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千葉伸夫『チャプリンが日本を走った』その3

2018-01-13 05:13:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
・「明治維新から十年後の1878年、箱根宮ノ下藤屋を買い取った山口仙之助は、これを富士屋ホテルと改称、外人専門ホテルとして開業した。山口は福沢諭吉門下でアメリカ帰りであった。1890年、自家発電所を設け、1914年に山口正造が自動車の会社を設立。1919年から箱根---横浜グランドホテル間を土曜日に限って一往復した。片道3時間だった。接客、食事はずば抜けており、独特な建物とともに、洋風ホテルとして名声を世界に広めていた」

・「『箱根の風景は、カリフォルニア付近に類似を求めると、アロウ・ヘッドでは、あの木立の茂みの中にも湿気などはいささかも感じられず、したがって青葉を吹く風も乾燥して生温かい気がする』
 二十九日、三十日と、チャプリンは降りこめられた箱根で、乾いたカリフォルニアからハリウッドを想起していた」

・「ぼくは箱根において新緑の美しさなるものをしみじみと見た。いろんな種類の木が若芽を出しているが、木の種類によって、その色がそれぞれ違っている。つまり、それぞれの木がその個性を若芽によって表現しているのだ。これがアメリカだと、オーク地帯にはオークのみが何千里となく生え続く」

・「日本には松が多いと聞いてきた。だが、箱根などを見ていると、松もあるにはあるけれども、必ずしもそれが植物帯のキイノートをなしているとはいえない。実に種々雑多の樹木が混生し、寄生している。
アメリカなどの植物を、自然の大量生産とすれば、日本の手工業的な小規模の生産である。そしてまったく自然のミニチュアという気がする。私はそこに可憐美とも名づくべきものを味わった」

・「六時、ホテルに犬養健が、『このまま悪印象をもたせて、帰すことはできない』と訪ねてきた。
 チャップリンは『世界じゅうが悲しんだろう』と、首相犬養毅の兇変になんども同情の言葉を述べた。犬養は『東洋の道徳は、そんな場合にもいたずらに悲しまず憎まず、物事の真相を静かに眺めていることなんです』と答えた」

・「チャプリン『運命の不可抗力に対する物静かなあきらめ、あの東洋の精神はよく分かります。ぼくの映画のテーマにも取り入れてあるのです。『巴里の女性』のラスト・シーンを見ましたか? あれがそうです。落ち着いた物静かなあきらめ、東洋の精神、ぼくの芸術です』」

・「チャプリン『ひとつ強い印象があるんです。家のなかに入ってみますと、部屋が整頓され、リファインされて、実にきれいなんですね。ところが、どうしてああ部屋の外の街路などはホコリまみれで、モヤッとした彩りなんでしょう』」
 私的空間は美しく、公的空間はよごれているという印象。犬養に応えが見つからなかった」

・「犬養は浜町のお座敷てんぷら、花長へ招待した。(中略)チャプリンは海老を三十本、キス四枚を食べ、日本酒をおちょこで四杯のんでご機嫌だった」

・「『日本では、ご存知の通り、じゅうぶんに美人を語り得るほど女性を見てはいない。ただわずかに接した範囲、たとえば、てんぷら屋の女中や、女将(おかみ)について言っても、こんなにやさしい心づかいのよく行きとどくハートは、おそらくローマ時代の美しくて高貴だった選ばれたる女奴隷のなかにも見いだされないものであろう。その、対者に対する思いやりは、まさしくひとつも驚異だった』」

・「永田(東京市長)『私はね、九年前の関東大震災のときも市長をしていましたが、地震でも市長室の椅子から離れなかったというのが自慢なんですよ』
 チャプリン『そうですか。あなたの顔を見ていると平静だったことがわかる。ユーモアリストは物に動じないものです』」

・「チャプリン『ええ、あそこにバリ島という素敵な楽しい島がありますよ。素朴でとてもいい。平和ですしね。私はとても気に入りました。(中略)平和郷なので政策の上でも教えられるところがあるでしょう』

・「最初の日への旅の滞在時間は十九日と六時間だった。六十年後の今日、チャプリンをシアトルへと運んだ氷川丸は、横浜山下公園に係留されている。氷川丸は戦中病院船となり、やがて、1960年に船籍を除籍されて、今日にいたった」

・「こうして、チャプリンは去ったが、来日中の発言や行動、その信念は、日本人に通じたのかどうか。来日によるチャプリン・ブームは、広く見ると1910年代からの民主主義と国際主義の風潮のフィナーレにあたっていただろう。民主主義は軍国主義へ、国際主義は民族主義へと世界恐慌を境に変貌していく。その最後の狭間(はざま)に沸き起こったブームだった。
 旅は一期一会であり、チャプリンはその変貌のさなかに日本を疾走した。
 チャプリンの世界一周旅行は終わり、日本とチャプリンの行く手は別の方向をたどることになるのである」(また明日へ続きます……)

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto