徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:アイザック・アシモフ著、『黒後家蜘蛛の会 新版 全5巻』(創元推理文庫)

2019年03月02日 | 書評ー小説:作者ア行

アイザック・アシモフはSF作家だとばかり思ってましたが、推理小説も書いていたということを文藝春秋(2012)の『東西ミステリーベスト100』を介して知りました。この『黒後家蜘蛛の会』は海外編の66位にランクインしています。決して高いランキングではありませんが、ちょうど新版が出たばかり(2018年4月)ということで読んでみることにしました。推理短編集で、1巻に12編収録されています。1972年から1989年にかけて発表された作品群です。各巻それぞれに2~3編の未発表作品が収録されています。一度没になった作品か書下ろし作品だそうですが。

内容と感想

月に一度レストラン・ミラノに集まって会食する女人禁制の紳士クラブ『黒後家蜘蛛の会(ブラックウイドワーズ)』。メンバーは暗号専門家のトーマス・トランブル、特許弁護士のジェフリー・アヴァロン、推理小説家のイマニュエル・ルービン、有機化学者のジェイムズ・ドレイク、画家のマリオ・ゴンザロ、数学教師のロジャー・ホルステッド、そして給仕のヘンリー(・ジャクソン)。

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まだ連載が考えられていなかった第1作の「会心の笑い」だけは給仕のヘンリーが謎の張本人であるために、推察ではなく「回答」を提示していますが、それ以外の作品では紳士方があれこれと議論を交わした後にヘンリーが「おそれながら」と自分の推察を披露します。

話しのパターンは、食事が始まる前の会話、食事の様子(短い描写のことが多い)、ゲストの尋問、謎解きの議論、ヘンリーの締めとなっており、この定型が崩されることはほとんどありません。ミステリーは謎が最初に提示されることが多いですが、『黒後家蜘蛛の会』では食後のコーヒーが行き渡った後に、つまり中盤になってから、主にゲストによって初めて謎が提示されます。謎の範囲は広範で、殺人事件もなくはないですが、科学・文学・雑学・スパイ行為・その他の犯罪などが取り沙汰されます。そしてレストラン・ミラノのクラブルームにはありとあらゆる百科事典や人物名鑑などの資料が取り揃えられており、皆が議論している間にヘンリーがそれらを調べて回答を見つけて来るということもままあります。レストランにそんな資料が取り揃えられているものなのかどうか疑問に思ったりもしなくはないですが(笑)

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ミステリーというよりはとんち話やクイズに近いと思いますが、そうした謎解きそのものだけでなく、その前座や謎が出題されてからの議論の知的会話や、時になぜそれで友達なのか?と不思議に思うほど悪態をつき合う様子、あるいは推理小説家のイマニュエル・ルービンの友人としてさりげなくアシモフ自身が話題に上り、たいていはぼろくそにけなされるなどのご愛敬、そして各作品ごとにあるあとがきで「これは没になった」とか「題名を変えられた」とかどこで着想を得たとかそういったことが書かれており、これもまた楽しいのです。

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第3巻の「ミドル・ネーム」で『黒後家蜘蛛の会(ブラックウイドワーズ)』の創設エピソードが紹介されるのですが、奥さんから逃げ出して心休まる場所が欲しかったという願いが女人禁制の会となり、クラブの名前は、「黒後家蜘蛛は交尾の後で雌が雄を食い殺す習性があるが、自分たちは断固生き延びようという決意を込めて」決められたというのがまたおかしみがあります。男性読者はもしかするとここで共感するのかも知れませんが。

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第4巻ではシリーズの定型が破られ、女性が謎を持ちこむ「よきサマリア人」や、突然押しかけてきた若い客人の悩みを解決する「飛入り」などが収められています。こうした「例外」に対するメンバーの反応がまた愉快です。

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第5巻の前書きで、登場人物たちのモデルとなった人たちが実名で紹介されます。このシリーズの安楽椅子探偵とも言うべきヘンリーだけはモデルがいないそうですが。ルービンのモデルとなっているレスター・デル・レイはアシモフの親友で、周囲の人からもルービンは「生き写し」と評価されていたそうですが、本人だけは頑として似ていないと主張していた、とかいう裏話も面白いです。

作品としては5巻60編のうち第1作の「会心の笑い」が一番よかったと私は思います。たぶん種明かしが心底納得できるものであったので一番印象に残っているのだと思いますが。