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七五三の「七歳前は神の子」は出鱈目

2018-06-28 18:41:45 | 年中行事・節気・暦
七五三についてネット情報を検索すると、七歳で祝われることについて決まって「七歳までは神の子」「七歳前は神の子」という言葉が用いられていますが、これがとんでもない出鱈目なのです。例えばこんな具合です。

○子どもたちは「七つまでは神のうち」といわれました。七歳までは神様から預かった子どもであるという意味です。七歳まで無事に生きてきた子どもの成長を祝い、氏神様に感謝のお参りをするのが「七五三」です。
○七歳までの子供は共同体の一員ではない。地域の大地に根ざしている「産神」の配下に居る「神の子」であり「七つまでは神のうち」といったようである。

 もちろんその根拠は何一つ示されていません。私は古代史を少しばかり勉強しましたので、「七歳」ということについては、思い当たるふしがありました。それは奈良時代の刑法である養老律には、「九十以上、七歳以下、死罪有ると雖も刑(ぎよう)を加へず」と記されていて、7歳以下と90歳以上は処罰の対象とはならないことになっていたということです。現在の刑法でも同様ですが、責任能力のない者は、処罰の対象とはならなかったのです。

 このような「七歳」という年の理解は、その後も長く受けつがれ、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、七歳以下は父母の死に際して、喪に服する必用はなく、またその逆に七歳以下の子の死に際しては、親も喪に服す必用はないというように拡大されて定着していきました。

 また貞享元年(1684)、江戸幕府が「服忌令」を発令し「七歳未満の小児、自他共に無服」としました。このことは当時の生活上必要な常識を幅広く網羅した生活便利帳のような書物にも記載され、広く江戸庶民の生活に取り込まれていました。これは私もそのような本の実物を所有していて、確認済みです。まあとにかく、江戸時代においては、七歳までは一種の特別扱いされる年齢だったのです。


 江戸時代初期に長崎で出版された『日葡辞書』という日本語とポルトガル語の辞書には、「七五三」という項目があります。ただし通過儀礼としての意味ではなく、大きな宴会で七品の料理を盛った膳と五品の膳と三品の膳を並べて据えることがあり、それを「七五三の振舞」と呼ぶと記されています。これは本膳料理の正式な形式を表すもので、本膳に七、二の膳に五、三の膳に三の菜を盛るので、「七五三膳」とも呼ばれました。七・五・三という数は節供が行われる月と日の数でもあるように、陰陽道では縁起のよい陽の数とされていますから、祝意を込めて「七五三の振舞」とか「七五三膳」と呼ばれたわけです。また注連縄を「七五三縄」と表記することもあり、「七五三」という言葉は、慶事を表す言葉として、江戸時代には普通に使われていたのでした。通過儀礼としての七五三という言葉は、このような祝意を表す既存の「七五三」という言葉にならって、自然に使われるようになったのです。『五節供稚童講釈』という子供向け年中行事解説書にも、「三・五・七の陽の歳(奇数の歳)を迎えて、行く末の目出度いことを祝う」とはっきりと記されています。

史料「七・五・三の陽の歳の祝い」
「小供生れて半の歳に当れば、陽の数ゆゑ、陽を迎へて息災に育ち、行末のめでたからんを祝ふなり。ゆゑに三ツ五ツ七ツ九ツ十三、いづれも半の数を用ゆ。」(『五節供稚童講釈』二編 十一月)賭博で奇数を半、偶数を丁というように、「半の歳」「半の数」の「半」とは奇数のことです。

 「七歳前は神の子」ということを最初に唱えたのは、民俗学者の柳田国男です。柳田は大正三年(1914)に「神に代りて来る」という論文において、「七歳になるまでは子供は神様だと言っている地方がある」と述べて、「七歳前は神のうち」説を唱え始めました。しかし具体例は一つも示していません。その後二人の民俗学者によって青森県と茨城県の二つの事例が報告されましたが、いずれもほんの数行のコラム的報告で、およそ研究といえる程のものではありません。

 「七ツ前は神様」と題した青森県の例は、「青森県五戸地方では男女共七ツ前をさう云ふ。日常第一番に神仏に供物する食物を、幼児のだ2こねて先きに食べるとてきかぬ時等は、矢張りさう云つて、仕方がないからやると云つてから呉れる。而して其七ツ前に死亡した場合は、男女共紫色の衣を着せ(或は青年期の未婚者にも着せる風もある)口にホシカ鰯(ごまめ)を一つくはへさせて埋葬する風がある。」(『民間伝承』三巻三号、会員通信)というもので、要するに「神仏への供物を七歳前の子がねだった時は、仕方がないからやる」というだけのことです。

