徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

パリ同時多発テロはNATO同盟事態(?)

2015年11月15日 | 社会
パリ同時多発テロを指して言った仏大統領の「これは戦争行為である」の言葉の重みにどれだけの人が気付いているでしょうか?
私も聞いた瞬間にピンと来たわけではなく、ドイツ政治家たちの一部が「これはNATO同盟事態(集団自衛権)の発動か?」と議論し出してから、そのヤバさに気付いた次第です。
つまり、今回のテロはフランスへの『外部からの攻撃』に相当すると正式に認定された場合、同盟国はフランスの軍事協力要請を拒否することなど、そう滅多やたらなことではできなくなるわけです。それが『同盟事態(Bündnisfall)』。日本語では「集団自衛権の発動」と言っているようです。日本語擁護に含まれる「権利」の部分が今一つドイツ語のニュアンスとかみ合わないので、ここではドイツ語からの直訳『同盟事態』のままで通します。

まずは金曜夜の事件の復讐から。主にツァイト・オンラインの「パリ襲撃時系列」という記事を参照しました。

Stade de France(サッカースタジアム)&Rue des Trémies:サッカー試合ドイツ対フランスが開催中のスタジアム。オランド仏大統領とシュタインマイヤー独外相も臨席。観客約8万人。試合開始16分後、21:20に最初の爆発音。Avenue Jules Rimet側のDゲート前で自爆テロがあり、犯人及び通行人一人が死亡。犯人はシリアのパスポートを所持していました(偽造あるいは盗品パスポートと見られています。パスポート所持者は10月にギリシャ・レスボス島で登録され、その後セルビアでも登録されていました)。10分後にHゲート前で自爆テロ。犯人のみ死亡。彼は入場券を持っており、恐らく入場後に自爆する予定だったと考えられます。警備員に怪しまれて入場できなかったようです。犯人はフランス人とのこと。
21:52、スタジアム近くのRue des Trémies にあるマクドナルドで自爆テロ。ここでも犯人のみ死亡。この犯人もフランス人とのことです。犯人らは最後にベルギーのイスラム過激派の牙城となっているらしいモーレンベークに住んでいたようです。

Rue Bichat-Rue Alibert交差点:パリのおしゃれなお出かけスポットで、週末の賑わいの中、21:25に黒いSeat Leonが現れ、カラシュニコフを持った襲撃者がLe Carillonという角のビストロを銃撃。その後向きを変えて、通りを挟んだ向かい側にあるカンボジアレストランLe Petit Cambodgeを銃撃。現場ではカラシュニコフの直径7.62の薬莢100発以上が発見されました。15名死亡。10名負傷。

Rue de la Fontaine au Roi:Rue Bichat-Rue Alibert交差点から1kmほど離れた繁華街で、21:32にCafé Bonne Bièreというカフェが、21:36にPizzeria Casa Nostraというイタリアンレストランがやはり黒のSeatに乗った犯人にカラシュニコフによる銃撃を受けました。死者5名、負傷者8名。ここでもカラシュニコフの直径7.62の薬莢100発以上が発見されました。

Rue de Charonne:Rue de la Fontaine au Roiから直線距離で2㎞離れたLa Belle Équipeというレストランで黒のSeatが止まり、またしてもアサルトライフルで銃撃、19名が亡くなりました。9人が重傷を負いました。目撃者の証言ではここから犯人たちはBoulevard Voltaire 方面に逃げていったそうです。

Boulevard Voltaire:このブルヴァールが広場のように広がっている所にあるBrasserie Comptoir Voltaireというカフェで21:40に1人の男性が自爆テロ。弾薬はStade de Franceの自爆テロで使われたものと同じだ、と仏検察のフランソワ・モーランは言っています。死亡したのは犯人のみ。負傷者1人。この自爆テロ犯がどのように現場に来たのかは不明。

