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書評:有川浩著、『空飛ぶ広報室』(幻冬舎文庫)

2016年05月22日 | 書評ー小説:作者ア行

『県庁おもてなし課』に引き続き糖度控えめの有川小説『空飛ぶ広報室』を読みました。

この小説は航空幕僚監部広報室室長から直々に「航空自衛隊をネタに小説をお書きになりませんか」と売り込みをかけられて誕生したものだそうです。この室長さんが作中のミーハー鷺坂広報室長のモデルになっているとか。丹念な取材や実話エピソードが元になっているので、リアリティー100%です。解説を執筆した鷺坂広報室長モデルの某氏も「現職の航空自衛官やOBが見てほとんど違和感がありません」と太鼓判を押すほど。日常で自衛隊と無縁でも、自衛隊ワールドby有川にどっぷり染まっている読者なら「自衛官もフツーの人間」というのが常識になっていると思いますが、そうでない人にはもしかすると意外な発見かも知れません。

さて、ストーリーの方ですが、空自の花形ブルーインパルス配属の内示が出ていたパイロット空井大祐二尉が不幸な交通事故に巻き込まれてP免すなわちパイロット資格剥奪になってしまうところから始まります。この空井君はブルーに子供のころから憧れ、それが高じて自衛隊入りし、パイロットになったようなものなので、この突然のリタイアによるショックはかなりのもの。彼は総務部に回され、その後航空幕僚監部広報室へ配属、広報官としての道を歩み始めます。そんな彼にぶつけられたのが元サツ周りの記者という帝都テレビの「帝都イブニング」番組ディレクター稲葉リカ。自衛隊担当に就任したばかりで自衛隊知識皆無の責(攻)めの取材に慣れた強烈な女性。自衛隊嫌いも影響してか、空井の「事故でパイロットを辞めた」を業務中の航空事故と勘違いして「原因は?」「いつ?」「そんな報道はされてなかった。隠蔽か?」と矢継ぎ早に追及してしまうほどフライングがちな猛烈ぶり。ある日題材探しの打ち合わせで、空井が戦闘機パイロットを提案した際、彼女は「興味ありません」、「だって戦闘機って人殺しのための機械でしょう?そんな願望がある人のドラマなんか、なんで私が」とかましてしまい空井を逆上させてしまいます。「…思ったこと、一度もありませんっ!」「俺たちが人を殺したくて戦闘機乗ってるとでも、」と大声を出した彼の傷ついた顔に彼女は「ジエータイ」という記号の下に生身の人間がいることを初めて自覚し、傷つけてしまった感触に愕然としてしまいます。

私はこのやりとりがとても象徴的だと感じました。職業差別も相手が自衛隊なら許される的な感覚を少なからず持っている人が多いということでしょう。作中の空井君はその後鷺坂室長から「広報は自衛隊を理解してもらうために存在してる。不本意なことを言われるのは広報の努力が足りてないせいだ。パイロットである空井大祐が『なんでこんなことを言われなきゃならないんだ』と思うのは当然だ。だが、広報官の空井大祐は同じことを聞いて思うことが違わなきゃならん」と諭され、心機一転仕事に励みます。物語は概ね彼を中心に進行しますが、室長を始め同僚たちのキャラも魅力的で、それぞれの物語を紡いでいます。特に広報室の報道班に属する「残念な美人」の同僚柚木典子三佐の物語は日本で働く女性ならではの苦難があり、また元猛烈記者の稲葉リカの苦悩と挫折の物語も同じ女性として共感せずにはいられません。

この『空飛ぶ広報室』は2011年に発行される予定だったそうですが、3・11が起こり、ブルーインパルスの母基地である松島基地が大きな痛手を受けて、その松島基地と空自広報の3・11に触れまいまま本を出すことはできないと判断し、急遽『あの日の松島』を加筆して2012年夏に発行される運びとなったそうです。

『あの日の松島』は本編『空飛ぶ広報室』のスピンオフのような短編ですが、被災の様子とか隊員たちの活動とか悲惨な現場にじかに接することで傷ついてしまってる隊員たちの心などが細やかに描写されていて、思わず涙してしまいます。なのに空自広報官空井がマスコミの代表としての稲葉リカに願うことは「自分たちをヒーローにしてほしくない」。「僕たちに肩入れしてくれる代わりに、僕たちの活動が国民の安心に繋がるように伝えてほしい」、「自衛官の冷たい缶メシを強調されて、国民は安心できますか?被災者のごはんも同じように冷たいのかって心配しちゃうでしょう?自衛官のメシが冷たいのは、被災者の食事を温めるために燃料を節約してるからです。僕らが冷たい缶メシを食べていることをクローズアップするんじゃなくて、自衛隊がいたら被災者は温かいごはんが食べられるということをクローズアップしてほしいんです。自衛隊は被災地に温かい食事を届ける能力があるって伝えてほしいんです。それはマスコミの皆さんにしかできないことです」。この清廉さには泣けますね。

私も自衛隊にはいろいろ思うところはありますが、それはあくまでも組織の憲法上の位置づけや政治的扱いの問題であって、その組織を構成する一人一人の動機や気概や覚悟といったものをはなから否定するものではありません。

さて空井・稲葉カップルはカップルになるのかなあと生温かく二人の歩み寄りを見ていましたが、なんか恋人にまでなりませんでしたね。「稲葉さんの仕事をずっと見ています」で終わってしまいました。TVドラマの方では結婚したらしいですけど、二人の職業的立場からすると現実的にはかなり難しい関係なのではと思います。だから、原作の方がリアル、ということなのでしょうね。

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