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三崎亜記『30センチの冒険』その7

2020-03-04 06:31:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

「第五章 象の墓場」
 (中略)
「どういうことだ、マルト?」
 測量長が、もはや手の届かない場所に行ったマルトを睨み付けた。
「すみませんね、測量長。ずっと、ユーリさんが持っている、距離を測る道具を狙っていたんですよ」(中略)
 マルトたちの姿は、見る間に遠ざかった。(中略)
「測量長、早く退避しよう。このままでは、鼓笛隊の影響をまともに受けてしまう」
「やむを得ん。私が測量しよう」(中略)
「予備のコヅエが見当たらない!」(中略)
「マルトが奪ったんだな。私たちに測量をさせないために」
 まさに、進退窮まってしまった。思わず手を握り締める。そこに、何か異物があることに気付いた。
「これは、ものさしのかけらだ!」
マルトともみ合った際に折れてしまったのだろう。もう二センチほどしか残っていない。それでも、今の僕たちにとってはかけがえのない「命綱」だった。(中略)
 その時、地平線に、何か動くものの存在に気付いた。(中略)僕は藁にもすがる思いで、その姿を見つめたまま念じた。

……届けっ!

 次の瞬間、僕の手の中には、太い木の枝のような丸いものが握られていた。
「これは、象の牙だ!」
 僕が見たのは象だった。どうやら象は、ものさしの届く距離にいてくれたようだ。(中略)
「ユーリ、手を離したら最後だぞ。どんなことがあってもしがみつけ!」施政官が僕に注意を促した。(中略)
 象が立ち止まって、僕たちを振り返った。意味ありげに、目を長くつぶっては開くことを繰り返す。
「目をつぶれってことか?」
 象は「そうだ」と告げるように、大きな耳をゆっくりと揺らした。(中略)
 しばらくして、足元から砂の感覚が消え去った。(中略)
 象が立ち止まったようだ。(中略)
 僕は恐る恐る目を開けた。
「これが、分断線を越えた世界……」
 周囲に広がるのは、丈の短い下生えの広がる草原だった。(中略)
 象に従って歩くうち、前方に、緑に覆われた小高い山が現れた。
「いや、あれは山じゃない、木だ」
 葉の生い茂った巨大な樹木が連なって立ち、まるで山のように盛り上がっているのだ。(中略)
 象は太い幹の間を抜けて、さらに奥へと僕たちを導いた。

 樹木の向こうは、野球場の数倍はありそうな広大な広場だった。(中略)
 広場の中央には、戦時中のトーチカを思わせる、無骨なコンクリート造りのような建物が建っている。
「なんじゃい、おぬしらは?」
 建物の前で、象の到着を待ち受けていた男が、僕たちを見て首をひねった。
「私は施政官です。(中略)あなたは?」
「ワシか? ワシは、象の墓場の墓守のノザキじゃよ」(中略)
「マルトは街に舞い戻って、ノリドを開放すると言っていたな。すべての動きの裏には、ノリドの『マ』を手に入れようとする勢力が絡んでいるのだろう」(中略)

 結局、全員で貯刻地を探すことに決まった。(中略)

「第六章 貯刻地」
 「この場所には、要石(かなめいし)というものが存在していて、その要石を辿っていくことで、目的地に辿り着くことができるって」(中略)

 空を飛ぶ本たちに導かれた先は、蔦に建物の半ばまでを侵食された、赤煉瓦造りの重厚な建物だった。(中略)
「これは……要石だ!」
「この建物自体が、要石として機能しているみたいね」(中略)
「どなたか、いらっしゃいますか?」(中略)
「おやおや、お待たせしてしまったみたいだね」(中略)
 声がしたのは窓の外からだ。(中略)姿を現わしたのは、五十代ほどの、小柄で小太りな女性だ。(中略)
「あなたは?」
「あたしはこの図書館の司書のウノキですよ。(中略)」
「あたしゃ、貯刻地の管理人でもあるからね。起きることの時刻はすべてわかってるのさ」(中略)
 マカが受け取った本は、開こうとしても、頑なにページを閉じたままだった。(中略)
「まだその本は、あんたを継承者として認めちゃいないからね」(中略)
「あんたが自分自身の力で、自分が継承者だってことをその本に認めさせるしかないんだよ」(中略)

 (中略)
「バスに乗るための時刻が書かれた本は、閉架書庫のどこかの棚にあるはずさ。それを見つけ出すのは、あんたたちの役割だよ」(中略)
 僕は歩きながら、もう一度、象の啼き声を心の中によみがえらせた。今度の「こだま」は、さっきより早く、そして大きかった。
「あの象が、僕たちを導いてくれているんだ」(中略)
 こだまを追ううち、僕は気付いた。もう一つ、僕の心に響いてくる「声」の存在に。

━━ゼッタイに、逢いに行くから!

 それは僕が、向こうの世界の「誰か」に向けた言葉だった。僕は幼い頃に、それを、象の前で誓ったんだ。(中略)
「これが、僕の人生を記した本だ」
 背表紙には、何の文字も記されていない。それでもわかる。本が、ずっと前から、ここで僕を待ち続けていたということが。(中略)

(また明日へ続きます……)

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