Bataclan:アメリカのインディーバンドEagles of Death Metalのコンサート開催中。1500人収容のホールは満席。21:40にベルギーナンバーの黒いVW PoloがBataclan前に止まり、カラシュニコフで武装した男性3人が車を降りてホールに突入し、入り口付近で「アラーフ・アクバル」と叫びながら銃撃を開始。倒れる人たち、逃げ惑う人たちで会場はパニック。ここでは犯人たちは逃げずに人質を取って立てこもりました。0:20に警察が突入し、犯人の一人を射殺。彼が身に着けていた自爆用の爆弾が爆発しました。その直後、あとの二人もそれぞれ爆弾を取り付けたベストに点火し、自爆しました。Bataclanでは89名が死亡。負傷者多数。
翌日、犯人の一人が千切れた指からDNA鑑定で同定され、フランス諜報機関で既に要注意人物として知られていたフランス人と判明しました。1985年11月21日生まれ、パリ南部のエソンヌ、Courcouronnesの出身とか。

AFPからツイッターで地図とタイムラインが出ています。マクドナルドの住所がRue de la cokerieとなってますが、上記のRue des Trémiesと同じ店です。角地なので通り二つに面しています。



事件後の世界の反応はトリコロール。


もちろんこうした反応に違和感や反感を覚える人たちも少なくないでしょう。犠牲者への追悼は理解できるにせよ、パリの前に起きたベイルートのISによる連続自爆テロ事件で亡くなった41名(43名という報道もあり)はどうなんだ、不公平じゃないか、というわけですね。「200人以上が亡くなった」というツイートもありますが、それは誤報です。200名以上というのは負傷者の数です。
そして、世界メディアは欧米が支配しているからだ、とか欧米列強批判が出てきたり、テロはやらせだとかいうデマを振りまく人も出てきています。
ただ、ちょっと待ってください。ベイルートのテロ現場はショッピングモールで、シーア派のテロ組織ヒスボラの牙城です。この組織はシリア内戦にアサド政権側に立って参戦してします。もちろん犠牲者全てがヒスボラ関係者というわけではなかったでしょう。シリア内戦に参加するヒスボラのとばっちりを受けただけの人たちが多かったと予想されます。メディアも世界もこの事件を無視したわけではありません。ちゃんとメジャーメディアでは報道されていましたし、派手なライトアップこそしなかったにせよ、例えばシュタインマイヤー独外相などはすぐに犠牲者へのお悔やみを表明していました。『報道されなかった』と騒ぐ人たちは自分たちの目にはその報道が入らなかったと言っているようなものです。
ただ、レバノンは、2006年のイスラエル・レバノン紛争停戦後、国連平和維持軍が駐屯していて、ヒスボラの非武装化を政府ともども目指しているのですが、遅々として進まず、まだまだ政情不安定な状態です。そういう国の国旗を追悼の意を表して掲げるのは、政治的意味合いがフランスのトリコロールとは全然違ってきてしまうのではないでしょうか?
また、メディアの扱いの差ですが、これもニュースヴァリューの違いにすぎないでしょう。イラクやシリアでもたくさんの人たちが亡くなっていますが、両国は内戦中なのです。従って、一つ一つのテロ事件をジャーナリストが追えない、という事情もありますし、【内戦中のテロ行為の一つ】という位置づけですから、内戦地域から遠く外れた平和である筈のフランス首都で起きたテロとは珍しさの違いが明らかです。そして、珍しいほうがニュースバリューが高いのは自明の理ではありませんか。レバノン・ベイルートは地理的な近さとヒスボラのシリア内戦参戦により抗議の意味で内戦拡大地区とみなせます。だから、【珍しさ】という観点から見れば、パリよりもニュースヴァリューが低くなるわけです。それによって犠牲者の命の価値に差がつけられているわけではなく、報道とはそういうものだ、ということを理解する必要があるでしょう。

