『枕草子』に「秋は夕暮」とあるように、秋の唱歌には夕暮れ時の情緒を歌うものが多いものです。唱歌『故郷の空』はその代表格でしょう。この歌は明治21年に『明治唱歌 第一集』に発表されたとのことです。メロディーを聞けば、かつてドリフターズが「誰かさんと誰かさんが麦畑で、・・・・」と面白おかしく歌った曲を思い起こす人が多いでしょうから、『故郷の空』の歌詞を初めて見る人は驚くかもしれませんね。
もっとも作詞家のなかにし礼によるドリフターズの歌にはもとになる歌詞があって、詩人の大木惇夫と声楽家の伊藤武雄がスコットランドの『ライ麦畑で出会うとき』というユーモラスな歌を、『麦畑(誰かが誰かと)』と題して和訳し、昭和初期に発表したものだそうです。
ネット情報ですが、スコットランドの原曲の歌詞の直訳と、大木惇夫と伊藤武雄による日本語版の歌詞を並べてみましょう。
直訳
ライ麦畑で女が男と出会ったら 抱きしめられても叫んだりはしません
ライ麦畑で女が男と出会ったら どんなことがおこるでしょうか
ライ麦畑で女が男と出会ったら 二人だけのお楽しみ
日本語版
たれかがたれかと むぎばたけで こっそりキッスした いいじゃないか
わたしにはいいひと いないけれど たれにもすかれる、ネ、むぎばたけで
ライ麦の背丈は2m前後はありますから、背の高い西洋人でも完全に隠れてしまいます。それでこのような歌詞が考え出されたのでしょう。日本の麦しか知らなかったので、はじめは何のことかよくわからなかったのですが、ヨーロッパ各地でライ麦を見て、納得したものでした。
「ライ麦畑」はともかくとして、私のような古い世代の人には、『故郷の空』のほうがピンときます。まずは歌詞を読んでみましょう。
1、夕空はれて 秋風ふき つきかげ落ちて 鈴虫鳴く
思えば遠し 故郷の空 ああわが父母 いかにおわす
2、すみゆく水に 秋萩たれ 玉なす露は すすきにみつ
おもえば似たり 故郷の野辺 ああわが兄弟 たれと遊ぶ
歌詞の意味はそれ程難しくはありません。ただ「つきかげおちて」は少々問題がありそうです。「つきかげ」は漢字では「月影」と表記され、本来は月の光という意味、転じて月そのものをさすこともあります。この場合の月はどのような形をしているのでしょうか。月齢が気になりました。「月影が落ちる」とは、どのようなことを意味しているのか、今一つわかりません。日が沈んで暗くなれば、月の光が増して月がよく見えるはずです。それなのに「つきかげおちて」という。月の光が落ちるということは、月の光が弱くなると理解すれば、矛盾することとなります。また月が山の端などに落ちる、つまり沈むことと理解できなくもないですが、晴れた夕空に沈む月は、太陽に最接近しているわけですから、肉眼ではほとんど見えないはず。見えたとしても三日月の一日前の二日月程度の、いとのような月のはずです。「つきかげおちて」を月の光が弱くなると理解しても、月が沈むと理解しても、実際にはほとんどあり得ないことなのです。歌は理屈ではないことはよくわかるのですが、情景を思い浮かべたいと思うのは許されることではないでしょうか。どなたか御存知でしたら教えて下さい。
鈴虫は現代のスズムシと理解してよいでしょう。我が家の周辺には、スズムシが毎晩たくさん鳴いています。虫の音を聞くと懐旧の心がかき立てられるという情趣は、古歌に特に見られるものではありません。外国人の中には騒音と感じる人がいるらしいのですが、日本人にとっては「鳴く」は「泣く」を連想させ、寂寥感を覚えさせる重要な秋の景物でした。
澄みきった水辺には、萩が枝垂れるようにして咲いているのでしょう。夕暮れ時に早くも白露が萩やすすきに宿っているというのですから、気温は急激に低下しているはずです。夜露や朝露なら普通ですが、夕方の露はふつうはありません。雨の後ならば別ですが。どうも私は理屈っぽくなりますね。
萩に白露が宿ってしなだれている景色は風情のある物として、『枕草子』でも「草の花は・・・・萩は、いと色深く枝たをやかに咲きたるが、朝露に濡れてなよなよと広ごり伏したる」と述べられています。またすすきの穂の糸一本一本にも、白露が糸に貫(ぬ)かれた白玉のように連なっているのでしょう。これも同じく『枕草子』に、「草の花は・・・・秋の野おしなべたるをかしさは、薄(すすき)にこそあれ。穂先の蘇芳(すおう)にいと濃きが、朝露に濡れて打ち靡きたるは、さばかりのものやある。」と褒めちぎっています。
