安住邦夫さんの'12年作品『自由民権運動史への招待』を読みました。
「あとがき」から引用させていただくと、「自由民権運動史に関心を寄せ、勉強の真似事らしきことを始めてから、かなりの歳月が経つ。しかし、成果と呼べるような研究は何ひとつ出し得ず、ただただ無為に過ごしてきたという思いを免れない。(中略)数多くある自責の念のなかでも、今もって特に消えることのないことは、自由民権運動史に関心をもちこれから学びたいと考えている人から、入門書や研究史に関する書、あるいは主要研究書の所在などを尋ねられたとき、まがりなりにも自分の研究領域としてきた分野であるにも関わらず、即座に充分な応答ができないできたことであった。(改行)そのようなときほど自分の不勉強・無能さを痛感したことはなかったが、同時に、前述のような問い合わせに、最少のことは応え得るコンパクトな書が一冊欲しいとの念を、強く抱いていた。しかし、特に理論面で知識を欠く私にはその任を果たす力量がなく、希望に叶う書の刊行はシャープで鋭利な才を有する方にぜひ、との期待・希望を内心有していた。そのような思念は、『新しい歴史学』の隆盛にともない従来の自由民権運動像が大きく揺らぎ始めるなか、ますます強くなった。が、皮肉にもその状況は、私の期待を遠のかせているというパラドックスをうんでいるようにも思われた。そのために、私のようなきわめてオーソドックスな方法・姿勢で研究に向かう者にはまことに不適任と思いつつも、自由民権運動史に関する学習・研究の手引書ともいうべき書の刊行という作業を、定年後の最初の課題として取り組んでみる気持ちとなった。(中略)そこで浮かんだのが、第一に、自由民権運動はどのような運動史をもっているのか、第二に、研究への関心はどのように持たれてきたのか、どのような問題意識・視点から研究され現在に至っているか、第三に、当該期に刊行された運動に関わる書にはどのようなものがあるのか、また研究する上での主要な文書、基本的文献や主要研究書にどのようなものがあるのか、さらには自由民権運動に関する資料館・記念館の類はどこにあるか、という点であった。そしてこの三点について、前二者に関しては章の形で、最後の点については付録という形で構成してみることにした。(改行)まず第1章は、自由民権運動史概観とし、かつて『ブリタニカ国際大百科事典』〈第三版〉(1995年)に執筆した論考を基本に、現在の見解を加味・修正して叙すことにした。第2章は、福島・喜多方事件125周年記念で行なった講演記録『自由民権運動研究の歩みと現在、そして課題』(喜多方歴史研究協議会・福島自由民権大学共編『喜多方事件125周年記念集会報告書』2010年)を元にまとめることにした。(中略)付録に関しては、大きく文献・史(資)料の類と記念館・資料館ないし関連年表に分けて示すことにし、第一に、『国立国会図書館所蔵明治前期刊行図書目録』の中から自由民権運動関連の諸文献を選ぶ、これらあを発行年次順に並べて一覧とし、第二に、自由民権運動史の研究に関わる諸文献を、研究文献目録・主要原文書目録・基本文献・主要史料集に整理し収載した。また、自由民権運動に関わる専門の記念館・資料館に関しては、福島県三春町・東京都町田市・高知市にそれぞれ開設されているものを開館順に紹介した。(後略)」
実際読んでみて、私は第1章の終わり近くまで読んで、その先を読むのを断念しました。そもそも自由民権運動が全国的に盛んだった3つの場所のうちに1つが、私が現在住む厚木だということから、読み始めた本でしたが、読み進めても一向に厚木の“あ”の字も出て来ず、1章の内容も大体既知のことだったりし、その先を飛ばし読みしても、学術的な内容の文章がぎっしり詰まっていて、とても読む気になれなかったからです。学術的に自由民権運動をしっかりと勉強したい方にはお勧めかもしれません。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
「あとがき」から引用させていただくと、「自由民権運動史に関心を寄せ、勉強の真似事らしきことを始めてから、かなりの歳月が経つ。しかし、成果と呼べるような研究は何ひとつ出し得ず、ただただ無為に過ごしてきたという思いを免れない。(中略)数多くある自責の念のなかでも、今もって特に消えることのないことは、自由民権運動史に関心をもちこれから学びたいと考えている人から、入門書や研究史に関する書、あるいは主要研究書の所在などを尋ねられたとき、まがりなりにも自分の研究領域としてきた分野であるにも関わらず、即座に充分な応答ができないできたことであった。(改行)そのようなときほど自分の不勉強・無能さを痛感したことはなかったが、同時に、前述のような問い合わせに、最少のことは応え得るコンパクトな書が一冊欲しいとの念を、強く抱いていた。しかし、特に理論面で知識を欠く私にはその任を果たす力量がなく、希望に叶う書の刊行はシャープで鋭利な才を有する方にぜひ、との期待・希望を内心有していた。そのような思念は、『新しい歴史学』の隆盛にともない従来の自由民権運動像が大きく揺らぎ始めるなか、ますます強くなった。が、皮肉にもその状況は、私の期待を遠のかせているというパラドックスをうんでいるようにも思われた。そのために、私のようなきわめてオーソドックスな方法・姿勢で研究に向かう者にはまことに不適任と思いつつも、自由民権運動史に関する学習・研究の手引書ともいうべき書の刊行という作業を、定年後の最初の課題として取り組んでみる気持ちとなった。(中略)そこで浮かんだのが、第一に、自由民権運動はどのような運動史をもっているのか、第二に、研究への関心はどのように持たれてきたのか、どのような問題意識・視点から研究され現在に至っているか、第三に、当該期に刊行された運動に関わる書にはどのようなものがあるのか、また研究する上での主要な文書、基本的文献や主要研究書にどのようなものがあるのか、さらには自由民権運動に関する資料館・記念館の類はどこにあるか、という点であった。そしてこの三点について、前二者に関しては章の形で、最後の点については付録という形で構成してみることにした。(改行)まず第1章は、自由民権運動史概観とし、かつて『ブリタニカ国際大百科事典』〈第三版〉(1995年)に執筆した論考を基本に、現在の見解を加味・修正して叙すことにした。第2章は、福島・喜多方事件125周年記念で行なった講演記録『自由民権運動研究の歩みと現在、そして課題』(喜多方歴史研究協議会・福島自由民権大学共編『喜多方事件125周年記念集会報告書』2010年)を元にまとめることにした。(中略)付録に関しては、大きく文献・史(資)料の類と記念館・資料館ないし関連年表に分けて示すことにし、第一に、『国立国会図書館所蔵明治前期刊行図書目録』の中から自由民権運動関連の諸文献を選ぶ、これらあを発行年次順に並べて一覧とし、第二に、自由民権運動史の研究に関わる諸文献を、研究文献目録・主要原文書目録・基本文献・主要史料集に整理し収載した。また、自由民権運動に関わる専門の記念館・資料館に関しては、福島県三春町・東京都町田市・高知市にそれぞれ開設されているものを開館順に紹介した。(後略)」
実際読んでみて、私は第1章の終わり近くまで読んで、その先を読むのを断念しました。そもそも自由民権運動が全国的に盛んだった3つの場所のうちに1つが、私が現在住む厚木だということから、読み始めた本でしたが、読み進めても一向に厚木の“あ”の字も出て来ず、1章の内容も大体既知のことだったりし、その先を飛ばし読みしても、学術的な内容の文章がぎっしり詰まっていて、とても読む気になれなかったからです。学術的に自由民権運動をしっかりと勉強したい方にはお勧めかもしれません。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)