【ゆば】
「ゆば」は、大豆の加工食品の一つ。
『概説』
豆乳を加熱した時、ラムスデン現象によって液面に形成される膜を、竹串などを使って引き上げた物で、植物性蛋白質に富む精進料理の材料である。
豆腐との最大の差は製造方法である。豆腐は凝固剤を使用して、大豆の植物性蛋白質を凝固させたものであり、ゆばは凝固剤を使用せず、加熱により大豆の植物性蛋白質が熱凝固したものである。しかし、ゆばは凝固剤を使用しないため、大豆からできる製造できる量は約10分の1程度と少ない。
精進料理の材料として、日本のゆばは約1200年前に最澄が中国から仏教・茶・ゆばを持ち帰ったのが初めといわれ、日本最初のゆばは、現在の京都府京都市と滋賀県大津市の間に位置する比叡山の天台宗総本山の延暦寺に伝わり、比叡山麓の坂本に童歌に「山の坊さん何食うて暮らす、ゆばの付け焼き、定心坊」として唱われたことが歴史的な記録に残る。
ゆばは姥の訛りであり、黄色く皺のある様が姥の面皮に似ていることからそう言われるようになったとの俗説がある。
『日本のゆば』
日本で最初にゆばの伝わった比叡山麓の京都や近江(現在の滋賀県大津市)、日光、身延といった古くからの門前町が産地として有名で、京都と身延では「湯葉」、日光では「湯波」と表記する。
日本では、引き上げた湯葉を生湯葉と呼び、料理の材料にするが、刺身と同様にそのまま食べる。普茶料理でもよく使用される。
京都の湯葉は膜の端に串を入れて引き上げるため一枚なのに対し、日光の湯波は膜の中央に串を入れて二つ折りにするように引き上げるため二枚重ねむとなる。このため、京都の物は薄く、日光の物はボリューム感のある物になる。
また、関西の湯葉は生または自然乾燥させることが多く、日光の物は生または油で揚げられることが多い。
生湯葉のほかに、生湯葉を乾燥させた「干し湯葉」、半乾燥の状態のうちに巻いたり、結び目を作った「結び湯葉」など、様々な種類が市販されている。巻いた状態の物は吸い物の具にされることが多く、シート状のものは、復して各種の湯葉巻き料理にされることが多い。
『中国のゆば』
中国では、シート状に干した「腐皮」と、棒状に絞ってから干した「腐竹」が多く、日本の湯葉のような巻いた形状で市販されることは稀である。結んだ状態の「腐皮結」は中国でも作られている。
浙江省の杭州は、「腐皮」の産地として知られており、名物料理のひとつに、湯葉を素揚げした「胎炸響鈴」という料理がある。
香港や広州でよく見られる広東料理の点心として、豚肉・シイタケ・ニンジンなどの拍子切りを湯葉で巻き、オイスターソースなどて煮てから、蒸籠で蒸した「鮮竹捲」がよく食べられている。
台湾の湯葉は、豆皮と呼ばれており、雲林省は「豆皮」の産地として知られている。
【高野豆腐】
「高野豆腐」とは、豆腐を凍結乾燥させた保存食である。
乾燥状態では軽く締まったスポンジ状で、これを水で戻し、だし汁で煮込むなどして味を付ける。
『歴史・名称起源』
冬期に豆腐を屋外に放置してしまったことから、偶然に製法が発見されたと言われている。
俗に高野山で製造される凍り豆腐が、精進料理の一つとして全国に広まったものとされるが、実際には、東北地方にも凍み豆腐と呼ばれる同じ製法の保存食があり、こちらは戦国大名伊達政宗が、兵糧研究の末に開発したという伝説がある。
中国にも同様の食品があるので中国から伝来した可能性も高い。
寒さの厳しい地方では、場所に限らず偶然の産物として発見され、普遍的に生産されてきた食品と見られる。
高野豆腐と呼ばれるに至ったのは、江戸時代において高野山の土産物として珍重されたからとも言われている。江戸時代においては最も流通した物がその販売地、販売者の地名を冠することがあり、これもその一つである。
高野豆腐の名称は現在では全国に広まっているが元は関西圏で広く用いられていた名称で、甲信越地方・東北地方・北海道では凍み豆腐め凍り豆腐と呼ばれていた。これらの地方で作られる伝統的な製法の凍り豆腐は、縄で数個ずつ豆腐を連ねて軒先に吊して作るので、その形から「連豆腐」とも呼ばれている。大坂では「ちはや豆腐」という呼び名もある。古くは氷豆腐と表記されることもあった。
東北地方では製造途中の凍ったものを凍り豆腐として冷凍販売し、乾物の状態のものを凍み豆腐として区別して販売されているため、注意が必要である。
日本農林規格では、凍り豆腐が正式な名称となっている。
寒冷地で発達した食品であることから、現在では長野県が日本最大の生産地である。高野山近辺では現在製造されていない。
『製法』
最も伝統ある製法では、硬く水切りした豆腐を適当な大きさに切り、寒中の屋外に放置する。夜間は凍結し、日中に溶けることを繰り返すうちに完全に水分が抜け乾物となる。
水分が凍る時、内部に無数の氷の結晶ができる。溶ける際にその部分が小さな穴として残る。こうしてスポンジ状の多孔質の高野豆腐ができあがる。甲信越・東北・北海道および高野山での古い作り方とされる。
高野山では古くは上記の伝統製法で作っていたが、時代が下るに従い製法に工夫が施され独自の製法が確立されていった。夜間に凍結した豆腐が日中溶けてしまわないように、専用の氷室に入れて数日間熟成させ、その後に解凍し乾燥させる。乾燥法も初めは天日干しだったが、後には乾燥用の室の中で炭などを焚き強制的に乾燥させる方法が広まった。
現在は冷凍機で凍結し、乾燥機で乾燥する機械製法がほとんどである。
『調理法』
高野豆腐は乾物なので、調理するには水分を含ませて戻す必要があり、高野豆腐の場合には熱湯に浸して戻す湯戻しが必要となる。ただし、近年では湯戻しを必要としないものや電子レンジで調理できるものも市販されている。
『膨軟剤』
伝統的な製法による高野豆腐は硬く、水戻しには一晩かかり、柔らかく炊き上げるのは難しく、調理に時間がかかる食材である。このため、現在市販されている高野豆腐のほとんどには、水戻しの時間短縮し、柔らかく煮あがるように膨軟剤と呼ばれる食品添加物が加えられている。
『重層』
蛋白質を分解し食材を柔らかくする重層の性質を利用し、高野豆腐を柔らかくする。生の豆腐を凍結し、重層の入った水に浸して解凍する。重層の染み込んだ豆腐の水を切り乾燥させる。蛋白質の一部が破壊されているので水戻しも早く、柔らかく煮あがる。現在市販されているものは、ほとんどが重曹処理されたものである。
重曹処理された高野豆腐は伝統製法のもの比べ、非常に柔らかく、食感も異なる。その柔らかさから煮崩れしやすく、伝統製法の高野豆腐と同じ感覚で調理すると形が崩れてしまう。真水で煮ると崩れるので、組織を引き締め煮崩れを防ぐために初めから塩分を含ませた出汁で煮る。