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三崎亜記『30センチの冒険』その8

2020-03-05 08:03:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 (中略)
 ウノキさんは、背後の棚から何かを取り出した。(中略)
「ほら、これが、あんたたちが必要としている時刻だよ」
 無造作に僕とエナさんに渡してくる。
「これがユーリの分、そしてこれが、エナの分。今、あんたたちの運命を読み取らせたからね。これでバスに乗る切符として働くことになったんだよ」(中略)

(中略)
 ウノキさんはムキを連れて、図書館の裏手にまわった。(中略)
「ウノキさん、これっていったい何なんだい?」(中略)
「これかい? これは、飛行機だよ」(中略)
「ムキ! お前は、操縦士だったのか?」(中略)

「第七章 街への帰還」
「さあ、行くぞ。みんな乗ってくれ!」(中略)
 ムキを含めて定員は六人だ。全員は乗れない。測量長以外の測量士たちは残って、地図に関する本を調べることになった。ムキの飛行機があれば、いつでも「分断線:を越えて、ここへ来ることができる。(中略)
「いよいよ、ライムリミットが近づいて来たな。クロダ博士の到達予測では明日……。もう、いつ鼓笛隊が街を襲ってもおかしくない」(中略)

(中略)
 僕たちは、家々の扉や窓を叩いて回った。
「皆さん、外に出て来てください!」(中略)
「大地の秩序は回復しています。安心して、外に出て来てください!」(中略)

 僕とエナさんは、代本板の切符を手にして、バス停に立った。(中略)

エピローグ
「お客さん、終点ですよ」(中略)
 僕は周囲を見回した。
 見覚えのある風景だった。生まれ故郷の街の、バスの終点だ。ここに来るのは二十年ぶりになるだろうか。(中略)
「どうして僕は、こんな所に?」(中略)
 少しずつ、昨夜の記憶がよみがえって来る。
 僕は確か酒に酔って、繁華街のバス停から、最終バスに乗ったはずだ。(中略)
 バスの待合所に座って、新聞を開いてみる。(中略)

━━るうしぃ 象の墓場に旅立つ

 地方欄の、小さな見出しに目が留まった。(中略)
「思い出した……」
 僕がどうしてこの街に戻っていたのか。そして僕が昨日、何をしていたのかを。

━━ゼッタイに、逢いに行くから!

 二十年以上も前に僕が叫んだ言葉が、心の奥からよみがえった。(中略)
 幼い頃の、たわいもない約束だ。
 だけどそれは、僕の人生にとって切実で、かけがえのない約束だった。(中略)

 動物園は、幼い頃の僕の、たった一つの居場所だった。(中略)
「あたしね、るうしぃと、お話できるんだよ」
 ある日突然、女の子が横に並んで、話しかけて来た。(中略)
「あたしね、五年前に、この街に来たんだ」(中略)
「海の向こうの国から?」
「ううん、もっとずっと遠くから来たの」(中略)
「どうして、そんな遠いところから来たの?」
「そんなの、決まってるじゃない」(中略)
「ユーリに逢うためだよ」
(中略)独りぼっちだった僕の心に、パッと花が咲いた。(中略)
「ユーリ、あなたは、本の気持がわかるのね?」(中略)
「う……うん」(中略)

(中略)
「あのね、ユーリ。あたし、お別れしなきゃならなくなったの」
「えっ、お別れって……?」
「遠くの街にお引越ししなきゃならなくなったの」(中略)
「ねえ、ユーリ、知ってる? 象の墓場って?」(中略)
「だから、るうしぃが歳を取って、象の墓場に行かなきゃならない時が来たら、ユーリと二人で、るうしぃが旅に出るのをここで一緒に見送ろうよ。(中略)」
「ユーリにこのものさしを預けるわ。その時に、このものさしを持って来て」(中略)
「じゃあ、ぼくがものさしを預かるかわりに、君はダイゴを預かってよ。るうしぃが象の墓場に行く時に、連れて来てほしいんだ」
 本のダイゴが空を自由に飛び交って、僕と女の子を結び付ける。僕とダイゴは、同じイメージで心を震わせた。(中略)

(中略)
「ゼッタイに、逢いに行くから!」
 僕にとってその言葉は、約束の言葉であると同時に、彼女と離れて一人で生きる決意表明だった。(中略)

 そして僕は昨日、動物園を訪れた。(中略)
「野崎さん? 野崎さんじゃないですか?」
 幼い頃に僕を象舎に入れてくれた、飼育員の野崎さんだった。(中略)
「そういやあ、アンタと仲良かったあの子は、ちょうど今の瑠奈くらいの歳だったな」(中略)
「かわいそうな子だったな。象舎の溝に落っこちた拍子に記憶をなくしちまったみたいで、最初は言葉も話せなかったんだからな。(中略)」
「里親が見つかって、この街を離れたってことだったが……。(中略)」
るうしぃは、檻の外に足を踏み出した。(中略)
もう二度と、るうしぃを見ることはないのだろう。(中略)」
 彼女の姿は、見当たらなかった。(中略)
 石のベンチの上に、何かが置かれている。
「この本は……」
 間違いない。(中略)
 彼女は確かにここにきて、るうしぃの旅立ちを見送っていたのだ。(中略)」
「エナさん、約束は、守ったよ」
 遠く、象の啼き声が聞こえた気がした。

 一気に読める小説でした。

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