徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:太宰治著、『葉桜と魔笛』『駈込み訴え』(文春文庫)

2019年03月09日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

日本に年末年始に行った時に本屋で見かけた太宰治作品集の6・7番目に収録されている短編。

『葉桜と魔笛』(1939)は妻美知子の母から聞いた話がヒントになって書かれた作品。「桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。-と、その老婦人は物語る。-今から三十五年前、…」で始まる老婦人の物語は、まだ20歳で、父も妹も存命でしたが、妹は腎臓結核を患い、すでに手遅れの状態だったため、妹を元気づけようとした姉の優しさ、それをすべてわかって受け取る妹の優しさが溢れる物悲しい中にも心温まるお話です。

「老婦人」とありますが、20歳が35年前なら、現在の年齢は55歳で、現代的感覚ではとても「老婦人」とは言えない年齢ですよね。そのことに改めて驚きを感じましたが、お話自体は美しい姉妹愛の物語として気持ちよく読めます。

「軍艦マアチの口笛」というのが軍事国家の世相を反映している唯一の要素です。


『駈込み訴え』(1940)は、ユダがイエス・キリストを売る際の口上です。ユダの視点からイエス・キルストに対してどのような感情を持っていたのかが切々と語られます。イエスに対する純粋な愛情と憧れる一方、彼のためにしてきたことが彼に認められずむしろ蔑まれていることに憎しみを覚え、彼の他の弟子たちや娼婦に対する優しさに嫉妬を覚え、イエスは酷い、嫌な、悪い人であると訴えずにはいられない、愛憎入り混じる混乱が浮き彫りになっています。商人ゆえに、金銭ゆえに「優美なあの人(イエス・キリスト)」からいつも軽蔑されてきたと言い、最後には自分は商人で何が悪いと開き直って密告の報奨銀三十を半ばやけくそで受け取る様子は気の毒なくらいです。報われない思いゆえの復讐。

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