本日トルコのベレックで開催されたG20サミットでも、パリ同時多発テロは大きなテーマとなりました。メルケル独首相はG20会場でのインタビューで、「私たち(G20)はいかなる形のテロリズムよりも強いということを示さなければなりません」と発言しました。明日にはG20の共同声明が出ることでしょう。
またガウク独大統領もオランド仏大統領やザルコジ仏前大統領同様「これは新しい形の【戦争】である。」と連邦議会で演説しました。
レトリック的に既に戦争が始まっています。フランスは既にあまりかと報復措置について話し合った、とのことですが、どのような措置かは具体的なことは一切明らかにされていません。フォン・デア・ライエン独防衛相は「現時点では何もかも推測に過ぎない」とNATO同盟事態が発動される可能性について慎重論を唱えていますが、可能性の一つであることには違いありません。
最後にNATO同盟事態が発動されたのは2001年9月11日のアルカイダによる同時多発テロの後でした。本来海外派兵に消極的なドイツもやむなくアフガニスタンに派兵し、主に警察官教育や復興支援、兵站支援などを担ってきました。この14年間、何も解決せず、終わっていないことを政治家たちはしっかりと念頭に置くべきです。今後のフランスの出方にもよりますが、難民問題も併せて複雑化していくのは避けられません。
ISの犯行声明によれば、「カリフの忠実な軍隊が性的不道徳と悪徳の首都を攻撃した」とのことですが、これは広く「自由かつ開放的な社会への宣戦布告」と解釈されているようです。だから自由主義社会の「私たち全て」が攻撃されたのだ、と。この解釈の背景にはもちろんNATO同盟条項の「NATO加盟国の一国への攻撃は全てのNATO加盟国への攻撃である」にもあることは否めませんが。精神的には腐敗も含む【自由】対必ずしも正統とは言えないイスラム原理主義的【戒律】、という構図でしょうか? 冷戦時代を彷彿させるイデオロギー対立ですね。対共産主義が対イスラム過激派にとって代わっただけのようにも見えます。これが、21世紀的世界秩序なのでしょうね。その構図の中でたくさんの人たちが逃げまどい、また命を落としていくわけで、前世紀の反省など無きに等しいです。違いは国対国の戦争ではないことぐらいではないでしょうか。
イスラム過激派に走る若者たちの言い分に、ちょっとだけ耳を傾けてみると、きっかけが例えばサウジ王政に対する不満、格差の拡大や失業率の上昇だったりします。シリアでのアラブの春に倣った平和的デモが武力行使で制圧されたように、サウジでも不満分子は徹底的に弾圧されています。アルカイダやISは、思想的にはサウジアラビアのサラフィー主義の系統をひいています。組織の成り立ちには米軍が深くかかわっていた、ということはよく知られていますが、ここで言及しているのは組織としてすでに成り立った後にそれに賛同する人たちのことですので、ご了承ください。
政府の圧政への不満は理解可能ですが、その弾圧に対抗し、将来の希望をイスラム原理主義に見出すあたりは、西側の退廃文化で育った私には全く理解不能です。それでも、弾圧する為政者と仲良くする西側諸国にも憎しみの矛先が向くのは仕方がないことかもしれません。根本的な解決のためには中近東独裁諸国の社会的不平等を是正する必要があります。若者たちが将来の希望をテロやイスラム原理主義ではなく、別のところに、つまり、それなりに平等な社会におけるそれなりの仕事などに見出せるような改革が必要なのです。空爆も、地上戦も命を失うばかりで、新たな憎しみは産みますが(だから終わりがない)、新たな希望は産みません。そのことを冷静になって、みんなに考えてほしいと思います。



余談ですが、ドイツ政府は空港や駅や政府関係建物の警備を強化すると同時に難民収容所の保護警備も強化するよう指示を出しました。これは実に理にかなった措置です。これがなかったら、あっという間に数件の難民収容所または収容予定地が放火にあっていたことでしょう。