また昨日の続きです。
「僕は……心の一部を向こうの世界に置いて来てしまったみたいで、記憶が失われているんです。それが何なのかはわかりません。ですが、僕にとってとても大切な思い出だった気がしています。(中略)」
「書記官からは、僕が乗って来たバスに再び乗ることができれば、死の世界に帰れるかもしれないと教えられましたが、乗る方法はあるんですか?」
「ああ、たった一つだけある。『貯刻池』に行くことだ」(中略)
「この世界の、すべての出来事が起きる時間を管理している場所があると、昔から言い伝えられている。それが貯刻池だ。(中略)」
「いいか? 貯刻池ってのは、この世界であってこの世界でないような、『分断線』の向こうにあると言われているんだ。たとえお前がものさしを持っていたとしても、決して近づけない。生身の人間で、分断線を越えて向こうに行けたヤツは一人もいないんだ。(中略)」
「こんな時にやって来た渡来人との最初の接触者が、よりによってエナとは……。皮肉なものだな」(中略)」
「エナは、最後のネハリの娘なんだよ」(中略)」
「エナの母親は、エナがまだ五歳の頃に、先代のネハリに継承者として指名された。継承者の指名は、この世界の女性であればだれも拒むことができない。エナは、まだまだ母親に甘えたい盛りに、母親と引き離されちまったんだ」(中略)」
「ところで、エナに何か変化はないか?」
「エナさんに? いえ、特に何も……」(中略)
「そうか……。まあ、何かあったらまた来るんだな」(中略)
僕は一礼して、(中略)入口へ戻った。
「僕の前に来た渡来人の姿を見てきました」
エナさんは、黙ったままだ。(中略)
顔を空に向けたエナさんは、歌を風に乗せた。(中略)
僕の心の空白に、その歌は降り注いだ。失われたはずの記憶が、揺り動かされる。(中略)
━━ゼッタイに、逢いに行くから!
約束していた。
相手が誰かは思い出せない。それでもわかる。大切な人との、かけがえのない約束だってことが。(中略)
「僕は、戻らなきゃいけない。逢わなきゃいけない人がいるんだ。元の世界に」(中略)
「第二章 大地の秩序」
(中略)
「『マ』って、何なんですか?」
「『マ』は、この街の中心にある尖塔、ノリドの中に安置されている秘宝よ。それを手にすれば、何でも思い通りに願いがかなうって言われてるわ。施政官となった者だけが触れることができるの」
「それじゃあ、『マ』を使って、大地の秩序を取り戻すことはできないんですか?」
「(中略)願いは一回きりなの。だから、この世界に危機が訪れた際に使うようにと、代々の施政官に受け継がれてきたけれど、今まで一度も使われることはなかったのよ」(中略)
その日は、共同作業のない休日だった。僕は町の探索でもしようと、砂の入った引き出しを開けた。様々な場所の砂がある。(中略)
「これは……?」
まったく減っていない砂の入った瓶が、引き出しの隅で埃をかぶっていた。
「ああ、それは━━のムキのところね」
「え? 何ですか?」
「だから、━━のいる場所よ」
何度聞き直しても聞き取れない。ムキという人物の職業だけ、どんなに聞いても認識できないのだ。
「ここに、行ってみても構いませんか?」
「構わないわよ。(中略)だけど、何もない場所よ」(中略)
その日、僕は研究所に向かっていた。(中略)
「よし! よし! 実験成功だ!」
叫びながら、博士は研究所の外へ消えてしまった。(中略)
(中略)
その瞬間、僕はわかった。気になり続けていた違和感が何なのかが。
「エナさん……、君は、若返っていないか?」
「第三章 鼓笛隊の襲来」
(中略)
「彼らがどんな存在なのかはわからないわ。鼓笛隊の姿を見に行った者は、誰も戻って来ないから……」
「連れ去られてしまうってことですか?」
エナさんは力なく首を振った。
「鼓笛隊の行進曲に魅入られたら最後、抗いようもなく行進に追従するしかないの。食事も眠ることも忘れてひたすら歩き続け、いつか体力の限界が来て行き倒れてしまう。砂漠の真ん中でね」(中略)
(中略)
「本たちは、普段はどこにいるんですか?」
「本たちは、『本を統べる者』に導かれて、この世界の空を時折、回遊するの。だけど、決して地面に降り立つことはないわ」(中略)
「分断線の向こうに、彼らの営巣地があるって言われているわ。だから私たちは、本を手にすることができないの」(中略)
「人々は、夜の間も本を利用するために、本の自由を奪おうとしたの。『本を統べる者』を下等生物と侮って、思いあがっていたんでしょうね。(中略)」
「本たちの攻撃はすさまじかったそうよ。人々はなすすべもなく、絶滅寸前まで追いつめられたらしいわ」(中略)
(また明へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