 「七ツ前は神のうち」と題した茨城県の例は、「前号の能田多代子さんの「七ツ前は神様」で思ひ出したが、常陸多賀郡高岡村では「七ツ前は神のうち」と言ふ。七ツ以下の子供の場合は、大人なら神様に対して不敬になるやうなことでも不敬にならないといふ意味だと謂つて居た。また七ツ前の子供が死んだら、近い過去までは縁の下へ埋めたと聞いた。」(『民間伝承』三巻四号、会員通信)というもので、要するに「大人なら神に対して不敬になることでも、七歳前の不敬な行為は許される」だけのことです。どちらも七歳以下の子供は社会的に特別扱いされることがある例を示しているだけであって、七歳までは神の子であるとか、この世のものに成りきっていない特別な存在であると解釈できる内容ではありません。

 彼がそのような説を唱えたのは、江戸時代に七歳以下の子が死んでも喪に服する必用のない特別な存在であったことから思い付いたものと思われます。そのような特別扱いは、律令以来の責任能力のないものを処罰しないという規範に起原を持つものであったのに、子供の神性によるものと勘違いしたのでしょう。

 その後この説は彼の弟子たちや民俗学者によって広められ、根拠を全く示さない柳田の文章と、この程度のコラムが拡大解釈され、現在ではあたかも定説のように語られ、ネット上には「七歳前は神の子」という諺があったなどと、断定的に書かれています。しかしさすがに根拠が薄弱であるため、民俗学会の中から批判が起こり、現在ではこの説をまともに信じている民俗学者はほとんどいません。歴史学者に至っては、あまりにもお粗末な論証であり、まともな論評の対象にさえしませんでした。それなのに伝統的年中行事解説書の著者やネット情報の筆者達は、今も猶ありがたく「七歳前は神の子」説を奉じているのです。「・・・・と言われています」と書きながら、その「言われている」という史料を見たことはないのです。もしその説を奉じるならば、「七歳前は神の子」というフレーズを含んだ江戸時代の文献史料を提示してもらいたいものですが、そのような史料は全く存在すらしません。そのような諺があると得々として書いている人は、いったい何を見て書いているのでしょうか。見たことなどないはずなのに、さも自分で見たかの様に書いている神経が信じられません。それもそのはず、「七歳前は神の子」というフレーズは昭和初期に当時の民俗学者によってに創作されたものだからなのです。ネット情報や年中行事の解説書や、七五三の参拝を宣伝する神社情報には「七歳前は神の子説」が氾濫していますが、おそらく誰一人としてその根拠を確認していないのでしょう。残念なことにこれ程までに出鱈目がまかり通っているのです。

 なおこの問題については、柴田純氏の「『七歳前は神のうち』は本当か」という論文によって、柳田の誤りでることが反論の余地が全くない程に精密に論証されています。ネットで閲覧できますから、是非とも読んでみて下さい。

 「七歳前は神の子という諺があります」と書いている筆者に尋ねてみたい。あなたはその諺があると言うことを、直接に確かな根拠で確認したのですか、と。せいぜい年中行事事典の類で調べたのでしょう。しかし年中行事事典の大半は、民俗学的視点によって書かれたものであって、事典の著者自身が確かな歴史的文献によって書いていないものがほとんどなのです。何らかの形で柳田国男の影響を受けており、とうてい学問的批判に耐えられるものではありません。とにかく史料的根拠を示さずに、「・・・・と言われています」という書き方をする年中行事のネット情報のいい加減さ、特に民俗学的視点から書かれたものについては、ほとんどが眉唾物だと思って間違いありません。

それにしても伝統的年中行事について民俗学的視点から書かれた解説には、一切史料的根拠が示されません。そしてかつての有名な民俗学者が確かな根拠もないのに思い付きのように説いたことが、さも確かなことのように書き改められ、独り歩きしています。そのため伝統的年中行事の解説書には、出鱈目なことばかりが記述され、何も知らない一般の人は、それを事実と思い込んでいるのです。また民俗学的視点からでないのですが、出鱈目な通説がたくさん独り歩きしています。それらに共通することは、何一つ文献史料の根拠を示していないと言うことなのです。

