gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

瀬戸まいこ『傑作はまだ』その4

2020-03-29 16:08:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

(中略)「なんていうか、大福買ったから」
「そうなんだ。了解」(中略)
「お、慣れてくるとうまい」
「おおそうか」(中略)
「小説はあんなに暗いのに、大福でこれだけ盛り上がれるって、おっさん、実はのんきで陽気なんだね」
 智は「うん、よかったよ」と微笑んだ。
「いや、まあ、そうだな、えっと、君は今日の休み、何してたんだ?」(中略)
「おっさん、大丈夫?」
「大丈夫だが、なぜだ?」
「突然コーヒー大福に肩入れしだしたかと思ったら、次は俺に興味持ちだしてさ。俺が来てから三週間くらい経つけど、おっさんが俺の何かを知りたがったの、初めてじゃない?」(中略)
「まあまあ、力まなくても自然にわかってくるのを待てばいいんじゃない。本当に大事なことならそのうち伝わるしさ」(中略)
「俺の好きなものは、かりんとう。もしくは揚げ出し豆腐」
「へえ」(中略)
「好物さえ知っておけば、次、土産買う時迷わないだろおう。こういう奇天烈なお菓子、あんまり得意じゃないんだよね」(中略)

(中略)
 パソコンを開いて小説の続きを書く。締め切りは二十八日。まだ二十日以上あるが、少しでも話を進めておきたい。
 今月書くのは、借金を断られた主人公亮介の次の行動だ。途方に暮れた亮介がどう動くのかが、なかなか思い浮かばない。この話は、来年一月までの連載で、あと二回。結末は頭の中でもうできている。亮介が自ら生涯を閉じたことを知った、親や兄弟、友人たちが後悔を口にする。(中略)

「ね、おっさんも書く?」(中略)
「書くって何をだ?」
「これだよ、カード」
 智はピンクの花の絵がちりばめられたカードを見せた。
「何のカードだ?」
「やっぱり知らないんだ。明後日は、おっさんの、ゆきずりの女の誕生日だよ」(中略)
「君の母親だろう。そんな言い草はないだろう」(中略)
「おっさんと一緒にいるのに、黙って俺だけがおふくろの誕生日祝うの、抜け駆けみたいでよくないかなと声かけただけなんだけど」(中略)
「突然、驚かないだろうか」(中略)
「驚かれるのって悪いことじゃないじゃん。サプライズは誕生日には付きものだし」(中略)
「げ。おっさん、字、小さすぎだろう。これ、虫眼鏡ないと読めないよ」(中略)

(中略)
 美月に誕生日カードを送ってから、一週間が経つ。そろそろ返事が来てもよさそうなころだ。(中略)
「返事気にしてるの、おっさんだけだから。(中略)」
「そっか」
「しかも、二十年以上放っておいても平気だったおふくろの反応を、今になって気にするなんてさ」(中略)

 十一月第三週の火曜日。ぐっと冷え込んだ夕方、チャイムが鳴るのが聞こえて、慌てて玄関に向かった。(中略)ドアを開けると、笹野幾太郎さんが立っていた。
「やあ、親父さんは元気だったんだな」
「はあ……」(中略)
「智の風邪だよ。明日はバイト行くとは電話があったけど、二日も熱が続くとさすがにぐったりしてるだろう」(中略)
「はあ……」
「はあって、親父さん、智と一緒に住んでるんだよな」
「そうですけど……」(中略)
「あ、これ、ありがとうございます。智に渡してきます」
 俺が(ポカリスエットとゼリー飲料の入った)レジ袋を抱えて頭を下げると、「ああ、お大事に」と笹野さんは軽く手を振った。(中略)
 階段を上がってすぐの部屋(中略)の隣の六畳の部屋の扉をそっと開けてみると、布団の上に寝転がった智がいた。(中略)
「この家、すごく広いのに、おっさんのための物しかないもんね。人が来ることをまったく想定されてないから」
 と、智が笑った。
「ああ、(中略)そう言えば、この布団、どうしたんだ?」(中略)
「買ったんだよ。布団もタオルもパジャマも歯ブラシもコップも。(中略)」
「あ、でも家に余分なものを置かないの、今のはやりみたいだよ。なんだっけ、ミニマリストとかっていう……」
「俺、買ってくる。(中略)肉と豆腐と白菜と、それと鍋。大きな鍋を今すぐ買ってくるから」(中略)
「(中略)あ、でも、白菜と大根はあるからね。こないだ森川さんが畑で採ったのを持ってきてくれたの(中略)」

 外は太陽も光をひそめ、しっかりと寒い。(中略)智は白菜と大根は森川さんにもらったと言っていた。(中略)荷物でいっぱいになる前に、先に礼を言いに行かないといけない。(中略)
 俺は住居看板で場所を確認すると、森川さんの家に向かった。(中略)
「礼なんかいらないのに、あんな野菜で気を遣わせてしまって悪かったな」
「いえ、ありがたいです。今晩、いただいた野菜を鍋にしようと」
「寒いしいいね。だったら、そうだ、よかったら春菊も持って帰って」(中略)
「いいです。これ以上いただくわけには。それに、今から買い物に行くので」
「何を買いに?(中略)」
「土鍋を」(中略)
「土鍋かいな。それだったら、うちの持って帰りな。いらない鍋、山ほどあるわ」(中略)

(また明日へ続きます……)