の世良と、『ジェネラルルージュの凱旋』および『極北ラプソディ』の速水、田口・白鳥シリーズで【電子猟犬】とあだ名される加納警視正もほんのちょい役で登場します。「桜宮サーガの集大成」という位置づけらしいのですが、それなら田口・白鳥コンビもちょい役で登場させてほしかったですね。

肝心の粗筋ですが、『ナニワ・モンスター』で仕掛けた「キャメル・インフルエンザ」による浪速攻撃に失敗した警察庁が新たに吹っ掛ける「ワクチン戦争」の攻防がメインです。彦根はワクチンで攻められることを早くに予見して、ワクチン製造に必要な鶏卵を求めて加賀へ飛び、また「日本三分の計」の第一歩である西日本連合・浪速共和国独立のための資金調達のためにヨーロッパへ旅立ちます。クライマックスはAiセンター潰しでずっと敵対してきた斑鳩の部下で、今回の警察側の軍師である原田雨竜と彦根の対決となります。サイドストーリーとして加賀の養鶏所ナナミエッグの跡取り娘・まどかがワクチン製造のために有精卵製造・納品プロジェクトのためにプチエッグ・ナナミを立ち上げ、幼馴染たちの協力を得て試行錯誤する様が詳細に語られます。こちらの加賀ドラマは微笑ましい若者の成長物語でもあるので、物騒な医療界の大ぼら吹き・彦根新吾と霞が関が繰り広げる浪速攻防戦のスリルと対を成し、独特の味わいを醸し出しています。

『ナニワ・モンスター』単独だといまいちな感じでしたが、この『スカラムーシュ・ムーン』で完成する大きなドラマの前段としての重要性が両作品を読んだ後に分かります。というわけで、セットで読むことをお勧めします。

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