昨日(2016年7月7日)、ドイツ連邦議会で性犯罪刑法改正が議決されました。性犯罪刑法改正は1997年に「夫婦間における強姦罪」が加えられたのが最後で、実に約20年ぶりの改正となります。今回の改正は2011年に公示されたイスタンブール協定をドイツ国内法に反映させたものですが、なぜこんなに長い間改正されなかったのか謎です。
イスタンブール協定では「いかなる性的行為も、同意の上でなければ罰せられる」というのが原則です。「ノーはノー」の原則と俗に呼ばれています。
これまでのドイツの刑法では、犠牲者が体でもって抵抗したことや、暴力行為による性行為の強要、あるいは犠牲者が抵抗不可能な状態を利用した性行為であることなどが強姦罪が成立する前提条件でした。「いや」と言っただけだったり、相手を突き放そうとするなどの「軽い」抵抗だけだったり、弱みを握られて強迫されたり、あるいはただ単に恐怖から無抵抗になってしまったりした場合は強姦罪が成立しませんでした。それが、今回の改正によって「拒否と分かる意思表示」を無視した上で性行為に及んだ場合でも強姦罪が成立することになりました。
さらに、同意なしに相手の体に性的な意味を持って触れること(いわゆる痴漢行為)もセクハラ罪として認められることになりました。これまではそうした痴漢行為は信じられないことに刑罰の対象ではなかったのです。
新しく導入された項目はさらに二つあり、どちらも大晦日の夜にケルンで起こった女性襲撃多発事件を念頭に置いた罪の定義と罰則です。一つはグループ犯罪で、グループ全員が罪に問われること。つまり集団で犠牲者に性的嫌がらせやレイプに及んだ場合、たとえそのうちの一人が具体的な行動をしていなかったとしても、その場に居合わせていれば、それだけで犠牲者の逃亡の邪魔をしていることになり、助ける義務を怠ったと見做され、実際にレイプに及んだ人たちと同様に処罰の対象になる、ということです。これには異論が多く出ています。刑法は個人の犯した罪を裁くもので、連帯責任のようなものは憲法に反する、という見方です。私自身、レイプしてないのに強姦罪に問われるのは問題だと思います。強姦幇助罪ならまだ理解できるのですが。
もう一つの項目は移民・難民が性犯罪を犯し、実刑判決を受けた場合、滞在許可取り消し・祖国送還が罰則として付け加えられたことです。これまではよほどの重犯罪でない限り、ドイツ国内で服役することになっており、祖国送還は不可能でした。「犯罪を犯すような外国人をドイツ国民の税金で刑務所で養ってやる必要はない」というような国民感情を反映したものですが、その犯罪者の【祖国】がどこであるかによってはやはり人権問題であり、ジュネーブ条約に違反することになりかねません。
今回の法改正4点のうち、最初の2点は、女性の性的自立権を認める歓迎されるべきものですが、後の2点は議論の余地があるものとなりました。
この法改正でも変わらないのは、立件の難しさです。年間約16万件の強姦事件がドイツでは届け出られますが、うち有罪判決はおよそ1000件のみです。
目撃者がいたり、犠牲者の体に明らかな痕跡が残っている場合は別ですが、それ以外は基本的に証言対証言の水掛け論になる可能性を常に孕んでいますし、暗に女性の側の自己責任があるかのように警察側が真剣に取り上げず、調書がいい加減になるという事例も少なくありません。派手な服装をしていたとか、夜暗い道を一人で歩いてたとか、クラブに出入りしていたからその気があると思われても仕方がない、とかいうような男性側の都合のよい決めつけが幅を利かせることが往々にしてあるのは何も日本に限ったことではありません。ただ、仮に犠牲者の女性が不注意だったとしても、強姦罪が成立しないというのはあまりにも理不尽な話です。例えば誰かが人通りの多いところにあるカフェに座って、テーブルの上にお財布を置いたとします。それでそのお財布を盗まれてしまったとして、確かに犠牲者側の不注意がありますが、窃盗罪が成立しないなんてことはありません。人の体よりも所有物の方が法で手厚く守られているというのが現実問題としてまだ解決されていません。
参照記事:
ZDFホイテ、2016.07.07、「性犯罪刑法厳格化:ノーはノー」
南ドイツ新聞、2016.07.07、「触るのは犯罪行為」
おさわりが犯罪ではなかったことから、その場にいた共謀者も同罪になるとは極端に踏み込んでいて興味深いです。
滞在許可の取り消しはこちらで知ったので有り難いです。