→FACEBOOK(https://www.facebook.com/profile.php?id=100005952271135)
「僕は……心の一部を向こうの世界に置いて来てしまったみたいで、記憶が失われているんです。それが何なのかはわかりません。ですが、僕にとってとても大切な思い出だった気がしています。(中略)」
「書記官からは、僕が乗って来たバスに再び乗ることができれば、死の世界に帰れるかもしれないと教えられましたが、乗る方法はあるんですか?」
「ああ、たった一つだけある。『貯刻池』に行くことだ」(中略)
「この世界の、すべての出来事が起きる時間を管理している場所があると、昔から言い伝えられている。それが貯刻池だ。(中略)」
「いいか? 貯刻池ってのは、この世界であってこの世界でないような、『分断線』の向こうにあると言われているんだ。たとえお前がものさしを持っていたとしても、決して近づけない。生身の人間で、分断線を越えて向こうに行けたヤツは一人もいないんだ。(中略)」
「こんな時にやって来た渡来人との最初の接触者が、よりによってエナとは……。皮肉なものだな」(中略)」
「エナは、最後のネハリの娘なんだよ」(中略)」
「エナの母親は、エナがまだ五歳の頃に、先代のネハリに継承者として指名された。継承者の指名は、この世界の女性であればだれも拒むことができない。エナは、まだまだ母親に甘えたい盛りに、母親と引き離されちまったんだ」(中略)」
「ところで、エナに何か変化はないか?」
「エナさんに? いえ、特に何も……」(中略)
「そうか……。まあ、何かあったらまた来るんだな」(中略)
僕は一礼して、(中略)入口へ戻った。
「僕の前に来た渡来人の姿を見てきました」
エナさんは、黙ったままだ。(中略)
顔を空に向けたエナさんは、歌を風に乗せた。(中略)
僕の心の空白に、その歌は降り注いだ。失われたはずの記憶が、揺り動かされる。(中略)
━━ゼッタイに、逢いに行くから!
約束していた。
相手が誰かは思い出せない。それでもわかる。大切な人との、かけがえのない約束だってことが。(中略)
「僕は、戻らなきゃいけない。逢わなきゃいけない人がいるんだ。元の世界に」(中略)
「第二章 大地の秩序」
(中略)
「『マ』って、何なんですか?」
「『マ』は、この街の中心にある尖塔、ノリドの中に安置されている秘宝よ。それを手にすれば、何でも思い通りに願いがかなうって言われてるわ。施政官となった者だけが触れることができるの」
「それじゃあ、『マ』を使って、大地の秩序を取り戻すことはできないんですか?」
「(中略)願いは一回きりなの。だから、この世界に危機が訪れた際に使うようにと、代々の施政官に受け継がれてきたけれど、今まで一度も使われることはなかったのよ」(中略)
その日は、共同作業のない休日だった。僕は町の探索でもしようと、砂の入った引き出しを開けた。様々な場所の砂がある。(中略)
「これは……?」
まったく減っていない砂の入った瓶が、引き出しの隅で埃をかぶっていた。
「ああ、それは━━のムキのところね」
「え? 何ですか?」
「だから、━━のいる場所よ」
何度聞き直しても聞き取れない。ムキという人物の職業だけ、どんなに聞いても認識できないのだ。
「ここに、行ってみても構いませんか?」
「構わないわよ。(中略)だけど、何もない場所よ」(中略)
その日、僕は研究所に向かっていた。(中略)
「よし! よし! 実験成功だ!」
叫びながら、博士は研究所の外へ消えてしまった。(中略)
(中略)
その瞬間、僕はわかった。気になり続けていた違和感が何なのかが。
「エナさん……、君は、若返っていないか?」
「第三章 鼓笛隊の襲来」
(中略)
「彼らがどんな存在なのかはわからないわ。鼓笛隊の姿を見に行った者は、誰も戻って来ないから……」
「連れ去られてしまうってことですか?」
エナさんは力なく首を振った。
「鼓笛隊の行進曲に魅入られたら最後、抗いようもなく行進に追従するしかないの。食事も眠ることも忘れてひたすら歩き続け、いつか体力の限界が来て行き倒れてしまう。砂漠の真ん中でね」(中略)
(中略)
「本たちは、普段はどこにいるんですか?」
「本たちは、『本を統べる者』に導かれて、この世界の空を時折、回遊するの。だけど、決して地面に降り立つことはないわ」(中略)
「分断線の向こうに、彼らの営巣地があるって言われているわ。だから私たちは、本を手にすることができないの」(中略)
「人々は、夜の間も本を利用するために、本の自由を奪おうとしたの。『本を統べる者』を下等生物と侮って、思いあがっていたんでしょうね。(中略)」
「本たちの攻撃はすさまじかったそうよ。人々はなすすべもなく、絶滅寸前まで追いつめられたらしいわ」(中略)
(また明へ続きます……)
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