 門松の起原はは年神の依代であった。鏡餅も同様である。お年玉は本来は餅であった。七草でナズナなどを叩く歌は鳥追いの風習に拠っている。草餅の草が母子草から蓬に替わったのは母子をともに搗くことが残酷であると理解されたから。花見の起原はサ神という神を豊作を祈念して祀ったことである。端午の節供は本来は女の祭であった。七夕の風習は中国伝来の風習と棚機津女という日本古来の風習が習合したものである。月見は本来は里芋の収穫祭であった。牡丹餅は春、お萩は秋のもので、同じ物でも季節によって呼称が異なっていた。御歳暮は女性が実家に持って帰る年神の供物であった。等々、これらは全て根拠のない出鱈目なことばかりです。民俗学がどれだけ日本の伝統的年中行事を誤らせてきたか、また国民が欺されてきたかを考えると、学問的な激しい義憤がこみ上げてきます。とにかく文献的根拠も示さずに「・・・・と伝えられています」という書き方に終始する情報は、まず疑ってかかった方がよい。伝統的年中行事も立派に歴史の一部なのですから、全て歴史的確かな根拠に裏付けされていなければならないのです。


追記
下記のようなコメントをいただきました。まずはわざわざコメントをして下さったことに、素直に感謝いたします。

「事実は違うが、大衆に流布している言葉って結構あります。私は七歳までは神の内、の解釈に違和感を覚えません。子供の死亡率は今よりずっと高かったし、女児を魔物から見過させるために男児の格好をさせたり、わざと悪名(捨蔵など)を幼名につかって無事に育つよう願うことすらあったのです。これの何処までが本当かは知りませんが。なので、真実と事実は違うのだということで収まると思います。」

しかし御説の内容には同意できません。昭和初期に柳田國男が「7歳までは神の子」説を唱え始める以前には、そのような理解も諺も全くなかったことをどのように説明するのですか。秀吉の子が「お拾い」と呼ばれたのは、捨て子は育つという当時の風習からで、そのような風習がつい最近まではあったことは事実です。しかしそれが「7歳までは神の子」ということにつながるのですか。第三者が確かな根拠によって検証できないことは、学問の成果とは認められません。柳田國男はあくまでも学問の成果として唱えているのです。決して文学や宗教として唱えているわけではありません。それなら学問の土俵に載せて批判されるのは当たり前のこと。私は事実を明らかにしているだけです。一部の民俗学者が根拠もなく唱え始めたことがなぜ「真実」なのですか。真実の意味が違うように思うのですが・・・・。







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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-08-08 21:54:05
現代医科学においては 子供の脳の発達について
・脳神経細胞がどんどん増え続けていく時期が0~3歳
・脳神経細胞の「間引き現象」が起こる時期が4~7歳
・「情報伝達回路の機能」が発達していく時期が8~10歳

そして、おおよそ10歳で 人間となる。といえるそう。

古くからの感覚や伝承もそう外れてはいないようです。
実際に子育てし、経過観察しても確かに見て取れるところがあります。まだまだ途上ですが。
かの、「岡潔」 先生も孫の観察により、そのようなことを見出されていますね。

日本的東洋的な、淡いの情感は深遠ですね。 (構成的方法論 というそう) …生生生生暗生始 死死死死冥死終
西洋的な、自然科学的分析的な方法論が最高と考えることは、限界と窮屈さとがあります。 (一定以上の科学者たちも認める事実。)
Unknown (milk3)
2019-08-09 04:55:23
コメントの内容はよく理解できませんでした。江戸時代までの年齢は満年齢ではありませんから、当時の3歳は現在の1歳のこともありますよ。1~2歳少なくなるのですが、そうすると御説とは矛盾するのでは?
Unknown (ホシナ)
2019-10-19 07:36:33
先生は、「とおりゃんせ」の歌詞についてはどんな見解をお持ちですか?
最近は、3歳は女の子、5歳は男の子、7歳は男女とも、というのが七五三の慣わしのようですが、自分が子供の頃は3歳と7歳が女の子、5歳が男の子という区分けだったように思います。で、どうしてそういう差別があるの?と聞くと「男の子は強いから一回で、女の子は弱いから二回お祝いする」と母や祖母から聞きました。方便だなと子供心に思いましたが、これもひとつの俗説的な風習の変遷なのでしょう。
昭和の戦後時代はそうだったのが、これが平成ごろから変わってくる。少子化も関係しているのでしょう。で、三歳=女、五歳=男、というのは桃の節供・端午の節供から派生したものではないか、と推測しています(根拠となる文献はありません)が、どんなものでしょうか。
Unknown (珍小鳥)
2020-05-11 20:07:51
事実は違うが、大衆に流布している言葉って結構あります。私は七歳までは神の内、の解釈に違和感を覚えません。子供の死亡率は今よりずっと高かったし、女児を魔物から見過させるために男児の格好をさせたり、わざと悪名(捨蔵など)を幼名につかって無事に育つよう願うことすらあったのです。これの何処までが本当かは知りませんが。なので、真実と事実は違うのだということで収まると思います。

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