このような秋の野の景色は、故郷の景色と似ていて、父母や兄弟を思い出すというのです。現代ならともかく、明治時代なら東京でも普通に見られる景色でしたから、日本中共通であったことでしょう。
もっとも作詞家のなかにし礼によるドリフターズの歌にはもとになる歌詞があって、詩人の大木惇夫と声楽家の伊藤武雄がスコットランドの『ライ麦畑で出会うとき』というユーモラスな歌を、『麦畑(誰かが誰かと)』と題して和訳し、昭和初期に発表したものだそうです。
ネット情報ですが、スコットランドの原曲の歌詞の直訳と、大木惇夫と伊藤武雄による日本語版の歌詞を並べてみましょう。
直訳
ライ麦畑で女が男と出会ったら 抱きしめられても叫んだりはしません
ライ麦畑で女が男と出会ったら どんなことがおこるでしょうか
ライ麦畑で女が男と出会ったら 二人だけのお楽しみ
日本語版
たれかがたれかと むぎばたけで こっそりキッスした いいじゃないか
わたしにはいいひと いないけれど たれにもすかれる、ネ、むぎばたけで
ライ麦の背丈は2m前後はありますから、背の高い西洋人でも完全に隠れてしまいます。それでこのような歌詞が考え出されたのでしょう。日本の麦しか知らなかったので、はじめは何のことかよくわからなかったのですが、ヨーロッパ各地でライ麦を見て、納得したものでした。
「ライ麦畑」はともかくとして、私のような古い世代の人には、『故郷の空』のほうがピンときます。まずは歌詞を読んでみましょう。
1、夕空はれて 秋風ふき つきかげ落ちて 鈴虫鳴く
思えば遠し 故郷の空 ああわが父母 いかにおわす
2、すみゆく水に 秋萩たれ 玉なす露は すすきにみつ
おもえば似たり 故郷の野辺 ああわが兄弟 たれと遊ぶ
歌詞の意味はそれ程難しくはありません。ただ「つきかげおちて」は少々問題がありそうです。「つきかげ」は漢字では「月影」と表記され、本来は月の光という意味、転じて月そのものをさすこともあります。この場合の月はどのような形をしているのでしょうか。月齢が気になりました。「月影が落ちる」とは、どのようなことを意味しているのか、今一つわかりません。日が沈んで暗くなれば、月の光が増して月がよく見えるはずです。それなのに「つきかげおちて」という。月の光が落ちるということは、月の光が弱くなると理解すれば、矛盾することとなります。また月が山の端などに落ちる、つまり沈むことと理解できなくもないですが、晴れた夕空に沈む月は、太陽に最接近しているわけですから、肉眼ではほとんど見えないはず。見えたとしても三日月の一日前の二日月程度の、いとのような月のはずです。「つきかげおちて」を月の光が弱くなると理解しても、月が沈むと理解しても、実際にはほとんどあり得ないことなのです。歌は理屈ではないことはよくわかるのですが、情景を思い浮かべたいと思うのは許されることではないでしょうか。どなたか御存知でしたら教えて下さい。
鈴虫は現代のスズムシと理解してよいでしょう。我が家の周辺には、スズムシが毎晩たくさん鳴いています。虫の音を聞くと懐旧の心がかき立てられるという情趣は、古歌に特に見られるものではありません。外国人の中には騒音と感じる人がいるらしいのですが、日本人にとっては「鳴く」は「泣く」を連想させ、寂寥感を覚えさせる重要な秋の景物でした。
澄みきった水辺には、萩が枝垂れるようにして咲いているのでしょう。夕暮れ時に早くも白露が萩やすすきに宿っているというのですから、気温は急激に低下しているはずです。夜露や朝露なら普通ですが、夕方の露はふつうはありません。雨の後ならば別ですが。どうも私は理屈っぽくなりますね。
萩に白露が宿ってしなだれている景色は風情のある物として、『枕草子』でも「草の花は・・・・萩は、いと色深く枝たをやかに咲きたるが、朝露に濡れてなよなよと広ごり伏したる」と述べられています。またすすきの穂の糸一本一本にも、白露が糸に貫(ぬ)かれた白玉のように連なっているのでしょう。これも同じく『枕草子』に、「草の花は・・・・秋の野おしなべたるをかしさは、薄(すすき)にこそあれ。穂先の蘇芳(すおう)にいと濃きが、朝露に濡れて打ち靡きたるは、さばかりのものやある。」と褒めちぎっています。
このような秋の野の景色は、故郷の景色と似ていて、父母や兄弟を思い出すというのです。現代ならともかく、明治時代なら東京でも普通に見られる景色でしたから、日本中共通であったことでしょう。