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川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』その7

2018-11-06 05:41:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
『ウィステリアと三人の女たち』
 何人かの作業員がやってきて、まず塀が取り壊された。(中略)春になるといつも塀越しに花の部分だけを眺めていた藤の木の、全身が見えた。黒々とした幹は思っていたよりも太く、その下にはひょうたん型にくりぬかれた池があった。水はすっかり抜かれ、去年の落ち葉が色を失って底に張りついていた。その奥には古風な造りの縁側が見える。(中略)藤の木は三十分ほどで切り倒され、土のうえに放りだされた根っこは何かをつかもうとして途中で力尽きた手のようにも見えた。物干し竿や、植木鉢や石が、次々にかきまぜられていく。縁側を越えて家屋にも彼らは乗りこんでゆき、そこにある家具や障子なんかをおかまいなしに押し潰していった。(中略)数メートルの鋪道を挟んだはす向かいの角地に建っている、その古くて大きな二階建ての家は目の前で壊されようとしていた。わたしはそれを、二階のキッチンの窓から眺めていた。その家には老女が住んでいて、ときどきその姿を見た。わたしたちがここへやってきたのは今からちょうど六年前のことで、その家には何度か引っ越しの挨拶に訪ねたけれど、誰も出てこなかった。ほんのときどき、朝か夕方にカートにもたれるようにしてゆっくりと家のまわりを歩いている彼女とすれ違うことがあった。会話をするでも言葉を交わすわけでもなかったけれど、そんなときは不思議と気持ちが和むような気がした。いつも黒いブラウスを着て黒のカーディガンを羽織っていて、春の夕暮れには、錆びた門から箒とちりとりを手に持ってゆっくりとした足取りで鋪道に出てくるのを見かけた。藤の花びらはよく落ちた。(中略)老女は長い時間をかけてそれらを端のほうから掃き入れていった。少しの風の夜にも花びらは降り、翌朝になるとあたりはもううっすらと色づいている。翌日、またおなじように老女が箒とちりとりを持ってゆっくりと外に出てくる。それが花の終わる頃まで続く。でも、そういえば最近すっかり姿を見かけなくなっていた。(中略)そんなに若くない女性がひとり、出入りしていたような気がする。(また明日へ続きます……)

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