道彦の散歩道

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09/10 回転寿司

2013年09月10日 | 食・レシピ

「回転寿司」とは、各種の寿司を載せた小皿を客席沿いに設置されたチェーンコンベア上に連続して循環させ、半セルフサービス型の安価な寿司店の形態。

『概説』
価格は通常、皿の色柄によって何種類か分かれており、食後に皿の枚数を数えることで精算を行う。欲しい種類の寿司が流れてこない時や、汁物、飲み物などは、客が別途注文を出すことになる場合がある。既に回っている種類の寿司であっても、新たに頼んで握ってもらうこともできる。

客席はコンベアの高さにカウンターが設置された席と、ややコンベアより低い高さにテーブルとソファが設置されたボックス席とがある。客層としては家族連れなどが多い店は相対的にボックス席の比率が高い。

寿司以外には副食類や飲み物、デザートなどを回している店もある。客層に児童や高齢者を含んだ客層を想定し、わさび抜きや量を控え目に握ってある店舗では、追加用の無料わさびが回っていることもある。

『形式』
店内の形状には、飲食スペースと同じ室内に寿司職人が位置し、これを囲むようにコンベアと客席が配置された対面型のものと、飲食スペースと厨房が分離され、飲食スペースには厨房内から延びたコンベアと客席のみが設置されている非対面型のものとがある。対面型は従来のカウンター式寿司店と似た形状であり、初期の回転寿司店は皆この形状をとっていたが、客の目の前で調理するため寿司職人未経験者や機械の導入がしづらく、低価格店を中心に非対面型が増えている。

『歴史』
大坂の立ち食い寿司店経営者・白石義明が、ビール製造のベルトコンベアをヒントに、多数の客の注文を低コストてで効率的にさばくことを目的として「コンベア旋廻食事台」を考案し、1958年、大阪市布施市(現在の東大阪市)の近鉄布施駅北口に最初の回転寿司店である「元禄寿司」を開いた。

西日本で店舗展開していた元禄寿司に対して、宮城県の「平禄寿司」が東日本での元禄寿司の営業権契約を獲得し、一号店の誕生から10年後の1968年、仙台市に元禄寿司のフランチャイズ店を開店した。元禄寿司によると、これが「東日本で初めての回転寿司店」だという。
1970年に開催された日本万国博覧会に元禄寿司が出展し表彰されると一気に知名度が高まり、従来の寿司店の高級化傾向に対し、低価格さ、手軽さ、会計の明朗さで大衆客のニーズをとらえた。1975年には、北関東の元禄寿司フランチャイズ事業者が郊外への出店を始め、これが郊外型店舗が増加するきっかけとなった。1970年以降、元禄寿司のフランチャイズは全国的に広まり最盛期には200店を超えた。

さらに、1978年に「コンベア式附調理台」の特許権利が切れると、現在の大手となる企業など新規参入が相次ぎ競争が激化した。また、元禄寿司をフランチャイズ展開していた企業も、自前のブランドを掲げ独立していった。元禄寿司は飲食店の名称として「まわる」、「廻る」、「回転」などを商標登録しており、後発の他店は「回転寿司」の名称を利用できない状況が続いていたが、1997年に元禄寿司は飲食店における「回転」の使用を解放している。

『設備』
寿司を回転させるコンベアは、ほぼ100%石川県で製造されており、金沢市の石野製作所が約60%、白山市横江町の日本クレセントが40%のシェアである。1974年には石野製作所が「自動給茶機能付きコンベア」を開発し、以後「湯呑搬送コンベア」、「鮮度管理システム」など、両社により新機能が開発されている。

対面型店舗では、皿を載せたコンベアは時計回りに回転するものが多く、これはカウンター席で箸を持った右利きの人が取りやすいようにとの配慮によるものである。

低価格店を中心に作業効率の向上策として、通常のコンベア以外にも様々な独自設備が盛に導入されている。
使用済みの皿を効率的に回収できるように、カウンター内部に皿回収溝が流れている店もあり、客席ごとに皿の投入口が設置され、皿を投入すると数が自動計算され価格が表示されるようになっていいる。
更に、皿の裏に二次元バーコードやICタグを付けることにより、鮮度管理、売れ筋分析、会計処理効率化を行うなどIT化も進んでいる。

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